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BREAK OUT-LOW 6-4

「ふ……ざけんな! じゃあ、お前はどうなんだよッ! お前だって違法な金利で取り立ててただろうが!」

「俺はむしろ金を貸してやったんだ。いよいよ無理だって時に手を差し伸べてやったんだぜ。お願いしますと頼んで来たのはお前の親父だ。借りたら返す。貸したら返してもらう。ただそれをしただけだ。せっかく借りたのに資金繰りができないうえに返せない。だから潰れた。なぜ俺が責められる?」

「弁護士を追い返してお前らが無茶苦茶な債務整理をしたせいで、家族は会社の資産どころか家まで失ったんだ!」

「金がないなら不動産を差し出す。当たり前のことだろう。弁護士がどうしてすごすごと引き返したか分かるか? 関わりたくないからだよ。ヤクザに楯突いて事務所を襲撃されるくらいなら身を引こうって保身さ。俺が追い返したんじゃない。向こうが勝手に身を引いたんだ」

 何を言っても屁理屈で返される。本物の悪党というものはこういう奴なのだと、改めて感じた。法律に反していても彼らの中では正当なのだ。多くの人間を苦しめようが死なせようが痛くもかゆくもない。むしろそれが当然だと思っている。あまりの怒りに気が遠くなりそうだった。いくら借りた金が返せなかったと言っても、返せないようにして追い打ちをかけたのは青木だ。

「……俺の母親も連れて行っただろ……」

「母親? ああ、……確か風俗に行ってもらったかな。熟女専門ってのがあるんだよ。でも病気になって死んじゃったみたい。けど、仕方のないことだ。恨むなら恭一と父親を恨め」

 擦れて血まみれになりながらも、ようやく手足のロープが解けた。すぐさま目をつけておいたチンピラの腰にある拳銃を奪い取り、青木に突進して銃を胸に突きつける。

「カシラ!」

 手を出そうとする手下を止めたのは青木だ。一切動じず、不敵に微笑を浮かべたまま両手を軽く挙げる。祥平はゆっくり背後に回り、後頭部に銃口を向けた。

「動きが素早くていいな。度胸もある。感心するよ」

「うるせぇ。お前の話なんか信じない」

「なら、誰の話だったら信じる? 恭一か。あいつの口から直接聞けば信じたのか。あいつの家のどこかにパソコンかタブレットがなかったか? 裏帳簿があるはずだ。十年前ならもう破棄しているかもしれんが、それを見れば分かる」

「俺の親父とお袋を殺したのはお前だッ! 会社がなくなっても、お前がこなければ親父は正当に債務整理ができて自殺することもなかった! お袋が風俗に行くことも! 兄貴に無実の罪を着せたのだってお前だろ!」

 青木はハア、溜息をつく。そして左腕を振り上げて祥平の手から拳銃を叩き落とし、足をひっかけて床に祥平を押し倒した。今度は青木が祥平のこめかみに銃口をピタリと付ける。

「もういい。分からず屋と話すと疲れる。お前みたいに正義を振りかざす餓鬼は嫌いだ。本当はひと稼ぎしてもらうつもりだったが、面倒なことになる前に殺しておく。恭一にはできないようだから俺がやってやろう」

 背中を膝で押さえつけられていて身動きが取れない。冷たい鉄がこめかみをゴリゴリ擦れる。

「最後に教えといてやる。確かにお前の兄貴は俺の代わりに刑務所に入ったが、俺が殺した奴は恭一の詐欺師仲間だ。恭一がパクられないように俺が殺し、お前の兄が俺の身代わりになった。分かるか? お前の兄貴は恭一の尻拭いをしたってことだ。これでもお前はアイツをマシだと言えるか?」

「……くっ……」

「残念だったな」

 青木が撃鉄を起こし、いよいよ死を覚悟した時、突然倉庫の奥で強烈な爆発音が上がった。爆風でガラスの破片や段ボールが飛び散り、青木は舌打ちをして祥平から離れる。直後、広がった煙を突っ切って人影が現れた。恭一と牛田だった。恭一は青木をめがけて突っ走り、勢いのまま青木の額を掴んで引き摺った。そしてパレットラックの角に思いきり頭を叩きつける。

「青木! こいつに手ェ出すなっつったよなァ!!」

 青木の頭から流れた一筋の血が、恭一の指のあいだを伝った。青木は恭一の手の中で不気味に笑っている。

「……なんだ、来たのか。あと少しだったのに」

 全身を殴打された痛みと、なんとか死を回避できた安堵感で動けずにいた祥平だったが、牛田に支えられながらなんとか立ち上がった。すぐ傍で牛田の剛拳を食らったらしいチンピラが倒れている。

「なんでここが?」

「もともと早めに戻るつもりだった。案の定、真鍋さんの部屋で片山がのびてたから、GPSで追い掛けてきた」

「GPSで?」

「真鍋さんが、お前のケツポケットに仕込んでいった」

 言われてデニムのポケットに手を入れると、百円玉サイズの薄型GPSが出てきた。そういえば別れ際に無理やりキスをされた時、恭一は後ろをまさぐっていた。こういうぬかりのなさはさすがである。

