罠3【R】
灯りはフットライトとフロアライトだけが点けられていて、狭くて決して綺麗と言えない部屋が無駄にムードのある橙色に染められている。耳鳴りがするほど静かな空気の中で、俺と菅野は互いを睨み合った。俺は必死で平静を装う努力をしたが、目が泳いだり固唾を飲み込んだりして、動揺はあきらかに伝わっているだろう。逆に菅野は、いつものポーカーフェイスで俺を見下ろしている。沈黙と威圧に耐えきれなくなった俺が、先に口を開いた。
「あの……、この話は、なかったことに……」
「帰るなよ?」
「……え……」
「『慰め』られたいんだろ?」
ニヤリ、と片側の口角を上げる。カッとなって荒げそうな声を必死に押さえながら言った。
「けっこうです。そんなつもりじゃありません」
「じゃあ、どういうつもりで来たんだ。相変わらず考えナシか。相手が違ってたら黙ってヤるのか」
図星を突かれて言葉が出なかった。
「俺もお前も手っ取り早く欲求不満を解消したい。周囲にバラされても困る。互いに利害関係が一致してるんだ。丁度いいだろう? 野田『巡査部長』」
だからってなんでお前なんかと……しかもいつも役職名で呼ばないくせに、よりによってこんな時に呼ぶところが、性格悪すぎる。
俺がうろたえているあいだに菅野はワイシャツを躊躇いなく脱いだ。その流れでタンクトップを脱ぎ捨てると、菅野の筋骨隆々とした上半身が露わになる。目の前でその逞しい体を見せつけられて思わず顔を背ける。悔しいことに体つきは理想的だった。
「脱げ」
「……え、あの……」
「俺が脱がすか?」
「せ、せめてシャワーを……」
なんて間抜けな。しかもこれじゃ了承したのと同じだ。菅野は鼻で笑い、「行け」とえらそうに命令する。とりあえず頭を冷やす必要があるので、俺は浴室に駆け込んで、今の状況を整理することにした。
まず菅野は俺の上司で、三本の指に入るくらい嫌いな奴だ。
しかもつい先日、殴りかかって殴り返された。
仮にも上司に手を上げようとしたのだから、何かしら処分を受けても仕方のないことではあるが、まさか、それがコレ?
ということは、やっぱりマスターに騙された?
考えれば考えるほど混乱して、そのくせ体だけはちゃんと洗っている自分が馬鹿みたいだ。シャワーを止め、体を拭きながらどうにかして逃げる手段を考えている時、突然、戸が開いた。なんの断りもなく浴室に侵入してきた菅野は、タオルを腰に巻く暇もなく俺の手首を取って、部屋へ引っ張った。乱暴にベッドに突き倒し、俺をまたぐ。まだ水気を拭き切れていない生まれたままの姿の俺を、菅野は卑しめるように全身を眺めた。視線だけで辱めを受けているのが、もどかしくて、不可思議で、扇情的である。
改めて迫りくる菅野の体に釘付けになってしまった。日々の鍛錬と実績の賜物か、暗がりに浮かぶ勇猛なフォルムは誰が見ても非の打ちどころがない、完璧な肉体だ。
相手がどうかは別として、この体に抱かれると思うと勝手に中心が疼きだし、もうここまできたらどうなってもいいかな、とか考えてしまった。想像だけで僅かに反応してしまい、それを見た菅野はいつものニヒルな笑みを浮かべる。直後、大きな唇が俺の唇を覆い、躊躇いもデリカシーもなく、舌が俺の口内を暴れた。
――煙草の味……最悪だ……。
俺がそう思ったのと同時に、言われた。
「どれだけ飲んだんだ、酔っ払い」
