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BREAK OUT-LOW 8-2

「……牛田がやったのは本当か?」

「そのようです」

「そのようです、だ? お前の側近だろうよ、牛田は。なに他人事のように言ってんだ」

「牛田は片山を可愛がっていました。その片山がカシラに殺されて、牛田は片山の仇を討つためにカシラを殺した、と、俺は聞いています。何が原因で揉めたかは存じません」

 しばらく二人は睨み合ったまま動かなかった。充血した秋元の目は恭一を疑っている。

「だったら何故、葬式に来なかった? 音沙汰もなくマンションも引き払って、どこに隠れていた?」

「俺も牛田のことは弟のように可愛がってたんで、あいつがカシラを殺したなんて信じられなくてちょっと塞ぎこんでいただけですよ。マンションを引き払ったのは別件です。中国人から預かった二億をちょいとヘマして失くしてしまいまして。金を回収するまで姿をくらまそうと思った次第です」

「ハ、金の亡者が二億の大金を簡単に失くすわけがないだろう。そんな嘘を俺が信じると思うか?」

「信じていただけないのなら仕方がない。俺は組を抜けます」

 唐突な宣言に、秋元は表情を凍り付かせて恭一を上目で睨んだ。

「俺はこれまで、組長には尽くしてきたつもりです。会費の大半を納めていたのは誰ですか? 俺です。組長が松竹会の定例会に大きな顔をして出席できるのは誰のおかげですか? 金を稼いでいる俺のおかげです。それなのに組長は俺の言い分を信じず、若頭殺害の犯人をどうしても俺にしたいようだ。そんな希薄な信頼関係ではこれ以上あなたに尽くすことはできません」

 けれども秋元はあしらうように「はあ」と溜息をついて、煙草に火を点けた。口元は不気味に笑っている。紫煙をくゆらせながらソファにふんぞり返った。

「まだそんなことを言ってるのか、真鍋よ。組を抜けたところでお前に居場所はないぜ」

「組を抜けたいという考えはずっと変わっていませんよ。野村組長が殺された時から」

 秋元の目が座り、こめかみに血管が浮いた。恭一はさらに核心に触れる。

「野村組長を殺すよう青木に指示したのは秋元組長ですか?」

「そんな昔の話をされてもなぁ。俺が指示した、というよりは俺が『死ねばいいのになぁ』ってふと呟いたことを、実行してくれただけのことだ。野村さんとは方針が違った。せかせか働きに出て自分で稼ぐなんてヤクザのやることじゃねぇ」

「しかし野村組長がそうやって動いたから、組は潤っていたんです」

「いかに周りに金を稼がせるかがヤクザなんだよ。野村のあれはカタギと同じだ。くだらん。だから邪魔になった」

 秋元は煙草を灰皿に押しつけ、前のめりになって恭一に顔を近付けた。

「俺もお前に聞きたいことがあるんだよ。何年か前に、お前に言われて仮想通貨のウォレットを作ったよな。毎月会費の一部を暗号資産に変えておけば将来的に役立つからってよ。日本円にするとけっこうな額が貯まってたと思うが、つい三日ほど前、俺のウォレットのコインが丸ごとなくなってたんだよ。あきらかに他者の仕業だと思って運営に調べさせたんだが、分かったのは第三者による不正アクセスってことだけで、そいつは巧妙に痕跡を消していて追えなかった。……仮想通貨のハッキングは珍しくねぇ。だが一つ不可解なのは、俺のウォレットだけが狙われた標的型だったことと、盗まれる数日前に集金の時期でもねぇのにお前からコインの送金があったことだ」

「……」

「――真鍋、お前の仕業だろ」

 もう取り繕う必要はない。笑いを堪えていた恭一はついに噴き出した。

「頭の古い老人だから現金以外は執着しねぇと思ってたけど、失敬。なめすぎてたわ」

 直後、秋元が拳銃を出してきたので、すぐさまソファから飛びのいた。秋元が発砲した銃弾は三発、ソファの背を貫通した。組長という座もダテではないようだ。恭一が近付く隙を与えず立て続けに発砲する。ジャケットの裾をかすめはしたが、銃口の向きに注意することで被弾はなんとか免れた。一気に間合いを詰めて秋元の腹に渾身の鉄拳を入れるが、腹の肉が邪魔をして決定打にはならなかった。退くのが遅れてこめかみに肘鉄を食らってしまった。足がふらついたところを狙われて、秋元は恭一の額に銃口を向ける。体勢を崩しながらもギリギリで銃弾をかわした。

「しつけぇな!」

「お前もな!」

 恭一はバランスを崩して床に手をついたが、両腕を軸にすることで回し蹴りに勢いがついた。かかとが綺麗に秋元の側頭部に入り、秋元は床に倒れる。すぐに背後を取って左腕で首を固め、右のこめかみには銃口を突きつけた。

「真鍋ェ! キサマぁぁあ!」

「意外と動きが俊敏で驚いたよ」

『組長! 何がありましたか!!』

 室内での騒動を聞きつけたか、部屋の外で組員たちが騒いでいる。突入してこないのは恭一が部屋に入る時にこっそり鍵をかけたからだ。だが、それが破られるのも時間の問題である。

「本当のこと教えてやるよ。青木を殺したのは俺だ。あまりにもクズだったんで、これ以上公害になる前に殺した。本当は金だけ持って行方をくらましてもよかったんだが、俺も青木とは同期だったんでな。一度くらいはあいつのために動いてやってもいいかと思って来てやったんだよ」

「おンのれェエエ! お前もすぐに殺してやる……!!」

 ジタバタと暴れるので、逃げられる前に右腕を捻り上げて骨を折った。秋元は醜く叫び声を上げる。

「腕の一本でギャーギャー騒ぐなよ。何十年もてめぇにケツを犯されまくった青木に比べりゃ可愛いもんだろうが」

「青木……あおき……おれのかわいいあいつがぁァア」

 惨めったらしく泣きだす秋元に、恭一はこんな男に何十年も仕えていたことを心底悔やんだ。

「お前はあいつの体を無理やり自分のものにして満足していたかもしれんが、どうやらあいつは違ったようだ。馬鹿だからそれしか方法がなかっただけで、本心ではてめぇみたいな汚ねェブタのナニより、俺のデカブツが欲しかったらしいぜ」

「貴様許さんからなッ! 誰がお前をここまで育てたと思ってやがる!」

「俺を育ててくれたのは野村組長だ。お前は俺を含め、青木や他の組員から搾取してただけだろうが。俺は青木のケツにナニをブチ込んでやることはできねぇが、青木の代わりにお前の頭にタマをブチ込むことはできるぜ」

 ドアがドンドンと叩かれ、少しずつ破壊され始めている。恭一は撃鉄を起こしてぐっとこめかみに押し込んだ。

「ままままなべ! わわわわわかった! 金はくれてやる! 組抜けも許す! だから離せ!」

「悪ィが、あいつだけに罪悪感を背負わせとくわけにいかねぇんだよな」

「ま――な――べ――――!!!」

「あばよ、ボス」

 ドンッ、と銃声を上げて秋元の頭部を撃ち抜いた。同時にドアが破壊されて待機していた組員たちが一斉に押し入る。恭一の腕の中でぐったりと血を流している秋元を見るなり、次々と拳銃をかまえる。

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