プッシーキャット3
それから俺はことあるごとに、菅野とセックスをするようになった。
誘ってくるのはいつも菅野からだ。しかもその誘い方というのが唐突でダイレクトなもので、署内ですれ違った時に挨拶代わりに「駐車場で待ってろ」と言い残されたり、就業時間ギリギリにスマートフォンに『ヤるぞ』とだけメッセージが届いたりする。そして真っ先にホテルに入ったら、無言で服を脱がせ合って、互いの精が尽きるまで獣欲的に抱き合うのだ。そうやって情事を繰り返すうちに、その度いちいち抱いていた「なんで菅野なんかと」という疑問も消えていき、いつしか菅野とするのが当たり前、むしろ生活の一部として習慣化されてしまったのだった。あと――、
「……で、その被疑者が三年前から行方不明になっている家出人だという情報を得たので、周辺の聞き込みと並行してその時期からの行方不明者リストから割り当てました」
「中村恭平ね。現住所も特定できたのか」
「はい、二十二歳の女性と同棲しているようです。逮捕状の申請もしたんで、下りたら被疑者を引っ張ってきます」
「その時は島村と、女性捜査官をひとり連れて行け。中村の聴取は野田がして、同棲中の女に共犯の可能性と余罪がないか島村に調べさせろ」
「分かりました」
「逃げられるなよ」
「大丈夫だと思います」
「いらんこと言って刺されるんじゃねぇか? のろま主任」
笑いながらそう言って、煙草を灰皿に押し付ける。少し前までの俺ならこの程度でも頭に来ていただろうが、
「急所を外すくらいはできると思います」
と、適当にかわすくらいはできるようになった。仕事上でのやり取りも扱いも、これまでと変わりはない。かわせるようになったと言っても、やはり時々はムカッときて反発することもある。それでも、以前に比べればかなり丸くなったほうだ。それは菅野も同じのようで、
「現場はお前に任せる。やりたいようにやれ」
これまで何かと言えば叱咤ばかりだったのが、激励や労いの言葉を最後に一言添えるようになった。人間の性格そのものを変えることはできないが、肌を合わせるという行為は少なからず人の心を広くさせるのかもしれなかった。
―――
「……んっ、ん、ぁ……」
「お前はこれが好きなんだな」
ベッドサイドのスタンドがうっすら灯る薄暗い部屋の中で、いやらしい水音を立てながら二人の雄の部分をまとめて擦られている。音といい、感触といい、何よりこんな場合でしかそこに感じることのない人の体温に、興奮する。それをされながら後ろを指で攻められた。すっかり菅野に性感帯を把握されてしまった俺は、体のどこを触られても大袈裟に反応してしまうようになった。必死で堪えていた嬌声も、もう我慢しない。与えられる快楽に素直になると更に悦びを得るのか、日に日に大胆になっていくような気さえする。
「ぅ……っ、そこ、すごくイイ……」
「知ってる」
「もっと……もっとして……あっ、頭、変に、なる……っ」
「狂ってみるか?」
狂って、みたい。いや、いつも狂わされるんだけど、もはや中毒かもしれない。
菅野は指を抜くと、脈を打っている自身を俺に食い込ませた。もう俺の体は菅野サイズに仕立て上げられているのだろう。入れられるだけで爆発寸前だ。最初はゆっくり、そして段々、腰を揺らすスピードを上げて奥を目指して進んでくる。衝撃で体がぶっ壊れそうなので、菅野の首に両腕を回した。そうすると自然に密着するからなのか、菅野は俺の耳裏や首を舌でなぞる。それだけでもう駄目。白目むきそう。それなのに更に限界を待ち望んでいる俺を握り、追い打ちをかけるようにシゴかれた。
「ああぁあっ、だめ、全部だめッ、」
「これがイイんだろう?」
「イイ、けど……だめ……っ! 死ぬ……っ」
「死ねよ……やべぇな、その、カオ……」
菅野は左手の薬指と中指を、俺の口の中に入れた。俺は菅野に擦られるのがツボだが、菅野は俺に指を吸われるのがツボらしい。本人の口からはっきり聞いたことはないけれど、限界が近付いてくるといつも指を入れられるので、おそらくそれがイイのだろう。俺は必死に唇と舌に神経を集中させて菅野の指に吸い付いた。指尖から関節、水かき、隅々まで舐め回す。
「たまんねぇわ」
そしてフィニッシュの瞬間はいつもギリギリまで抜かれ、一気に貫く。俺のものを握る手にも、口の中の指にも力が籠もり、菅野が果たすのと同時に俺も昇り切るのである。その際、菅野の指を噛んでしまい、暫くして血の味がした。
「あれー? 菅野さん、その指どうしたんですか?」
島村に大声で指摘されて、密かにビビッているのはおそらく俺のほうだ。さすがに噛んでしまったのはまずかった。少々の傷ならなんの処置もせずに放っておく菅野も、絆創膏を巻いている。しかも二本。あまりの不格好さに島村も突っ込まずにはいられなかったのだろう。菅野は平然と言った。