それなのに絡み合う舌はどんどん貪欲になって、溢れる唾液が口端から流れる。唇を離した菅野がその唾液を筋に添って舐め上げると、恐怖とか期待とか快感とか、色んな意味で鳥肌が立った。再び深いキスをしながら、菅野の武骨な手が俺のものを握った。握り潰されるんじゃないかという不安が一瞬よぎったが、意外にも力加減は控えめで、包むように揉みほぐす。他人にそこを触られるのは、いつぶりだろう。あまりにも感覚が久しすぎて、酒が入っているのに反応が敏感で、込み上げてくる先走りが菅野の指を濡らした。
「……ぁ……っ」
感じすぎるとよがり声は自然に出るものだが、俺はそれだけは絶対に許さなかった。喘ぐと負ける気がしたのだ。声を出しそうになると歯を食いしばって耐えた。手が卑猥な水音とともに上下する。たぶん菅野は射精を促すつもりでしているのではないと思うけれど、俺は早くも限界が近くなり、少し油断したら吐き出しそうだった。
「一度、出すか?」
聞かれて赤面する。出したい。痛い。だけど、言われるがままにするのは悔しいものがある。
「このまま手でイくのと、口でイくのと、どっちがいいよ?」
出すか否か、させるか否かで葛藤していると、菅野は俺の短い髪を無理やり掴み、睨みながら低く訊ねた。
「どっちだよ」
「……く……ち……で、お願い、します……」
パッと髪から手を放すと、菅野は体を下に移動して、それはもう野獣が獲物に食らいつく勢いで俺を咥えた。わざとなのか厭らしく音を立て、絶妙な加減で吸引する。激しく上下する唇、竿に絡んでいる舌、
――食われてる……。
「……っ……ぅ……」
両手で口を押えて声が洩れるのを我慢する。そうなると代わりに涙が出てきて、目を閉じているのに目尻から雫が流れた。菅野がさらに唇を窄ませると、溜まりに溜まった精が一気に溢れた。
「――ッ……は……っぁ……!」
いつもより長い痙攣。それが治まるまで菅野は俺を含んでいた。ごくりと音がして飲み込んだのだと知ると、甚だ決まりが悪い。
「かなーり、溜まってたんだな」
それでもまだ落ち着く気配がない。
「まだイケるんだろ。俺にもイカせろよ」
菅野は俺の顔をまたぎ、俺の限界時よりはるかにでかい、もはや凶器のようなそれを、強引に口に押し込んだ。感覚で分かるが、これはまだマックスじゃない。こんな物騒なものが最大に膨らんで俺の中に入ったら……どんなことになるんだ。
「しっかり咥えろよ」
いちいち命令口調なのが腹立たしいが、言う通りにしてしまう俺も阿呆だ。躊躇いながら舌でなぞり、それに合わせるように菅野が自ら腰を動かして口から出し入れする。入ってくるタイミングで唇を窄ませ、抜くタイミングで軽く吸ったら、それがいいのか菅野のそれはみるみる硬く、太くなった。唇で感じる脈。喉の奥まで届く肉棒。口からずるっと出されると一気に酸素が入ってきて咳込んだ。
「足、広げろ。もっとだ。膝も曲げるんだよ」
いきなりその凶器を突っ込まれるのは怖い。膝が恐怖で震えている。なんかもう滅茶苦茶、惨めだった。
「心配するな、慣らしてやる」
一体、どこに隠し持っていたのか、菅野は取り出したローションをたっぷり指に塗り、後孔を擦った。ぬるぬるした感触が気持ち良くて、恐怖が期待に変わった瞬間、指が入った。立て続けに二本、三本と増え、さすがに呻いたら一本減らした。
「まさか処女じゃないだろうな」
「処女って……」
違います、と呟くと、気遣いもなく菅野は俺の中をかき回してくる。
痛いし苦しいし、最悪だ、もっと優しくしろよ! と叫びたいのに声が出ない。ちょっとでも口を開いたら罵声よりも嬌声が出そうだからだ。指のハラが前立腺に当たると、ビクンと体が跳ねた。「弱点はそこですよ」と自分で教えたようなものだ。菅野はニヤニヤしながら徹底的にそこを狙った。器用に指を折り曲げてピンポイントで押したり撫でたりされて、涙は出るし唾液は溜まるし目は開かないし、しかもそれを続けながら胸の先端を吸われ、片方の手は、脇や腰や太腿を撫でてくる。あらゆる方向から快楽の波が押し寄せてきて、心臓はバクバク、頭はガンガンしている。
