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飯島 敬吾 1

 梓が地元に戻ってから、ひと月が過ぎた。
 再会した日、僕はすぐにでも部屋を借りて一緒に住まないかと申し出たのだけど、

「ただでさえ敬吾さんは仕事が忙しいんだから、部屋を探すのに余計な時間を取らせるわけにはいかない」

 と、冷静に気遣う言葉で断られた。
 実際、実家の医院を継いでから時間がない。
 ひとりですべての患者を診なくちゃいけないし、個人病院でも診療時間外の急患はしょっちゅうだ。
 高熱でぐったりしている子どもや血だらけの高校生が訪ねて来たら断るわけにもいかない。
 もし一緒に部屋を借りることになっても、結局すべて梓に任せっぱなしになっていただろう。
 梓はまるでそれを分かっていたかのように、知らないあいだに部屋を決め、家具も買い揃えて、二度目に会った時にはすっかり住まいが落ち着いていた。
 僕の医院から徒歩15分で行ける、ワンルームマンション。
 普段は医院で仕事をして、休診日は梓の部屋で過ごすのが最近の僕の行動様式になっている。

***

「このベッドとか、机とか、どこで買ったの?」

「同級生がリサイクルショップ経営してて、くれたんだ」

「こっちの同級生と連絡取ってるの?」

「全然……。そいつはたまたまスーパーで会ったから。ってか、もともとこっちに友達そんなにいないし」

「向こうの友達は、梓がこっちに来てるの知ってるの?」

「あー、仲の良い奴は知ってるよ。……そういえば、落ち着いたら連絡しろって言われてたのに、まだしてないや」

 僕と梓のあいだには7年間の空白がある。
 どんな生活をしていたのか、互いに話はしてもすべてを知るのは難しい。
 はじめは梓が横浜で、義理の両親から大事にされて不自由なく暮らしていたと聞けただけで満足だった。
 梓と別れてから、彼が孤独な想いをしていないだろうかと、それが一番心配だったからだ。
 元気だったんならいい、会えただけでも嬉しい、
 それは真実だが、人間やはり欲深い生き物というもので。

「仕事見つかったんだって? どこだっけ」

「ステーキハウス。『茶目』。調理場」

「いいね。品のある店だし、たまに医師会の集まりで行くよ」

「え、うそ。……やだな」

「なんで嫌なんだよ」

「あんたのことだから、わざと俺を呼んで肉焼かせたりしそう」

「失礼だな。するに決まってるじゃないか」

「するのかよ」

 梓は「ふはっ」と噴き出して笑った。
 正直なところ、僕は梓のこの屈託ない笑顔にはまだ慣れていない。
 不愛想で、左右非対称の不器用な笑い方をしていた頃の印象が強すぎて、素直な反応をされると戸惑ってしまう。
 そしてその度に、どうしても空白の7年間を意識する部分がある。
 だからといって気持ちが左右されるわけではないけれど、一緒にいた時間より離れていた時間のほうが長すぎて、その穴を埋めたいという焦りはあった。

 ―—よそう。

 交友関係を気にするとか、空白に焦るとか、いい年してみっともない。
 綺麗にメイキングされたベッドに横になった。

「あー、シーツがいい匂い。綺麗好きなのは変わらないな」

「敬吾さんは意外とズボラだよね」

「否定はできないけど。……まさか毎日シーツ変えてるの」

「いや、だってこないだ敬吾さんが、さ……」

 少しだけ頬を赤らめた。

「ああ、違う違う、あれは俺じゃなくて梓の……」

「言わなくていいから」

「どうせまた汚すんだから……」

「言わなくていいって!」

 からかうとムスッとするところは変わらない。
 思わず口元がほころぶ。
「おいで」と手を引き、力いっぱい抱き締めたあと、キスをしながら柔軟剤の香りが残るベッドに一緒に倒れ込んだ。

「洗い替えたばかりで悪いけど」

「ん……、聞くなよ……」

―――

 翌日、休診日だという油断もあってか、目が覚めたら正午を過ぎていた。
 飛び起きたが梓の姿はない。
 テーブルの上に「仕事に行ってくる」と書かれたメモがあった。
 そして慌てて足したのか、その下に「コンロの上にチャーハンがある」と走り書きされていた。
 冷えたフライパンに乗ったチャーハンを炒めなおして、静かな部屋でひとり食事を取った。
 梓の作ったチャーハンを食べるのは二度目だ。
 昔一度だけ食べたものの味を思い出すのは容易でないが、明らかに味も見た目も上達しているのは分かる。
 そういえば、調理師免許を取ったと言っていたっけ。

「仕事に行ってくる、かぁ。ほんっと、成長したんだなぁ……」

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