「子犬に噛まれたんだ」
「子犬ですか? 菅野さん、犬飼ってるんですか?」
「最近、ウチの回りに住み付いてる野良だよ」
「へー、この頃、野良犬なんかこの辺であんまり見ないから、珍しいですね。飼わないんですか? 子犬でしょ?」
「中々、懐かなくてね。出方次第でこっちも考えはあるんだがな」
――出方って、なんだよ。どんな考えだよ。
俺はパソコンに熱中している振りをしながら、耳を大きくして菅野と島村の会話を聞いていた。島村の言う「子犬」と菅野の言う「子犬」にえらく差があるが、話自体は噛み合っている。そこにいつ食い違いが出て来るのかとヒヤヒヤした。
「犬かぁ、僕も飼いたいなー。無理だろうけど。餌とかやってるんですか?」
「定期的にな」
「可愛いでしょう」
そして菅野はチラッと俺を見て、煙草を咥えた口から少しだけ歯を見せて言った。
「ああ、可愛いぜ」
直後、俺はすさまじい音を立てて椅子から滑り落ちた。一気に注目を浴びる。
「えっ!? 野田さん、どうしました? 寝てたんですか?」
「いや、あの……なんでもない」
「顔、真っ赤ですよ。熱でもあるんじゃないですか?」
「大丈夫だってば!」
動揺を鎮めるために、俺は椅子だけ元に戻して刑事課の部屋を出た。
――女子か、俺は。
自販機で別に飲みたくもないブラックコーヒーを買う。一口飲んで、カフェインの濃さにすぐに冷静を取り戻した。いたいけな独身男をからかいやがって。やっぱり嫌いだ。今度は五本噛んでやる。
デスクに戻る途中で、菅野に出くわした。ひと睨みして無言で通り過ぎたら、菅野から声を掛けられた。
「上司とすれ違ったのに、挨拶もなしか? さすが犬コロだな」
「しかも『子犬』って、どういうことですか」
「少なくとも大型犬ではないな」
「骨まで嚙み砕きましょうか」
「やってみな。まぁ、どっちかっつーと子犬というより仔猫だな、お前は」
そして菅野は腕を伸ばして俺の下顎を撫でた。手を払いのけたら菅野はあっさり退いて、笑いながら去った。
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誘ってくるのはいつも菅野からだ。しかもその誘い方というのが唐突でダイレクトなもので、署内ですれ違った時に挨拶代わりに「駐車場で待ってろ」と言い残されたり、就業時間ギリギリにスマートフォンに『ヤるぞ』とだけメッセージが届いたりする。そして真っ先にホテルに入ったら、無言で服を脱がせ合って、互いの精が尽きるまで獣欲的に抱き合うのだ。そうやって情事を繰り返すうちに、その度いちいち抱いていた「なんで菅野なんかと」という疑問も消えていき、いつしか菅野とするのが当たり前、むしろ生活の一部として習慣化されてしまったのだった。あと――、
「……で、その被疑者が三年前から行方不明になっている家出人だという情報を得たので、周辺の聞き込みと並行してその時期からの行方不明者リストから割り当てました」
「中村恭平ね。現住所も特定できたのか」
「はい、二十二歳の女性と同棲しているようです。逮捕状の申請もしたんで、下りたら被疑者を引っ張ってきます」
「その時は島村と、女性捜査官をひとり連れて行け。中村の聴取は野田がして、同棲中の女に共犯の可能性と余罪がないか島村に調べさせろ」
「分かりました」
「逃げられるなよ」
「大丈夫だと思います」
「いらんこと言って刺されるんじゃねぇか? のろま主任」
笑いながらそう言って、煙草を灰皿に押し付ける。少し前までの俺ならこの程度でも頭に来ていただろうが、
「急所を外すくらいはできると思います」
と、適当にかわすくらいはできるようになった。仕事上でのやり取りも扱いも、これまでと変わりはない。かわせるようになったと言っても、やはり時々はムカッときて反発することもある。それでも、以前に比べればかなり丸くなったほうだ。それは菅野も同じのようで、
「現場はお前に任せる。やりたいようにやれ」
これまで何かと言えば叱咤ばかりだったのが、激励や労いの言葉を最後に一言添えるようになった。人間の性格そのものを変えることはできないが、肌を合わせるという行為は少なからず人の心を広くさせるのかもしれなかった。
―――
「……んっ、ん、ぁ……」
「お前はこれが好きなんだな」