――なんつー器用な……。
さすが検挙率トップなだけある……なんて思ってしまった。
だけど俺はまだ負けていない。頑なに声を我慢している。こいつに喘いだら一生の不覚だ。菅野はそんな俺を、どこまで耐えられるか試しているのだろう。指を抜き、体を離されると不満に思う間もなく即座に、菅野の見事なそれが俺の中に、……入った。
怖い、苦しい、だけど、めちゃくちゃイイ。相手が菅野なのは非常に残念だが、肉体的にはかなり満たされる。久々の行為なのと菅野のがデカイのとで、人工肛門になったらどうしようと不安になるくらい痛いけれど、それでもいいか、なんて考えてしまっている自分が怖い。
菅野はゆっくり腰を動かし、探りながら突いた。次第に痛みがなくなり、擦られるうちにイイところに当たると脱力した。やはり菅野はその瞬間も見逃さず、「ここか」と呟くと一気に激しく攻めた。突かれる度に俺はのけ反り、顎が割れそうなほど奥歯を噛みしめて、ハアハアと息遣いだけが荒くなる。衝撃がすごすぎて体がもたない。何かにしがみつきたい。だけど菅野にはしがみつきたくない。だからシーツをずっと握り締めていた。
静かな部屋に響く、ベッドが軋む音、ふたりの男の熱い息、飛び散る汗。
「お前はサイレントセックスが好きなのか?」
――んなわけねぇだろ、ボケ! 俺だって叫びてぇわ!
もはや声を我慢すると言うより、出なかった。菅野の動きに合わせてずっと呼吸だけを乱していた。
――なんで、俺、菅野とこんなことしてんの?
なんで嫌じゃないの? 菅野は俺を抱いて嫌じゃないの?
なんで、こんなに、気持ちイイんだ?
「本当に生意気な奴だな」
腰を浮かされ、菅野はギリギリまで抜いたと思ったら、上から一気にパン、と奥まで挿し込んだ。その瞬間、脳みそに電流が走り、目を見開いて二度目の絶頂を迎える。菅野も達したようで、暫く俺の中でふるふると震えていた。……中に出しやがって。
――完全に、ヤラれた。
―――
「もう一時だな」
シャワーを済ませて浴室を出ると、菅野は着替えを済ませて腕時計を付けているところだった。
「お前は泊まっていけ」
「え……あ、いや、俺が帰ります」
「そんなフラフラしてて帰れねぇだろ」
激しい情事と今頃回ってきた酔いで、確かに無事に家に辿り着ける自信はない。
「支払いはもう済ませてあるから、鍵だけフロントに返せ。じゃあな、お疲れさん」
まったくだ。
「明日から遅れずにいつも通りに出ろよ」
菅野はそう言ってドアに向かった。扉が閉まる直前の数秒間、目が合った。その時のどこか切なげな眼差し。初めて見る表情に戸惑った。
扉が閉まると部屋が静まり返る。茫然としながらベッドを見る。乱れたシーツ、散らかった枕。ついさっき、俺はここで、菅野と寝たのか……。
「なんで……」
――なんで菅野なんだよ。
なんで俺なんだよ。
なんで……、祐が死ななきゃなんねんだよ。
突然起こった出来事があまりに刺激的過ぎて、確かに一時のあいだは悲しみを忘れられた。だけどひとりになったら、また背後からざわざわと闇が襲ってくる。
――笑ってくれよ。
本当は男が好きなのに興味のない振りをしてお前を傷つけて、挙句の果てにはいつも愚痴を言ってた大嫌いな奴と、お前が死んだ直後に、寝たんだぜ。 最低だろ?
