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プッシーキャット2【R】

 ―――

 間に合わせのようなホテルに入り、俺と菅野は部屋の扉が閉まるなり、玄関先で深いキスをした。なんで菅野なんかとキスしてるんだろう。煙草の味はするし、強引だし、あとになって考えたら絶対、後悔するのに。だけど、そんな嫌悪を吹き飛ばすには充分なくらいの、獣のような口付けに夢中になってしまった。
 キスをしながら菅野は片手でシャツのボタンを外し、ばさりと捨てると、続いて俺のシャツに指を掛けた。

「あ……か、菅野さん……ちょっと待って下さい」

「ここまできて、待ったはないだろ」

「じゃなくて、先に風呂、入りたいです……」

「女か、お前は」

「連日、張り込みしてたんで……」

 菅野はクッ、と笑うと、

「そうだった、その成果を『褒めて』やらないとな」

「そういう言い方、やめて下さい」

 体を離した菅野は浴室へ入り、まもなくしてシャワーが浴槽を叩きつける音がした。戻ってきたと思ったら、まるで親が子どもの服を脱がせるかのように、俺の着衣を剥がした。一糸まとわぬ姿になると浴室へ引っ張り、シャワーの真下に立たされる。

「あつッ!」

「熱いか? もっと熱くしてやろうか」

 そして豪雨のように降り注ぐシャワーの中で、再び唇を重ね合った。口の中に入ってくる水はお湯なのか唾液なのか分からない。息苦しいのはシャワーのせいなのかキスのせいなのか分からない。分かるのは、俺の口内を侵している菅野の舌がたまらなく良いことと、合わさる素肌にあからさまに欲情しているということだ。
 前回はあまり触れられなかった胸の先端を撫でられ、立ち上がるとそれを執拗に押されたり、つままれたり、そして先端の中心に爪を立てられると内臓に電流が走った。片手が背中に回り、徐々に下に向かうと臀部を全体的に撫でまわされた。中指がゆっくりその奥へ、侵入してくる。図面でも頭に入れてあるのかと言いたくなるくらい、敏感になるところを迷わず探し当てる。
 性感帯を刺激されると、もうどうでもいいような開放的な気分になり、大口を開けて自ら菅野の唇に食らいついた。菅野はそれに応えて、更に大きな口で噛み付いてくる。もう本当に獣のようだった。間近に感じる荒い吐息、太い指でかき回される体内、いいように転がされる胸。おまけに下半身を押し付けられて、欲望露わにした菅野と俺のものが密着している。閉じている瞼は痙攣するし、その下の眼球は上下左右にコロコロ回る。それ以上何かされたら気を失いそうだ。

 ただ、やっぱり声は我慢していた。
 本当は思う存分喘ぎたいところだが、それをすると完全に屈服してしまうような気がして僅かなプライドが許さないのだ。あと、喘いだら馬鹿にされそうで嫌だった。ギリギリと奥歯を噛みしめて、口から洩れるのはますます熱を帯びる息だけ。

「歯ぁ、欠けるぞ」

 指摘されても歯を食いしばることでしか自尊心を保てなかった。

「今日も、声を出さないつもりか? いつまで耐えられると思う」

「……っ……耐えて、やる」

「これでもか」

 前立腺をグリッと押されて、喉をのけ反らせ、菅野の両腕に爪を立ててしまった。

「――はっ……あぁっ……」

「痛ぇよ。案外、ちょろいな」

 ――ほら見ろ。馬鹿にしている。

 俺は再び奥歯を噛みしめた。うっすらと目を開けると菅野の口元が目に入った。こんな時にニヤニヤしやがって、その余裕ぶりがムカついてしょうがない。
 菅野は後ろをかき回しながら、今度は俺と菅野の屹立したそれをすり合わせ、まとめてシゴいた。既に滴る先走りで潤滑が良くなっていたためか、けっこうな早さと強さで擦られているのに痛みはなく、むしろ気持ち良すぎて、興奮しすぎて、荒くなる吐息に時折よがり声が混じってしまう。

