槙田 慎二 5
***
俺と平野は変わらず普通の友達として、いつも一緒だった。
昔の話をしてから平野はガードを緩めてくれたのか、以前よりよく喋るようになったし、つまらない冗談を言い合えるくらいにはなった。
俺と一緒にいるところを見て、クラスの奴らも平野に話しかけるようになった。
平野は近寄りがたい雰囲気があって遠慮していたのだが、本当はみんな平野と仲良くなりたかったのだとか。
平野がクラスに打ち解けるのはすごくいいことだけど、やっぱり悔しい気持ちもちょっとある。
「俺、男でもあいつなら抱けるわ……」とか、ふざけたことを言う野郎がいたら、
「平野に手を出していいのは敬吾さんだけなんだよッ!」
……とは、言わなかったけど、「平野はみんなのアイドルだから変なことしちゃ駄目なの」と、予防線を張った。
完全に俺、平野の近衛兵。
きっとその近衛兵が一番、邪なんだろうけど。
なんて虚しい役回り。
月日が流れて年度が変わろうとしても、平野は相変わらず窓の外を眺めることが多かった。
むしろ、ボーッとする時のほうが多くなったような気さえする。
「会いたいなら、会いに行けばいいじゃないか」
何度もそう言いそうになった。
だけど、簡単に会いに行くくらいなら最初からつながりを絶ったりしない。
それに、敬吾さんに会いに行くのを俺が見送ると思うと、自分がみじめになりそうで怖い。
平野を応援したい気持ちと、無理だと分かっていながら横恋慕してる俺。
今日もうららかに晴れた空には浮雲がまばらに流れている。
***
春休みの部活は毎日半日あって、日曜日は一日練習がある。
一日練習は本当にキツい。半日トレーニングで半日練習試合。
試合に負けたら罰トレ。しめ縄で二重跳び300回とか言われたら泣きそうになる。
野球部の友達に「バド部って、えげつないな」と引かれたほどだ。
そんな日々で部員たちも疲れていたのだろう。
一人の部員が試合中にぶっ倒れた。
相手の強烈なスマッシュが眉間を捉えたらしかった。
疲れが溜まっていたのと痛みで部員は気を失い、さすがに顧問も焦って慌てふためいた。
「きゅ、救急車!救急車を呼んでくれ!」
「救急車」という単語だけでいちいち反応する平野に気付いてしまった。
もう末期症状だろう。
なんだかもう、じれったくて情けなくて可哀想で、そして自分もみじめで、腹が立って腹が立って仕方なかった。
「平野、お前、自分がいつもどんな顔してるか知ってるか?」
帰り道で、二人きりになった時に、そう切り出した。
平野はきょとんとして「どういうこと?」と聞き返す。
「なんで敬吾さんに会いに行かないの?」
「な、なんでって……急に、どうして」
「もう見てられないよ。飼い主待ってる犬みたいな顔で、いっつもボーッとして、どうせ敬吾さんのことばっかり考えてんだろ」
そして、それをいつも心配そうに見てる俺にも気付いてないんだろ?
「そんなに好きなら会いに行けばいいじゃないか」
その台詞言った瞬間に、俺の中で何かが解き放たれた。
会いに行けよ、
飛行機は高いから、新幹線でだっていいじゃないか、
土日の部活くらい簡単に休めるさ、
お小遣い貯めてさ、
足りなかったら、貸してやるよ
なんで我慢するのさ、
なんなら、俺、付いて行ってやるし。
「なんで、槙田がそこまで言うんだよ」
「平野が寂しそうな顔してるの、見たくないんだよ」
いい加減に気付けよ、
いくら眼中にないからって、ひどすぎるぞ、
俺だってそろそろ泣いちゃうもんね。
「なんで泣くのさ」
「俺、平野が好きだ」
平野は今まで見たことないくらいの間抜け面でポッカーンとしていた。
「なんで好きか聞かれても分かんないけど、好きなんだ。友達としての好きっていうのもあるけど、……お前が敬吾さんを好きな気持ちと、たぶん一緒」
「……え……あ、でも」
「敬吾さんが好きなんだろ?」
とりつくシマもないんだよな。
だったら、ウジウジしてないで、会いに行けよ、俺のためにも。
「……行けない」
「なんで!?」
「絶対、依存するから」
充分、依存してるって。
「いいもの見せてやろうか」
「何?」
「敬吾さん。ネットで名前入れたら出てきたよ。あ、SNSとかじゃないぜ。病院のホームページに載ってるの、見たことない?」