下着とジーンズだけを身に着け、濡れた髪のままベッドに仰向けになった。目を瞑ると嫌でも映り出される残像。腐敗した身体、充満したガス、蠢く蛆。もう生前の顔が思い出せない。
祐之介、お前、どんな顔してたっけ。
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「あの……、この話は、なかったことに……」
「帰るなよ?」
「……え……」
「『慰め』られたいんだろ?」
ニヤリ、と片側の口角を上げる。カッとなって荒げそうな声を必死に押さえながら言った。
「けっこうです。そんなつもりじゃありません」
「じゃあ、どういうつもりで来たんだ。相変わらず考えナシか。相手が違ってたら黙ってヤるのか」
図星を突かれて言葉が出なかった。
「俺もお前も手っ取り早く欲求不満を解消したい。周囲にバラされても困る。互いに利害関係が一致してるんだ。丁度いいだろう? 野田『巡査部長』」
だからってなんでお前なんかと……しかもいつも役職名で呼ばないくせに、よりによってこんな時に呼ぶところが、性格悪すぎる。
俺がうろたえているあいだに菅野はワイシャツを躊躇いなく脱いだ。その流れでタンクトップを脱ぎ捨てると、菅野の筋骨隆々とした上半身が露わになる。目の前でその逞しい体を見せつけられて思わず顔を背ける。悔しいことに体つきは理想的だった。
「脱げ」
「……え、あの……」
「俺が脱がすか?」
「せ、せめてシャワーを……」
なんて間抜けな。しかもこれじゃ了承したのと同じだ。菅野は鼻で笑い、「行け」とえらそうに命令する。とりあえず頭を冷やす必要があるので、俺は浴室に駆け込んで、今の状況を整理することにした。
まず菅野は俺の上司で、三本の指に入るくらい嫌いな奴だ。
しかもつい先日、殴りかかって殴り返された。
仮にも上司に手を上げようとしたのだから、何かしら処分を受けても仕方のないことではあるが、まさか、それがコレ?
ということは、やっぱりマスターに騙された?
考えれば考えるほど混乱して、そのくせ体だけはちゃんと洗っている自分が馬鹿みたいだ。シャワーを止め、体を拭きながらどうにかして逃げる手段を考えている時、突然、戸が開いた。なんの断りもなく浴室に侵入してきた菅野は、タオルを腰に巻く暇もなく俺の手首を取って、部屋へ引っ張った。乱暴にベッドに突き倒し、俺をまたぐ。まだ水気を拭き切れていない生まれたままの姿の俺を、菅野は卑しめるように全身を眺めた。視線だけで辱めを受けているのが、もどかしくて、不可思議で、扇情的である。
改めて迫りくる菅野の体に釘付けになってしまった。日々の鍛錬と実績の賜物か、暗がりに浮かぶ勇猛なフォルムは誰が見ても非の打ちどころがない、完璧な肉体だ。
相手がどうかは別として、この体に抱かれると思うと勝手に中心が疼きだし、もうここまできたらどうなってもいいかな、とか考えてしまった。想像だけで僅かに反応してしまい、それを見た菅野はいつものニヒルな笑みを浮かべる。直後、大きな唇が俺の唇を覆い、躊躇いもデリカシーもなく、舌が俺の口内を暴れた。
――煙草の味……最悪だ……。
俺がそう思ったのと同時に、言われた。
「どれだけ飲んだんだ、酔っ払い」
それなのに絡み合う舌はどんどん貪欲になって、溢れる唾液が口端から流れる。唇を離した菅野がその唾液を筋に添って舐め上げると、恐怖とか期待とか快感とか、色んな意味で鳥肌が立った。再び深いキスをしながら、菅野の武骨な手が俺のものを握った。握り潰されるんじゃないかという不安が一瞬よぎったが、意外にも力加減は控えめで、包むように揉みほぐす。他人にそこを触られるのは、いつぶりだろう。あまりにも感覚が久しすぎて、酒が入っているのに反応が敏感で、込み上げてくる先走りが菅野の指を濡らした。