 ――腰と足に力が入らない……。

 菅野はそれを察したのか、後ろから指を抜くと俺の腰に腕を回した。その支えは有難いが、指を抜かれたことには若干、不満が残った。その代わりに俺たちをシゴく手にはますます力が入る。

「……んぁっ、は……ぁ……」

「このままイキたいか?」

 イキたい。けど、この状態で俺だけ達するのは悔しい。菅野も息が上がってきているし、大概限界が近いと思うのだけど、まだ笑える余裕はあるらしい。どんな体力だ……。
 俺は「まだイキたくない」という意味で、首を横に振った。

「そろそろ、声、出してもいいんだぜ」

 そう言われるとかえって出したくない。だけど、もう限界だった。顎が疲れ切ってもう歯を食いしばれない。それどころか口も閉じられない。みっともなく開いた口に、菅野は中指と人差し指を突っ込んだ。本能というやつなのか、無意識だった。俺は喉まで届く菅野の指を、菅野自身を咥えた時と同じように舌を絡ませて、吸ったり舐めたりしながらしゃぶりついた。傍から見ればただの馬鹿だろう。けれど、したいとかしたくないとか関係なく、当たり前のように、した。

 ふと目に入った菅野の口元からは笑みが消えていて、喉仏が上下に動くのを見た。シゴいていた手の動きは止まり、菅野はただ指を吸う俺の顔を見ていた。キュッと蛇口を締めてシャワーを止めると、浴室にはチュパチュパという擬声が響く。やがて菅野は俺に指を吸わせたまま自分自身だけを握り、手を動かし始めた。ちょっと、いや、かなり驚いたが、なぜか妙な優越感を覚えた。指というのは、意外に感じやすい部位である。菅野が俺の行為に興奮して余裕を失くしているのなら、こんなに気味のいいことはない。
 俺はどうすれば良くなるか考えて、唇と舌を駆使して菅野の指をくまなく舐めた。菅野が達するのに時間はそうかからなかった。菅野は俯いて「くっ」と声を洩らしたあと、肩を痙攣させた。口の中の指に力が入り、舌根を押されてえづきそうになる。

「――……はあッ……」

 大きく息を吐いたあと、暫く呼吸を乱した。口から指を抜かれると、菅野はまだ余裕のない表情で俺を見て、力強く抱き締めた。意外な展開続きに、俺は少し冷静を取り戻していた。耳に熱い息がかかる。

「……なかなかやるじゃないか……」

 たぶんそれは、揶揄でも世辞でもない本心だろう。勝ち誇った気分になったのもほんの寸秒、耳から首、鎖骨にかけてを舌が這い、ぞくぞく鳥肌が立った。

「泣かしてやる」

 菅野は膝を付くと俺の腰を身動きが取れないように封じ、少し治まりかけた俺のものを口に含んだ。容赦なく吸われ、舐められ、唾液でコーティングされる。すぐに俺は硬くなり、じんじんと熱が籠もるのを感じた。

「っ……ん……ん……っ」

 身をよじると腰に回された腕に力が入る。根本まで包まれ、ギリギリまで引き抜かれると舌先で先端の窪みを器用にグリグリ刺激された。

「ぅあ……」

 声を出しそうになり、口をつぐんだ。それが余計に火を点けたらしく、菅野は立ち上がると俺の片足を担ぎ、早くも反り返らせた武器を受け入れ口に宛てがった。まるで刀を鞘に収めるかのように、一気に挿し込む。しょっぱなから奥まで入れられて、心臓を刺されたかと思うほどだ。

「――あっ……くぅっ……」

 菅野はそのまま腰を蠢かせた。やはり本命でされるのは指でされるより数倍いい。もうそれ以上は進めないのに、これでもかと無理やり突こうとしてくる。

「やっ……菅野さ……、それ以上は……」

「喋れる余裕があるのか。まだいけるだろ」

 菅野は「ここがいいんだよな?」と訊ねると、答える間もなく激しく打ち出した。

「んっ、う……っ」

「歯を食いしばるな。口、開けろ」

「……ッ……い、やだ……」

「そんなに俺が嫌いか」

 ――嫌いだ。

「嫌いな奴に犯される気分はどうよ」

 ――最悪だ。

「かえって興奮するだろう?」

 ――興奮、する。……めちゃくちゃ、イイ。

 嫌いだけど、最悪だけど、最高に気持ちイイ。もう我慢するのが馬鹿馬鹿しい。この快感に抗うのがすごく無駄で勿体ない気さえしてきた。相手が誰であろうが、イイものはイイ。それを認めた瞬間、それまで必死に保ってきたものが音を立てて崩れた。