「ない」
なんでお前が見てるんだよ、と呆れられた。
「ちょっと見てみてよ」
写真見せたら会いに行きたくなるだろう。
半分、自棄だった。
「そこの花壇に!座って!ちょっと待ってろ!」
「え、あ、はい……」
スマートフォンを出して、以前見た病院のホームページを直接検索にかけた。
小児科のスタッフ紹介……、
「ん?」
スクロール、スクロール……、
「豊浜総合病院だよな?」
「そうだけど……、いつの間に調べたんだよ……怖ぇな」
――ない。いない。病院のスタッフ紹介欄に、敬吾さんの名前と写真がなかった。
「……いない」
いくら探しても出てこなかった。
「人違いだったんじゃないの?」
「飯島敬吾っていうんだろ?」
「だから怖いって」
だって、ひとりしか出てこなかったら。
「……槙田、もういいよ」
「だって、絶対見たら会いたくなるって」
「余計見たくないよ。……本当にもう、いいから」
消え入りそうな声で言われるので、俺はスマートフォンを鞄にしまった。
少しの沈黙のあと、平野が言った。
「今の俺は、誰かに養ってもらわないと生きていけないじゃん。仕事もないし、資格もないし、世間知らずだし。今、会いに行ったって、絶対迷惑かけるだけだろ。保護者の役割をあの人にさせたくないんだよ」
一人前になるまで会わないと決心して出てきたのに、今行ったらカッコ悪すぎる、と苦笑した。
「だからってボケーッとしてるほうがカッコ悪くないか?」
「……そんなに?」
寂しそうにボーッとしている時の平野の顔を真似してみせた。
「そんな間抜けな顔してんの、俺」
「おい」
すると平野は「くっ、くっ、くっ」と笑い出した。
こいつが声を出して笑うところを初めて見た。
「俺は敬吾さんの代わりにはなれない?」
「代わりとか……考えたことない」
「そうか……」
「でも槙田じゃなかったら話さなかったよ」
槙田と一緒にいると楽しいよ、
今まで友達も碌にいなかったから、仲良くなれて嬉しい、
俺の隣の席が槙田でよかったと思ってる。
嬉しいけど、ちょっぴり切ない平野の言葉。
「友達」って、一番近くて遠い存在だよなぁ、なんて考える。
「……分かった。じゃあ親友になろう」
「親友って、なろうって言ってなるものなのか?」と、平野は恥ずかしそうに言った。
「なんで敬吾さん、出てこなかったんだろうなぁ」
「父親が開業してるから、病院辞めて跡継いだんじゃない?」
「他人事みたいに言うなよ」
「……ちょっとホッとした。写真でも顔見たら揺らぐ自信あったから。ドキドキした」
「俺が見れたのは奇跡に近い偶然かな」
「……どんなだった、写真」
「言いたかないけど、カッコ良かったね」
写真を見た瞬間に、平野を口説ける自信がなくなったんだ。
もしかしたら「手を出すなよ」という敬吾さんからのメッセージだったのかもしれない。
「なんか、少し、気分が晴れたよ。ありがとう」
そう言って平野はニコ、と微笑んだ。
「もうすぐ大会があるなぁ。ダブルスのペア、平野は誰と組むの」
「さあ、分からないけど」
「じゃあ、俺と組もうぜ。お前レシーブ得意だし、俺はスマッシュ得意だし、攻防完璧になって、ベスト8くらいは狙おうぜ、そんで誰もが羨むゴールデンペアになるんだ。どう?」
平野は少し考えて、言った。
「いいね、それ」
***
意識してかそうでないのかは分からないが、平野はそれからボンヤリすることが減った。
学校にも馴染もうと頑張っているようだった。
男女問わずにモテモテの平野は、告白される度に相手に一縷の望みも与えず断り続けている。
たまにしつこい奴がいる時は「好きな人がいるから」と一刀両断。
こんなに想われてマジで敬吾さんは幸せ者だなと、羨ましいし、憧れる。
俺? 俺は相変わらず平野の近衛兵。
平野が痴漢に遭ったり、しつこく迫られて困っている時に追い払うのが俺の役目。
それも考えようによっては楽しいもんで、「おととい来やがれ!」とか言いながら中指立てるとスカッとしていいストレス発散になる。
平野には「恥ずかしいからやめろ」と言われるけれど、誰のおかげで貞操を守れてると思ってるんだよ。
そう思わない?