「手榴弾を投げたからサツが来る。先に逃げろ」

「でも」

 自分だけ先に逃げるわけにはいかなかった。恭一は青木をラックに押し付けたまま、ギリギリと額を握る。

「お前には心底失望したよ、青木」

「お前こそ、金を積めば俺が言うことを聞く守銭奴だと思ってるんだろ? それこそ舐められたもんじゃないか。そんな奴との口約束を守るわけがないだろう」

 瞬間、青木が額を掴んでいる恭一の右腕を拳で突き上げ、振り払われた勢いでガラ空きになった恭一の腹に蹴りを入れる。武闘派なだけあって動きが俊敏で一撃が重い。背丈が同じでも恭一のほうがあきらかに青木より体格がいいのに、恭一は一発蹴られただけで転倒した。素早くジャケットの胸ポケットから拳銃を出した青木は祥平に銃口を向ける。

「伏せろ!」

 躊躇いなく発砲してくる。恭一が声を張り上げてくれたおかげで銃弾は避けられたが、少し遅れていたら頭を撃ち抜かれていただろう。立て続けに青木が祥平を狙って銃撃しようとしたところで、起き上がった恭一が青木に体当たりをした。青木の手から拳銃はこぼれたが青木は倒れず、踏ん張った脚を軸にして回し蹴りをする。恭一はその脚を両腕で受け止め、ギュッと抱きかかえるとそのまま青木を投げ飛ばした。青木は積まれた段ボールに突っ込んでようやく床に倒れ込む。

 祥平はヤクザ同士の喧嘩、というより、目の前で繰り広げられる大人の男の本気の取っ組み合いを見て、あまりの気迫に声を掛けることもできなかった。牛田は冷静な表情で見守っている。傍に落ちている青木の拳銃を、祥平はこっそり拾った。
 青木が起き上がってくる前に、恭一は銃を構える。

「こいつに手を出したら野村組長のぶんも含めてお前を殺すと言った。だから俺はお前を殺す。だがその前に聞かせろ。野村組長を殺したのは青木の意思なのか」

 積み重なった段ボールの中から、青木がゆらりと立ち上がる。髪を搔き上げ、唾をプッと吐いた。無抵抗なのに威圧感が消えないのは、青木の眼が冷たく、憎悪を含んでいるからだ。

「野村を殺せと指示したのは秋元だ。出世を望んだのは秋元だった」

「だけど、お前も従ったんだろう」

「そうするしかなかったんだよ。俺には秋元しかいなかったからな」

「『それしかなかった』って言うけどよ、本当は嫌だったんじゃないのか。昔、お前とまだ親しかった頃、お前は確かに野村組長を慕ってただろう」

 青木はスーツの汚れをパンパンと払い、段ボールを蹴り飛ばしながらつかつかと恭一に真っ向から近付く。

「お前は本当にめでたい奴だな、恭一。たくさん罪を犯した悪人のくせに、野村に対しては従順で素直で。任侠精神があると純粋に信じている。変なところで情に厚くて夢見がちだ。だからお前とは合わないんだよ」

 そして銃口を向けられているにも関わらず、青木は恭一の胸ぐらを掴んだ。

「お前が今更俺の意思を聞いたところで! お前は何かをしてくれるのか!? 野村を慕っても野村はお前ばかり目をかけていた、俺の悔しさが分かるのか! 秋元に好き勝手掘られる惨めさも!」

「……青木」

「確かに俺はお前みたいな才能はない。だからこそ秋元の欲求に応えることで地位を得るしか生き残る道がなかった。お前に言えば、お前は何をしてくれた!? いつも自分のことばかりだったお前が! 秋元の代わりに……俺のケツにナニをぶち込んでくれたかよ!?」

 そして青木は恭一の手の上から拳銃を握り、額に銃口を付けた。

「俺を殺すんだろ。殺してみろよ。意外と肝っ玉小さいからな、恭一は」

 ためらっているのか、恭一はなかなかトリガーを引かない。

「馬鹿が、そうやってすぐ感化するから大事なもんを失うんだよ」

 そう言って青木が袖口から短刀を出した瞬間、乾いた銃声が響いた。撃ったのは、

「祥平!?」

 サイドから青木の横腹を狙った祥平の一発だ。青木は腹を抱えてその場に膝をついた。

「そいつは俺が殺す」

 祥平は銃を構えたまま青木の正面に回った。恭一は何かを言いたげではあったが、ためらった自身のふがいなさと祥平の長年の恨みに配慮してか、黙って後ろに下がった。青木は目を見開いてギリギリと奥歯を噛みしめる。祥平の目が本気であることを悟ると今度は笑い始めた。

「は、……はは、ハッハッハッ! よかったなァ! 念願叶って俺を殺せるじゃないか! 本当に運がいい奴だよ!」

「運がいいだと……家族を殺されて運がいいわけがねぇだろ……!」

「……言っておくが、お前の親父は勝手に自殺したし、母親は勝手に病気になった。あの世で彼らに会ったら礼でも言っておくかな……まんまと騙されてくれてありがとうってな!」

 狂ったように高笑う青木に向かって、祥平は引き金を引いた。パァン! という破裂音とともに銃弾が青木の左胸に命中した。途端に青木のやかましいほどの笑い声は収まり、その場に倒れる。急所は外れているのか即死には至らない。仰向けで体を痙攣させながら苦しげに血を吐いていた。

「祥平、見なくていい。行くぞ」

 恭一に腕を引っ張られて、祥平は背中を向けた。もはや青木に動ける力は残っていないはずだが、それでも執念深く落ちている短刀に手を伸ばそうとする。気付いた恭一が急所を撃ち抜いてとどめを刺した。
 青木は目を見開いたまま、今度こそ息絶えた。

 
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