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BREAK OUT-LOW 7-2

「な、なんで」

「青木から聞いたのか」

 その言葉が、すべてが真実であることを証明した。祥平は唇を震わせながら恭一と向き合った。

「あいつが言ってた……親父の会社が倒産した原因は恭一にあるって……本当なのかよ……」

「……本当だ」

 違うと言って欲しかった。恭一は言い訳すらしようとしない。目の前が真っ暗になる。

「青木がどう説明したかは知らんが、おおむね事実だ。本当は俺の口からちゃんと説明するべきだったけど……すまなかった」

「何に対しての『すまない』だよ……。説明しなかったことに対してなのか、親父を騙したことに対してなのか……。すまないで済む話じゃねぇだろ……」

 手も膝も震えていて、立っているのがやっとの状態だった。なぜ震えているのか自分でも分からない。怒りなのか、悲しみなのか、失望なのか。

「……んで、なんでそんなことしたんだよッ! なんであんたが……なんで親父の会社なんだよ! 親父があんたに何をしたんだよ!!」

「お前の親父の会社を狙ったのはたまたまだった。なんの恨みもなかった……」

 立っていられなくて、祥平はダイニングテーブルに手をついた。どうしてひとつも言い訳をしないのか、それが腹立たしい。少しは慌てふためいてくれたほうが許しようがある。

「……なんで俺の親父を騙したんだ」

 恭一は深呼吸をして、話し始めた。
 
 不動産の知識は、先代の野村組長から教えてもらったものだ。
 今の秋元と違ってよく働く人で、俺はその人のことを尊敬していた。
 その野村組長が青木に殺されて、俺は組抜けを決意したんだ。
 だが、秋元がそれを認めなかった。
 抜けるならひと稼ぎしてこいと持ち掛けてきたんだ。

「それで詐欺を?」

「……そう」

 会社を騙して土地を買わせたら、一度の詐欺で大金を得られる。
 俺は秋元が用意した地面師グループと組んで実行した。
 ……あまや興産を狙ったのは、ただ都合が良かったからだった。
 昔は殺人以外なら大抵のことはなんでもやったから、詐欺なんて簡単だと思ってた。

「けど、実際に五億を騙し取ったあと、青木がつけ込んであまや興産が倒産した時は、さすがに後悔した。社長が自殺して家族が巻き込まれ、その関係者も何人か死んだと聞いた。今更俺がこんなことを言ったところでお前は信じないだろうが、……罪悪感は、あった」

「……」

「結局、秋元は俺が組抜けすることを最後まで許さなかった。……それからはせめて一般人にだけは手を出さないようなシノギを選んできたつもりだ。この十年、お前と会うまではあまや興産のことは忘れかけてたんだけど、やっぱりそうもいかねぇよな」

 恭一はベルトに差し込んでいた拳銃を抜き、祥平の前に置いた。祥平は床に置かれたガバメントと恭一を交互に見る。

「殺せ」

 いつもの軽口などではない。本気の命令である。祥平はゆっくりガバメントに手を伸ばし、恭一に向かって構えた。彼が教えてくれた構えで、教え通り急所を狙って。けれども手が震えて照準が合わない。目がかすんで恭一の姿すらぼんやりする。祥平は左腕でゴシゴシと目を擦った。腕が濡れている。涙が出ているらしかった。

 なかなか撃てずにいる祥平を恭一が煽る。

「撃ち方は教えただろう。さっさと殺せ。……青木を殺したように!」

 ギュッとグリップを握り締めて、破裂音とともにトリガーを引いた。だが銃弾は恭一の足元で留まっている。祥平はガバメントを床に叩きつけた。

「殺せるわけねぇだろ! あんたを!」

 そしてとうとう頭を抱えてその場に崩れ落ちた。青木のことはひたすら憎かったから殺すことしか頭になかった。青木さえ殺せばすっきりすると思っていた。そんなわけがないと分かっているのに気付かないふりをした。

 ひとり殺せば次々に殺さなければ気が済まなくなるのでは?
 殺したあとで、もし人違いだと分かったら?
 もし殺したい人間が、殺したくない人間だったら?

 考えなければならないことはたくさんあったのに、全部後回しにして我武者羅に突き進んだ結果がこれだ。復讐でもなんでも、目標を持たなければ自分が生きていけなかったから。青木を殺したことは後悔していない。奴が家族を崩壊させた悪であることに間違いはない。けれども恭一に協力を頼んだことは心底後悔している。なぜあの時出会ったのがこの男だったのだろう。

「あんたはヤクザだけど、ヤクザなんか大嫌いだけど、あんただけは違った。……本当は少し……嬉しかったんだ。ずっと独りだったから。あんただったら一緒にいてもいいと思ったのに。……なんで早く言わなかったんだよ。そしたらこんなに悩まなかった。もっと早くに知っていればためらわずに殺せたのにっ」

 恭一は祥平の前にゆっくり膝をついた。そして額を床につけて頭を下げるのである。

「こんなことしても、なんの罪滅ぼしにもならないかもしれない。自己満足だと言われればそれまでだろう。……だが、お前の親父を陥れたのも、青木がお前の親父に目をつけたのも、お前が天涯孤独になったのも、全部俺のせいだ。俺が悪い。――申し訳ない」
 プライドを捨てて無様に土下座する姿を見ても何も感じない。そんなものは望んでいないし、見たくもない。祥平は何も答えずそっぽを向いた。恭一はいっこうに頭を上げない。

「……責任取れよ」

「……」

「責任取って一生俺の傍にいろよ! 嫌だとは言わせねぇからな!」

「だけど……」

「うるせぇ! 俺はもうあんたの言うことは聞かない、今度はあんたが俺の言うことを聞け! ……分かるだろ、そのくらい! 自分で考えろよ!」

 ようやく頭を上げた恭一は、困ったように眉をゆるめて、どこか泣きそうにも見えて、今まで見たこともないくらい情けない顔をしていた。祥平はそんな恭一に苛立って右肩を拳で殴った。

「俺のために組も金も全部捨てろ! ――俺を抱けよ、早く!」

 瞬間、力強い両腕で抱き締められた。大きくて武骨な手が祥平の髪にくぐる。後頭部を雑に撫でられて、それがとても気持ち良かった。押し付けるようなキスをしながら床に倒される。
 エアコンで冷えてフローリングは冷たいのに、ロールカーテンの隙間から漏れる一筋の朝陽がやけに熱い。殺したいほど憎いはずの男に、潰されて傷をつけられることで支配感を満たされている自分はおかしいのかもしれない。体中で感じる生々しい感触と体温。頭の先から足の先まで突き抜ける快感。
両親の無念を思いながら快楽に溺れている自分が、たぶん一番の悪党なのだろう。

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