ベッドサイドのスタンドがうっすら灯る薄暗い部屋の中で、いやらしい水音を立てながら二人の雄の部分をまとめて擦られている。音といい、感触といい、何よりこんな場合でしかそこに感じることのない人の体温に、興奮する。それをされながら後ろを指で攻められた。すっかり菅野に性感帯を把握されてしまった俺は、体のどこを触られても大袈裟に反応してしまうようになった。必死で堪えていた嬌声も、もう我慢しない。与えられる快楽に素直になると更に悦びを得るのか、日に日に大胆になっていくような気さえする。
「ぅ……っ、そこ、すごくイイ……」
「知ってる」
「もっと……もっとして……あっ、頭、変に、なる……っ」
「狂ってみるか?」
狂って、みたい。いや、いつも狂わされるんだけど、もはや中毒かもしれない。
菅野は指を抜くと、脈を打っている自身を俺に食い込ませた。もう俺の体は菅野サイズに仕立て上げられているのだろう。入れられるだけで爆発寸前だ。最初はゆっくり、そして段々、腰を揺らすスピードを上げて奥を目指して進んでくる。衝撃で体がぶっ壊れそうなので、菅野の首に両腕を回した。そうすると自然に密着するからなのか、菅野は俺の耳裏や首を舌でなぞる。それだけでもう駄目。白目むきそう。それなのに更に限界を待ち望んでいる俺を握り、追い打ちをかけるようにシゴかれた。
「ああぁあっ、だめ、全部だめッ、」
「これがイイんだろう?」
「イイ、けど……だめ……っ! 死ぬ……っ」
「死ねよ……やべぇな、その、カオ……」
菅野は左手の薬指と中指を、俺の口の中に入れた。俺は菅野に擦られるのがツボだが、菅野は俺に指を吸われるのがツボらしい。本人の口からはっきり聞いたことはないけれど、限界が近付いてくるといつも指を入れられるので、おそらくそれがイイのだろう。俺は必死に唇と舌に神経を集中させて菅野の指に吸い付いた。指尖から関節、水かき、隅々まで舐め回す。
「たまんねぇわ」
そしてフィニッシュの瞬間はいつもギリギリまで抜かれ、一気に貫く。俺のものを握る手にも、口の中の指にも力が籠もり、菅野が果たすのと同時に俺も昇り切るのである。その際、菅野の指を噛んでしまい、暫くして血の味がした。
「あれー? 菅野さん、その指どうしたんですか?」
島村に大声で指摘されて、密かにビビッているのはおそらく俺のほうだ。さすがに噛んでしまったのはまずかった。少々の傷ならなんの処置もせずに放っておく菅野も、絆創膏を巻いている。しかも二本。あまりの不格好さに島村も突っ込まずにはいられなかったのだろう。菅野は平然と言った。
「子犬に噛まれたんだ」
「子犬ですか? 菅野さん、犬飼ってるんですか?」
「最近、ウチの回りに住み付いてる野良だよ」
「へー、この頃、野良犬なんかこの辺であんまり見ないから、珍しいですね。飼わないんですか? 子犬でしょ?」
「中々、懐かなくてね。出方次第でこっちも考えはあるんだがな」
――出方って、なんだよ。どんな考えだよ。
俺はパソコンに熱中している振りをしながら、耳を大きくして菅野と島村の会話を聞いていた。島村の言う「子犬」と菅野の言う「子犬」にえらく差があるが、話自体は噛み合っている。そこにいつ食い違いが出て来るのかとヒヤヒヤした。
「犬かぁ、僕も飼いたいなー。無理だろうけど。餌とかやってるんですか?」
「定期的にな」
「可愛いでしょう」
そして菅野はチラッと俺を見て、煙草を咥えた口から少しだけ歯を見せて言った。
「ああ、可愛いぜ」
直後、俺はすさまじい音を立てて椅子から滑り落ちた。一気に注目を浴びる。
「えっ!? 野田さん、どうしました? 寝てたんですか?」
「いや、あの……なんでもない」
「顔、真っ赤ですよ。熱でもあるんじゃないですか?」
「大丈夫だってば!」
動揺を鎮めるために、俺は椅子だけ元に戻して刑事課の部屋を出た。
――女子か、俺は。
自販機で別に飲みたくもないブラックコーヒーを買う。一口飲んで、カフェインの濃さにすぐに冷静を取り戻した。いたいけな独身男をからかいやがって。やっぱり嫌いだ。今度は五本噛んでやる。
デスクに戻る途中で、菅野に出くわした。ひと睨みして無言で通り過ぎたら、菅野から声を掛けられた。
「上司とすれ違ったのに、挨拶もなしか? さすが犬コロだな」
「しかも『子犬』って、どういうことですか」
「少なくとも大型犬ではないな」
「骨まで嚙み砕きましょうか」
「やってみな。まぁ、どっちかっつーと子犬というより仔猫だな、お前は」
そして菅野は腕を伸ばして俺の下顎を撫でた。手を払いのけたら菅野はあっさり退いて、笑いながら去った。
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- Posted in: ★GUILTY‐ギルティ‐
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