そうしているうちに、平野への恋心は友情に変わり、ただ純粋に、平野と敬吾さんがいつか再会して幸せになってくれたらいいなと思うようになった。
***
「ついに行っちゃうんだな。帰っちゃう、っていうのが正しいか」
敬吾さんに会いに行くと言う平野を、駅まで見送った。
高校と専門学校を卒業して立派に大人になった平野は、すごく頼もしく見えた。
だけどやっぱり不安もあるのだろう。
表情は少し硬い。
「どうやって連絡したの?」
「手紙送った……。届いてるといいけど」
ここであっさり「元気でな」と別れるのも癪なので、最後に意地悪を言ってやった。
「もし、結婚でもしてたらどうすんの?」
「それは仕方ないと思ってる。むしろそっちのほうが可能性高くない?」
「そうだな」と続けそうになったところを、「絶対会えるから、大丈夫!」と励ました。
平野は不安を残しながらも笑う。
「無事に会えて、生活落ち着いたら連絡しろよ。バイクは? 送ったの?」
「送った。また連絡する」
最後だっていうのに、最低限の答えだなぁ。
「俺も、そろそろ彼女作ろ」
「あえて作ってなかったの?」
「できないんじゃなくて?」と言う意味に聞こえる。
「誰かさんのお守りしてたからな」
ふっ、と笑うと平野は「そろそろだから」と、バッグを肩に掛けた。そして、
「じゃあね、親友」
と、言って、手を振りながら改札を通った。
やっべ、ちょっと涙出ちゃった。
だんだん平野の後姿が遠のいていく。
人の波に呑まれて見えなくなっても、暫く立ち尽くした。
俺はたぶんどんなに頑張っても平野の中で敬吾さん以上にはなれないだろう。
親にも兄弟にもなれなければ、恋人にもなれない。
だけど、それよりもとっておきの存在。
「親友」の座くらいは、もらってもいいよな。
そうだろう? 敬吾さん。
end
☆その後のふたり☆

俺と平野は変わらず普通の友達として、いつも一緒だった。
昔の話をしてから平野はガードを緩めてくれたのか、以前よりよく喋るようになったし、つまらない冗談を言い合えるくらいにはなった。
俺と一緒にいるところを見て、クラスの奴らも平野に話しかけるようになった。
平野は近寄りがたい雰囲気があって遠慮していたのだが、本当はみんな平野と仲良くなりたかったのだとか。
平野がクラスに打ち解けるのはすごくいいことだけど、やっぱり悔しい気持ちもちょっとある。
「俺、男でもあいつなら抱けるわ……」とか、ふざけたことを言う野郎がいたら、
「平野に手を出していいのは敬吾さんだけなんだよッ!」
……とは、言わなかったけど、「平野はみんなのアイドルだから変なことしちゃ駄目なの」と、予防線を張った。
完全に俺、平野の近衛兵。
きっとその近衛兵が一番、邪なんだろうけど。
なんて虚しい役回り。
月日が流れて年度が変わろうとしても、平野は相変わらず窓の外を眺めることが多かった。
むしろ、ボーッとする時のほうが多くなったような気さえする。
「会いたいなら、会いに行けばいいじゃないか」
何度もそう言いそうになった。
だけど、簡単に会いに行くくらいなら最初からつながりを絶ったりしない。
それに、敬吾さんに会いに行くのを俺が見送ると思うと、自分がみじめになりそうで怖い。
平野を応援したい気持ちと、無理だと分かっていながら横恋慕してる俺。
今日もうららかに晴れた空には浮雲がまばらに流れている。
***
春休みの部活は毎日半日あって、日曜日は一日練習がある。
一日練習は本当にキツい。半日トレーニングで半日練習試合。
試合に負けたら罰トレ。しめ縄で二重跳び300回とか言われたら泣きそうになる。
野球部の友達に「バド部って、えげつないな」と引かれたほどだ。
そんな日々で部員たちも疲れていたのだろう。
一人の部員が試合中にぶっ倒れた。
相手の強烈なスマッシュが眉間を捉えたらしかった。
疲れが溜まっていたのと痛みで部員は気を失い、さすがに顧問も焦って慌てふためいた。
「きゅ、救急車!救急車を呼んでくれ!」
「救急車」という単語だけでいちいち反応する平野に気付いてしまった。
もう末期症状だろう。
なんだかもう、じれったくて情けなくて可哀想で、そして自分もみじめで、腹が立って腹が立って仕方なかった。
「平野、お前、自分がいつもどんな顔してるか知ってるか?」
帰り道で、二人きりになった時に、そう切り出した。
平野はきょとんとして「どういうこと?」と聞き返す。
「なんで敬吾さんに会いに行かないの?」
「な、なんでって……急に、どうして」
「もう見てられないよ。飼い主待ってる犬みたいな顔で、いっつもボーッとして、どうせ敬吾さんのことばっかり考えてんだろ」
そして、それをいつも心配そうに見てる俺にも気付いてないんだろ?
