槙田 慎二 3
***
ある日の部活後、着替え終えてからトイレに行こうと体育館裏へ行ったら、女の子と向き合っている平野を見た。
俺はすぐに察して、戻って来たところを冷やかしてやろうと隠れて待ち構えた。
女の子が立ち去り、続いて平野がこちらに向かってきたので、
「見―た―ぞ―」
「槙田!?」
「今の誰? 誰から告白された?」
「もういいよ」
「誰にも言わないからさっ」
「……二年の人」
やるなぁ、平野は年上女子に可愛がられるタイプか。羨ましい。
「で、断ったの? なんて人?」
「松下……って言ってたかな」
「うそ! 美人で有名じゃん! それ断ったの!? もったいね!」
「だって知らないし、興味ないし」
知らなくても俺ならとりあえず付き合うな。
「じゃあ、平野はどんな子がタイプなの?」
すると平野は「別にない」とか言いながら、微かに動揺した。
「……前の学校とかに、付き合ってる人いた?」
「え……、付き合ってるっていうか……」
そのうろたえ方、「いました」と言っているようなもんだろう。
もしくは現在進行形。
付き合っていなくても限りなくそれに近い、美人の告白をあっさり断るほど、平野にとっては特別な存在……かもしれない。
なぜ俺はショックを受けているんだ。
知らなかったから?
先を越されたと思ったから?
……違う。平野にそういう人がいるから。
待てよ、おかしいじゃないか。これじゃあ、まるで、
「槙田?」
「ぇあ……、なあ、……そ、その人のこと、好き?」
平野はそれはもう真っ赤になって俯いた。
俺が「友達だろ?」とからかって照れるのとは次元が違う。
あ、本当に好きなんだ。まだ好きなんだ。
「……か、帰ろうか……」
それが俺の言える、精一杯の言葉だった。
その夜は眠れなかった。
一瞬にして悟ったことがあまりに衝撃的すぎて、考えがまとまらない。
平野には前の学校で付き合ってる人がいて、そいつのことがまだ好きで、そしてそんな平野を……好きなのかもしれない、俺。
ああ、もう胸が苦しすぎる。
ただの友達ならこんな気持ちにならない。
高校生になって初めて好きになった奴が男だなんて勘弁してよ。
否定しようとしればするほどドキドキしちゃって平野のことばっかり考えてしまう。
明日、どんな顔で平野と話せばいいんだよ。
***
翌朝、教室に入って意外な光景を目にした。
平野がクラスの奴と談笑している。
今まで平野は、俺以外の奴とまともに話したことがなかった。
いつも朝の平野は自分の席でボンヤリ座っているだけだ。
あ――……、あのスーパー可愛い笑顔を他の奴にも見せちゃったか。
できれば俺だけの秘密にしておきたかった。
「あ、槙田。さっき平野に予習のノート見せてもらったんだけど、すっげー分かりやすくてさ。お前いつも見せてもらってんだって? どうりで最近ちゃんとやってるわけだよ」
「え……ああ……」
平野に「おはよう」と声を掛けられたが、あからさまに目を逸らしてしまった。
自分でも今のは感じ悪いと思う。
いつもみたいにヘラヘラして「ノート見せて」って言いたいのに、それすらできなかった。
それどころか珍しく平野から話し掛けてきてくれてるのに、気のない返事しかできない。
英語で当てられて答えられない俺に、平野はちぎったノートの切れ端に答を書いて渡してくれた。
さすがにそんな都合のいいことはしたくない。
心の中で「ありがとう」と言いながら、俺は正直に「予習をしていません」と答えて怒号を喰らった。
横目で少し寂しそうにする平野を見る。
「ごめんよ、お前が好きなんだ」なんて、言えるはずもない。
放課後、職員室に呼ばれた俺は予習をしなかった罰として、教科書の英文を三回ノートに書き写すという地味でめちゃくちゃ面倒臭い課題を言い渡された。
部活も遅刻で罰トレ決定。
がっくりと肩を落としながら職員室を出る。
「槙田」
職員室の前に、平野が立っていた。
「何やってんだよ、部活は!?」
「待ってた」
「遅刻したら罰トレあるの、知らねぇの? 体育館周り10周」
「……たいした罰トレじゃないじゃん」
「走るの好きだから」と、平野は苦笑した。
「なんで待ってたの?」
「……槙田が、ちょっと様子が変だなと、思って」
「……」
「俺、……なんかしたかな……」
「いや、そうじゃなくて……」
ああ、もうっ! そんなシュンとしないでっ!
