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BREAK OUT-LOW 7-1

 牛田が後始末をすると申し出てくれたので、恭一と祥平は先に工場倉庫を去った。近くの港で片山の車が待機してあるらしく、土砂降りの中を全速力で駆けて向かった。車に乗ったらすぐに発車する。まるで犯罪者の逃亡だ。いや、まさに、である。
 青木を殺した。両親の、兄の仇をついに討った。けれどもその実感はいまだ湧かず、ただただ妙な興奮だけが残っていた。
 無事にマンションに戻ってはこられたが、安心することなんてできない。ずっと心臓がドクドクと波打って呼吸を荒立てる。祥平は昂りを抑えきれず、笑いが込み上げた。

「ふっ、ははは」

「祥平」

 玄関で座り込んでしまった祥平に恭一が手を差し伸べたが、祥平はそれには応えずフラフラと心許ない足で、自力で立ち上がる。そして笑いながら恭一に振り返った。

「なあ、見たかよ!? あいつの最後の悔しそうな顔! トチ狂った笑い声! やっと……やっと殺したんだ! 家族の仇を討った、俺は、ついにあいつを殺せたんだっ」

「……」

「あの瞬間をずっと夢にまで見たんだ。いい気味だぜ! ざま――――――みろ!!」

 恭一は称賛もせず、咎めもせず、あくまで水を差さないように「そうだな」と、祥平を包み込むように抱き寄せた。祥平はそんな恭一を突き放さず、むしろ自ら首に両腕を回して顔を引き寄せた。舌を絡める深いキスをする。だんだんと互いの吐息に熱がこもる。心の昂りは体にも表れており、祥平の下半身はボトムスを押し上げていた。体を離そうとする恭一を、襟を掴んで無理やり引き戻す。

「なあ、ヤろうぜ。すげー興奮してんだよ。治まりそうにないんだ」

 耳元でそう誘うと、恭一は力強く抱き返し、奪うような強いキスをしてきた。濡れたシャツの中に手が滑り込んでくる。雨で冷えた体に恭一の熱い手が背中を這い、温度差と感触にぞくぞくした。
 唇を離すと抱きかかえられて寝室へ連れ込まれる。部屋の真ん中に堂々と置かれたキングサイズのベッドに放り投げられ、すかさず恭一がシャツのボタンを外しながら覆い被さってくる。濡れたTシャツもボトムスも一気に脱がされ、あっという間に下着一枚になった。首にも鎖骨にも腰にも、恭一が乱暴に噛みついてくる。両胸の先端をギュッと摘ままれて腰が跳ねた。恭一はそこをしつこく捏ねるようにいじる。

「んっ、あっ、あぁ」

 腹の真ん中に舌が下りて、筋に沿って下腹部へ向かう。同時に下着をずらされて、漲ったそれが現れた。こんなに興奮しているのは生まれて初めてかもしれなかった。無遠慮な手つきで数回扱かれただけであっさり達してしまう。

「これで終わり、とか言うなよ?」

「終わんね……よ……、はやく、はやく挿れろよ……」

 恭一が動く度に卑猥な水音が立つ。腹いっぱいに恭一の存在を感じて、祥平は気持ち良さのあまり意識が曖昧になっていた。だらしなく開いた口、閉じかけの重い瞼。動悸はいつまで経っても治まらない。目の前に迫る筋骨隆々とした勇猛な裸体。腕や首に見える刺青が、なぜかやたらセクシーに思えて仕方がない。背中を見てみたい、と思うのに、快感に飲み込まれて呂律も回らない。
 恭一が額から滴る汗を腕で拭った。