「そんなに好きなら会いに行けばいいじゃないか」
その台詞言った瞬間に、俺の中で何かが解き放たれた。
会いに行けよ、
飛行機は高いから、新幹線でだっていいじゃないか、
土日の部活くらい簡単に休めるさ、
お小遣い貯めてさ、
足りなかったら、貸してやるよ
なんで我慢するのさ、
なんなら、俺、付いて行ってやるし。
「なんで、槙田がそこまで言うんだよ」
「平野が寂しそうな顔してるの、見たくないんだよ」
いい加減に気付けよ、
いくら眼中にないからって、ひどすぎるぞ、
俺だってそろそろ泣いちゃうもんね。
「なんで泣くのさ」
「俺、平野が好きだ」
平野は今まで見たことないくらいの間抜け面でポッカーンとしていた。
「なんで好きか聞かれても分かんないけど、好きなんだ。友達としての好きっていうのもあるけど、……お前が敬吾さんを好きな気持ちと、たぶん一緒」
「……え……あ、でも」
「敬吾さんが好きなんだろ?」
とりつくシマもないんだよな。
だったら、ウジウジしてないで、会いに行けよ、俺のためにも。
「……行けない」
「なんで!?」
「絶対、依存するから」
充分、依存してるって。
「いいもの見せてやろうか」
「何?」
「敬吾さん。ネットで名前入れたら出てきたよ。あ、SNSとかじゃないぜ。病院のホームページに載ってるの、見たことない?」
「ない」
なんでお前が見てるんだよ、と呆れられた。
「ちょっと見てみてよ」
写真見せたら会いに行きたくなるだろう。
半分、自棄だった。
「そこの花壇に!座って!ちょっと待ってろ!」
「え、あ、はい……」
スマートフォンを出して、以前見た病院のホームページを直接検索にかけた。
小児科のスタッフ紹介……、
「ん?」
スクロール、スクロール……、
「豊浜総合病院だよな?」
「そうだけど……、いつの間に調べたんだよ……怖ぇな」
――ない。いない。病院のスタッフ紹介欄に、敬吾さんの名前と写真がなかった。
「……いない」
いくら探しても出てこなかった。
「人違いだったんじゃないの?」
「飯島敬吾っていうんだろ?」
「だから怖いって」
だって、ひとりしか出てこなかったら。
「……槙田、もういいよ」
「だって、絶対見たら会いたくなるって」
「余計見たくないよ。……本当にもう、いいから」
消え入りそうな声で言われるので、俺はスマートフォンを鞄にしまった。
少しの沈黙のあと、平野が言った。
「今の俺は、誰かに養ってもらわないと生きていけないじゃん。仕事もないし、資格もないし、世間知らずだし。今、会いに行ったって、絶対迷惑かけるだけだろ。保護者の役割をあの人にさせたくないんだよ」
一人前になるまで会わないと決心して出てきたのに、今行ったらカッコ悪すぎる、と苦笑した。
「だからってボケーッとしてるほうがカッコ悪くないか?」
「……そんなに?」
寂しそうにボーッとしている時の平野の顔を真似してみせた。
「そんな間抜けな顔してんの、俺」
「おい」
すると平野は「くっ、くっ、くっ」と笑い出した。
こいつが声を出して笑うところを初めて見た。
「俺は敬吾さんの代わりにはなれない?」
「代わりとか……考えたことない」
「そうか……」
「でも槙田じゃなかったら話さなかったよ」
槙田と一緒にいると楽しいよ、
今まで友達も碌にいなかったから、仲良くなれて嬉しい、
俺の隣の席が槙田でよかったと思ってる。
嬉しいけど、ちょっぴり切ない平野の言葉。
「友達」って、一番近くて遠い存在だよなぁ、なんて考える。
「……分かった。じゃあ親友になろう」
「親友って、なろうって言ってなるものなのか?」と、平野は恥ずかしそうに言った。
「なんで敬吾さん、出てこなかったんだろうなぁ」
「父親が開業してるから、病院辞めて跡継いだんじゃない?」
「他人事みたいに言うなよ」