「……あ、ぅっ……、そ、こ……」

「ここだろう。もっと突いてやる」

「あぁッ! あっ、ん……、もっと……」

 もっとして欲しい。思い切り奥まで来て欲しい。

「もっと、……もっと、してっ!」

 自ら首にしがみついて、涙も涎も流しながら無様にせがんだ。本当に格好悪い。はしたない。みっともない。だけどそんな姿をさらけるほど、菅野の動きも性急になるように感じた。

「野田……」

 切羽詰まった声で囁かれる。そしてその直後、俺を地獄へ突き落す鬼のような言葉が続いた。


 泣け、喚け、出すもの全部出して、果ててしまえ。


 それが決定打だったと思う。俺はこれ以上ないくらいの精を、存分に、吐き出した。

 ――なんてこった。……俺は、マゾだったのかよ。

 改めて張った湯の中に、精魂尽き果ててぐったりと浸かった。こんなに風呂が気持ち良くて有難いものだと思わなかった。ただ、おかしいのはその湯の中に菅野もいるということだ。いくらホテルのバスタブは広いとはいえ、大の男が二人で浸かるには狭いし、何よりその構図が恐ろしい。

「……狭くないっすか……」

「狭いな。お前がさっさと出ろ」

「無理です。暫く動けません……」

「明日、仕事休むなよ」

「そうなっても菅野さんの所為ですから」

「そこまで責任持てん」

「ひで……」

 だけど本当に明日は起きられるか心配だ。下半身が自分のものじゃないみたいだ。今にも眠りに落ちそうな朦朧とした中で、だしぬけに聞かれた。

「付き合ってる奴はいんのか」

「この状態でよくそんな無神経なこと聞けますね」

「ってことは、いないんだな」

「菅野さんは?」

「俺は特定の奴は作らない」

「……俺と一緒ですね」

「なら、都合がいいな」

「……なんの」

「縛りもしない、生活リズムも同じ、体の相性は抜群ときた。欲求不満を解消する相手としてお互い不足はないだろ」

「所謂セフレですか」

 なんで菅野と……。

「なんで……俺なんですか……」

 瞼が閉じそうだ。……眠い。

「なんで、俺を、抱くんですか……」

「さっき言っただろう。縛られることもないし、」

「違う……、そんなの俺以外にもいる。……菅野さんは、俺を嫌ってるはずだ」

「嫌いだと言った覚えはない」

「お前みたいに考えナシの馬鹿は、嫌いだって……」

「嫌いとは言ってない。腹が立つと言っただけだ」

「だから、なんで……その腹の立つ奴と……」

「お前もだろ? 俺が嫌いだろ? だけどセックスはできる」

 ――嫌い……。嫌いだ。高圧的で、傲慢で、自分勝手で、鬼のような奴。

 なんで俺はこいつに抱かれても嫌じゃないんだろう。むしろ情けないくらいにしがみついてねだって、あんなに取り乱したのはもしかしたら初めてかもしれない。「嫌いな奴」というワードが、興奮剤にでもなっているのだろうか。そうとしか考えられない。
 ……というか、もう何も考えられない。眠い。今すぐ沈みそうだ。

「おい。ここで寝るな。俺の前で溺死するんじゃねぇぞ」

「溺れたら……引き揚げて下さい……」

 首がガクンと折れた瞬間、菅野に抱き止められた。まだ意識はあるが俺はそのまま菅野の大きな体にもたれた。熱い、でかい、……安心する。完全に眠りに入る直前、菅野に深いキスをされたような気がするが、夢か現実かは分からなかった。


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