俺はこの時間はひと気の少ない屋上庭園に誘った。
チラホラと帰宅部のバカップルがいるのは無視ということで。
ベンチに並んで座り、少しの沈黙のあと、意を決して俺は言った。
「今日、俺が変だったのは決して平野のせいというわけではなくて、俺が勝手に落ち込んでただけであって、それに平野はなんの関係もなくて、でもまったく関係がないというわけでもなくて」
「何、言ってんの?」
「う―――ん、だから……」
単刀直入に告白する勇気はないけれど、こう言えばどうだろう。
「もっと平野のこと、知りたいかな」
「……俺?」
「だって、お前自分のことあんまり喋らないし。ちょっと……寂しいかなー…なんて」
そしてお約束の「友達だろ?」と、続けた。
今、この言葉を使うのはちょっとズルいけれど。
平野はどういういわけか、少し表情を曇らせた。
まずかったのだろうか、と不安がよぎった時、
「……本当はあんまり……知られたくはなかったんだけど……」
と、予想に反してシリアスに口を開いた。
平野は俺の思い付きの頼みに真面目に応えてくれた。
「俺、もともとは『平野』じゃないんだ」
話の始まりは、そんな思いがけない告白からだった。
⇒
ある日の部活後、着替え終えてからトイレに行こうと体育館裏へ行ったら、女の子と向き合っている平野を見た。
俺はすぐに察して、戻って来たところを冷やかしてやろうと隠れて待ち構えた。
女の子が立ち去り、続いて平野がこちらに向かってきたので、
「見―た―ぞ―」
「槙田!?」
「今の誰? 誰から告白された?」
「もういいよ」
「誰にも言わないからさっ」
「……二年の人」
やるなぁ、平野は年上女子に可愛がられるタイプか。羨ましい。
「で、断ったの? なんて人?」
「松下……って言ってたかな」
「うそ! 美人で有名じゃん! それ断ったの!? もったいね!」
「だって知らないし、興味ないし」
知らなくても俺ならとりあえず付き合うな。
「じゃあ、平野はどんな子がタイプなの?」
すると平野は「別にない」とか言いながら、微かに動揺した。
「……前の学校とかに、付き合ってる人いた?」
「え……、付き合ってるっていうか……」
そのうろたえ方、「いました」と言っているようなもんだろう。
もしくは現在進行形。
付き合っていなくても限りなくそれに近い、美人の告白をあっさり断るほど、平野にとっては特別な存在……かもしれない。
なぜ俺はショックを受けているんだ。
知らなかったから?
先を越されたと思ったから?
……違う。平野にそういう人がいるから。
待てよ、おかしいじゃないか。これじゃあ、まるで、
「槙田?」
「ぇあ……、なあ、……そ、その人のこと、好き?」
平野はそれはもう真っ赤になって俯いた。
俺が「友達だろ?」とからかって照れるのとは次元が違う。
あ、本当に好きなんだ。まだ好きなんだ。
「……か、帰ろうか……」
それが俺の言える、精一杯の言葉だった。
その夜は眠れなかった。
一瞬にして悟ったことがあまりに衝撃的すぎて、考えがまとまらない。
平野には前の学校で付き合ってる人がいて、そいつのことがまだ好きで、そしてそんな平野を……好きなのかもしれない、俺。
ああ、もう胸が苦しすぎる。
ただの友達ならこんな気持ちにならない。
高校生になって初めて好きになった奴が男だなんて勘弁してよ。
否定しようとしればするほどドキドキしちゃって平野のことばっかり考えてしまう。
明日、どんな顔で平野と話せばいいんだよ。
***
翌朝、教室に入って意外な光景を目にした。
平野がクラスの奴と談笑している。
今まで平野は、俺以外の奴とまともに話したことがなかった。
いつも朝の平野は自分の席でボンヤリ座っているだけだ。
あ――……、あのスーパー可愛い笑顔を他の奴にも見せちゃったか。
できれば俺だけの秘密にしておきたかった。
「あ、槙田。さっき平野に予習のノート見せてもらったんだけど、すっげー分かりやすくてさ。お前いつも見せてもらってんだって? どうりで最近ちゃんとやってるわけだよ」
「え……ああ……」
平野に「おはよう」と声を掛けられたが、あからさまに目を逸らしてしまった。
自分でも今のは感じ悪いと思う。
いつもみたいにヘラヘラして「ノート見せて」って言いたいのに、それすらできなかった。
それどころか珍しく平野から話し掛けてきてくれてるのに、気のない返事しかできない。
英語で当てられて答えられない俺に、平野はちぎったノートの切れ端に答を書いて渡してくれた。
さすがにそんな都合のいいことはしたくない。
心の中で「ありがとう」と言いながら、俺は正直に「予習をしていません」と答えて怒号を喰らった。
横目で少し寂しそうにする平野を見る。
「ごめんよ、お前が好きなんだ」なんて、言えるはずもない。
放課後、職員室に呼ばれた俺は予習をしなかった罰として、教科書の英文を三回ノートに書き写すという地味でめちゃくちゃ面倒臭い課題を言い渡された。
部活も遅刻で罰トレ決定。
がっくりと肩を落としながら職員室を出る。
「槙田」
職員室の前に、平野が立っていた。
「何やってんだよ、部活は!?」
「待ってた」
「遅刻したら罰トレあるの、知らねぇの? 体育館周り10周」
「……たいした罰トレじゃないじゃん」
「走るの好きだから」と、平野は苦笑した。
「なんで待ってたの?」
「……槙田が、ちょっと様子が変だなと、思って」
「……」
「俺、……なんかしたかな……」
「いや、そうじゃなくて……」
ああ、もうっ! そんなシュンとしないでっ!
俺はこの時間はひと気の少ない屋上庭園に誘った。
チラホラと帰宅部のバカップルがいるのは無視ということで。
ベンチに並んで座り、少しの沈黙のあと、意を決して俺は言った。
「今日、俺が変だったのは決して平野のせいというわけではなくて、俺が勝手に落ち込んでただけであって、それに平野はなんの関係もなくて、でもまったく関係がないというわけでもなくて」
「何、言ってんの?」
「う―――ん、だから……」
単刀直入に告白する勇気はないけれど、こう言えばどうだろう。
「もっと平野のこと、知りたいかな」
「……俺?」
「だって、お前自分のことあんまり喋らないし。ちょっと……寂しいかなー…なんて」
そしてお約束の「友達だろ?」と、続けた。
今、この言葉を使うのはちょっとズルいけれど。
平野はどういういわけか、少し表情を曇らせた。
まずかったのだろうか、と不安がよぎった時、
「……本当はあんまり……知られたくはなかったんだけど……」
と、予想に反してシリアスに口を開いた。
平野は俺の思い付きの頼みに真面目に応えてくれた。
「俺、もともとは『平野』じゃないんだ」
話の始まりは、そんな思いがけない告白からだった。
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