「……ぁ……っ」
感じすぎるとよがり声は自然に出るものだが、俺はそれだけは絶対に許さなかった。喘ぐと負ける気がしたのだ。声を出しそうになると歯を食いしばって耐えた。手が卑猥な水音とともに上下する。たぶん菅野は射精を促すつもりでしているのではないと思うけれど、俺は早くも限界が近くなり、少し油断したら吐き出しそうだった。
「一度、出すか?」
聞かれて赤面する。出したい。痛い。だけど、言われるがままにするのは悔しいものがある。
「このまま手でイくのと、口でイくのと、どっちがいいよ?」
出すか否か、させるか否かで葛藤していると、菅野は俺の短い髪を無理やり掴み、睨みながら低く訊ねた。
「どっちだよ」
「……く……ち……で、お願い、します……」
パッと髪から手を放すと、菅野は体を下に移動して、それはもう野獣が獲物に食らいつく勢いで俺を咥えた。わざとなのか厭らしく音を立て、絶妙な加減で吸引する。激しく上下する唇、竿に絡んでいる舌、
――食われてる……。
「……っ……ぅ……」
両手で口を押えて声が洩れるのを我慢する。そうなると代わりに涙が出てきて、目を閉じているのに目尻から雫が流れた。菅野がさらに唇を窄ませると、溜まりに溜まった精が一気に溢れた。
「――ッ……は……っぁ……!」
いつもより長い痙攣。それが治まるまで菅野は俺を含んでいた。ごくりと音がして飲み込んだのだと知ると、甚だ決まりが悪い。
「かなーり、溜まってたんだな」
それでもまだ落ち着く気配がない。
「まだイケるんだろ。俺にもイカせろよ」
菅野は俺の顔をまたぎ、俺の限界時よりはるかにでかい、もはや凶器のようなそれを、強引に口に押し込んだ。感覚で分かるが、これはまだマックスじゃない。こんな物騒なものが最大に膨らんで俺の中に入ったら……どんなことになるんだ。
「しっかり咥えろよ」
いちいち命令口調なのが腹立たしいが、言う通りにしてしまう俺も阿呆だ。躊躇いながら舌でなぞり、それに合わせるように菅野が自ら腰を動かして口から出し入れする。入ってくるタイミングで唇を窄ませ、抜くタイミングで軽く吸ったら、それがいいのか菅野のそれはみるみる硬く、太くなった。唇で感じる脈。喉の奥まで届く肉棒。口からずるっと出されると一気に酸素が入ってきて咳込んだ。
「足、広げろ。もっとだ。膝も曲げるんだよ」
いきなりその凶器を突っ込まれるのは怖い。膝が恐怖で震えている。なんかもう滅茶苦茶、惨めだった。
「心配するな、慣らしてやる」
一体、どこに隠し持っていたのか、菅野は取り出したローションをたっぷり指に塗り、後孔を擦った。ぬるぬるした感触が気持ち良くて、恐怖が期待に変わった瞬間、指が入った。立て続けに二本、三本と増え、さすがに呻いたら一本減らした。
「まさか処女じゃないだろうな」
「処女って……」
違います、と呟くと、気遣いもなく菅野は俺の中をかき回してくる。
痛いし苦しいし、最悪だ、もっと優しくしろよ! と叫びたいのに声が出ない。ちょっとでも口を開いたら罵声よりも嬌声が出そうだからだ。指のハラが前立腺に当たると、ビクンと体が跳ねた。「弱点はそこですよ」と自分で教えたようなものだ。菅野はニヤニヤしながら徹底的にそこを狙った。器用に指を折り曲げてピンポイントで押したり撫でたりされて、涙は出るし唾液は溜まるし目は開かないし、しかもそれを続けながら胸の先端を吸われ、片方の手は、脇や腰や太腿を撫でてくる。あらゆる方向から快楽の波が押し寄せてきて、心臓はバクバク、頭はガンガンしている。