「……ちょっとホッとした。写真でも顔見たら揺らぐ自信あったから。ドキドキした」
「俺が見れたのは奇跡に近い偶然かな」
「……どんなだった、写真」
「言いたかないけど、カッコ良かったね」
写真を見た瞬間に、平野を口説ける自信がなくなったんだ。
もしかしたら「手を出すなよ」という敬吾さんからのメッセージだったのかもしれない。
「なんか、少し、気分が晴れたよ。ありがとう」
そう言って平野はニコ、と微笑んだ。
「もうすぐ大会があるなぁ。ダブルスのペア、平野は誰と組むの」
「さあ、分からないけど」
「じゃあ、俺と組もうぜ。お前レシーブ得意だし、俺はスマッシュ得意だし、攻防完璧になって、ベスト8くらいは狙おうぜ、そんで誰もが羨むゴールデンペアになるんだ。どう?」
平野は少し考えて、言った。
「いいね、それ」
***
意識してかそうでないのかは分からないが、平野はそれからボンヤリすることが減った。
学校にも馴染もうと頑張っているようだった。
男女問わずにモテモテの平野は、告白される度に相手に一縷の望みも与えず断り続けている。
たまにしつこい奴がいる時は「好きな人がいるから」と一刀両断。
こんなに想われてマジで敬吾さんは幸せ者だなと、羨ましいし、憧れる。
俺? 俺は相変わらず平野の近衛兵。
平野が痴漢に遭ったり、しつこく迫られて困っている時に追い払うのが俺の役目。
それも考えようによっては楽しいもんで、「おととい来やがれ!」とか言いながら中指立てるとスカッとしていいストレス発散になる。
平野には「恥ずかしいからやめろ」と言われるけれど、誰のおかげで貞操を守れてると思ってるんだよ。
そう思わない?
そうしているうちに、平野への恋心は友情に変わり、ただ純粋に、平野と敬吾さんがいつか再会して幸せになってくれたらいいなと思うようになった。
***
「ついに行っちゃうんだな。帰っちゃう、っていうのが正しいか」
敬吾さんに会いに行くと言う平野を、駅まで見送った。
高校と専門学校を卒業して立派に大人になった平野は、すごく頼もしく見えた。
だけどやっぱり不安もあるのだろう。
表情は少し硬い。
「どうやって連絡したの?」
「手紙送った……。届いてるといいけど」
ここであっさり「元気でな」と別れるのも癪なので、最後に意地悪を言ってやった。
「もし、結婚でもしてたらどうすんの?」
「それは仕方ないと思ってる。むしろそっちのほうが可能性高くない?」
「そうだな」と続けそうになったところを、「絶対会えるから、大丈夫!」と励ました。
平野は不安を残しながらも笑う。
「無事に会えて、生活落ち着いたら連絡しろよ。バイクは? 送ったの?」
「送った。また連絡する」
最後だっていうのに、最低限の答えだなぁ。
「俺も、そろそろ彼女作ろ」
「あえて作ってなかったの?」
「できないんじゃなくて?」と言う意味に聞こえる。
「誰かさんのお守りしてたからな」
ふっ、と笑うと平野は「そろそろだから」と、バッグを肩に掛けた。そして、
「じゃあね、親友」
と、言って、手を振りながら改札を通った。
やっべ、ちょっと涙出ちゃった。
だんだん平野の後姿が遠のいていく。
人の波に呑まれて見えなくなっても、暫く立ち尽くした。
俺はたぶんどんなに頑張っても平野の中で敬吾さん以上にはなれないだろう。
親にも兄弟にもなれなければ、恋人にもなれない。
だけど、それよりもとっておきの存在。
「親友」の座くらいは、もらってもいいよな。
そうだろう? 敬吾さん。
end
☆その後のふたり☆

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- Posted in: ★Frozen eye
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