「あ――――やべぇ。すげー気持ちいい……」

「お、れも……」

「全然抵抗ねぇけど、もしかして経験あるのか」

「……随分前だけど……どっかの野郎と……」

「へえ?」と、恭一が悪戯な笑みを浮かべ、祥平の上半身を起こして腿の上に座らせた。意地悪く胸を噛みながら「どういう経緯で?」と訊ねる。

「っあ、はぅ……っ、一度だけ、ウェブで知り合った奴と会った時に……どっかのクラブに連れて行かれて……無理やり……コカイン吸わされて……」

「で?」

 じゅっと先端を吸われて瞼が痙攣した。

「んんぁ……っ、たぶん、ハイになって……気付いたら、男と……」

「クラブでコカインね。やっぱりお前も大概ワルじゃねぇか」

 腰をしっかり拘束されたと思えば、今度は祥平が上になってベッドに倒れる。

「どっちにしろ気に食わねぇな」

 そして下から何度も強く突き上げられた。体が壊れそうな衝撃に祥平はなんとか逃れようとするも、腰を固定されているので動けない。脳まで突き抜けるような凄まじい快感に、祥平はあられもなく叫んだ。

「あぁあっ、や、やめ……っ、あ、んあぁあ!」

「いいね、その顔。そそられるわ。っ……、おら、イけ!」

 思いきり最奥まで押し込まれ、祥平は電流が走るような感覚とともに昇り切った。放たれた体液が恭一の腹と胸にかかる。祥平はその上に力尽きるように倒れた。

 ―――

 深夜、ふっと目を覚まして祥平は静かに体を起こした。恭一はまだ寝ている。無防備に寝息を立てているので眠りが深そうだ。祥平は物音を立てないように下着とデニムだけを履いてそっと寝室を出た。
 スマートフォンのライトで照らしながらリビングを物色する。どうしても見つけなければならないものがある。

 ――あいつの家のどこかにパソコンかタブレットがなかったか? 裏帳簿があるはずだぜ。――
 
 最初に恭一のスマートフォンに侵入した時、思ったよりこれといった情報は見つからなかった。暴力団は基本的に組員同士のシノギは互いに知らぬ存ぜぬだと聞いたことがある。恭一は組員とのやり取りが多いほうではあったが、それでも金を貸してくれだの、揉め事の相談など、祥平にとってはどうでもいいものばかりだった。だが、恭一は幹部だ。本当に大事な情報は別の端末にあるのだと早く気付くべきだった。考えがつかなかった――というよりは、もしかしたら協力してもらう手前信じたい気持ちがあったからかもしれない。けれども今は青木の言っていたことが本当なのか、それを確かめたい。

 恭一の部屋はほとんど物がないので、探すとすれば本棚しかなかった。誰でも開けられる引き出しには当然あるはずがなく、本の奥やファイルのあいだ、天板を外してみたり、くまなくチェックしたがそれらしいものは見つからなかった。窓の外の空が白みだしている。恭一が起きて来る前に見つけなければならない。

 キッチンに入り、駄目元で食器棚の引き出しやパントリーを漁ってみた。すると食器や保存食ばかりが入った引き出しが並んでいる中で、ひとつだけ書類のみが入っている引き出しがあった。ファイルの束の下にノートパソコンがある。見つけた瞬間ドキッと心臓が鳴った。祥平はすぐにそれを起動し、ハッキング用USBメモリを差し込む。いつ起きて来るかとヒヤヒヤしながら遠隔操作用バックドアをインストールし、今度はそれを自分のパソコンで見ていく。

 ズラリと並んだフォルダの中にある「平成×年度」と付けられたファイル。祥平は震える手でそれを開いた。父が詐欺に遭ったのがいつ頃なのか定かでないので各月の内訳を順番に開いていくしかない。なかなか骨折りな作業だった。
 刻々と時間が過ぎて、朝日に照らされたカーテンが白く光り出しても決定的な勘定項目が見つからない。科目もざっくりとしか書かれていないので、あきらかにこれだと思えるものがない。そもそも簿記の知識もあまりないので、金の流れを把握するのに時間がかかった。いったん閉じようかと思ったところで無題のファイルを見つけた。何気なく開いて、祥平はハッとする。偽造書類のデータファイルである。パスポート、権利書、契約書……。真鍋恭一ではない、まったく知らない名前の身分証明書の数々。更に帳簿でも数件、数千万単位の不自然な仮払金があった。合計五億。青木は恭一は仲間と詐欺をしたと言っていた。もし振り込まれた五億を仲間の詐欺師と分け合ったのだとしたら……。

「――見たのか」

 すぐ後ろで声がして振り返った。青い顔をした恭一が、祥平を見下ろしている。

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