――なんつー器用な……。
さすが検挙率トップなだけある……なんて思ってしまった。
だけど俺はまだ負けていない。頑なに声を我慢している。こいつに喘いだら一生の不覚だ。菅野はそんな俺を、どこまで耐えられるか試しているのだろう。指を抜き、体を離されると不満に思う間もなく即座に、菅野の見事なそれが俺の中に、……入った。
怖い、苦しい、だけど、めちゃくちゃイイ。相手が菅野なのは非常に残念だが、肉体的にはかなり満たされる。久々の行為なのと菅野のがデカイのとで、人工肛門になったらどうしようと不安になるくらい痛いけれど、それでもいいか、なんて考えてしまっている自分が怖い。
菅野はゆっくり腰を動かし、探りながら突いた。次第に痛みがなくなり、擦られるうちにイイところに当たると脱力した。やはり菅野はその瞬間も見逃さず、「ここか」と呟くと一気に激しく攻めた。突かれる度に俺はのけ反り、顎が割れそうなほど奥歯を噛みしめて、ハアハアと息遣いだけが荒くなる。衝撃がすごすぎて体がもたない。何かにしがみつきたい。だけど菅野にはしがみつきたくない。だからシーツをずっと握り締めていた。
静かな部屋に響く、ベッドが軋む音、ふたりの男の熱い息、飛び散る汗。
「お前はサイレントセックスが好きなのか?」
――んなわけねぇだろ、ボケ! 俺だって叫びてぇわ!
もはや声を我慢すると言うより、出なかった。菅野の動きに合わせてずっと呼吸だけを乱していた。
――なんで、俺、菅野とこんなことしてんの?
なんで嫌じゃないの? 菅野は俺を抱いて嫌じゃないの?
なんで、こんなに、気持ちイイんだ?
「本当に生意気な奴だな」
腰を浮かされ、菅野はギリギリまで抜いたと思ったら、上から一気にパン、と奥まで挿し込んだ。その瞬間、脳みそに電流が走り、目を見開いて二度目の絶頂を迎える。菅野も達したようで、暫く俺の中でふるふると震えていた。……中に出しやがって。
――完全に、ヤラれた。
―――
「もう一時だな」
シャワーを済ませて浴室を出ると、菅野は着替えを済ませて腕時計を付けているところだった。
「お前は泊まっていけ」
「え……あ、いや、俺が帰ります」
「そんなフラフラしてて帰れねぇだろ」
激しい情事と今頃回ってきた酔いで、確かに無事に家に辿り着ける自信はない。
「支払いはもう済ませてあるから、鍵だけフロントに返せ。じゃあな、お疲れさん」
まったくだ。
「明日から遅れずにいつも通りに出ろよ」
菅野はそう言ってドアに向かった。扉が閉まる直前の数秒間、目が合った。その時のどこか切なげな眼差し。初めて見る表情に戸惑った。
扉が閉まると部屋が静まり返る。茫然としながらベッドを見る。乱れたシーツ、散らかった枕。ついさっき、俺はここで、菅野と寝たのか……。
「なんで……」
――なんで菅野なんだよ。
なんで俺なんだよ。
なんで……、祐が死ななきゃなんねんだよ。
突然起こった出来事があまりに刺激的過ぎて、確かに一時のあいだは悲しみを忘れられた。だけどひとりになったら、また背後からざわざわと闇が襲ってくる。
――笑ってくれよ。
本当は男が好きなのに興味のない振りをしてお前を傷つけて、挙句の果てにはいつも愚痴を言ってた大嫌いな奴と、お前が死んだ直後に、寝たんだぜ。 最低だろ?
下着とジーンズだけを身に着け、濡れた髪のままベッドに仰向けになった。目を瞑ると嫌でも映り出される残像。腐敗した身体、充満したガス、蠢く蛆。もう生前の顔が思い出せない。
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