BREAK OUT-LOW 6-3
「……恭一とは、お前の手下から逃げてる途中で知り合った。車にぶつかって、その相手がアイツだったんだ。車の修理代と俺の治療費を支払えと要求されたけど、その代わりに俺はある依頼をした。『俺の両親を殺した、ACフィナンシャルって闇金をやってた男を探して欲しい』ってな。もともと振り込め詐欺に加担したのはそいつに近付くためだった。だけど出し子が予想外に裏切ったからこっちも必死だったんだよ。……要求通り、俺は治療費と修理代の一千万を払って恭一を味方につけた」
「お前みたいな餓鬼が一千万を?」
「一千万なんかはした金だろ? それともお前は一千万すら稼げないのかよ」
わざとそう煽るとローファーのつま先で思いきり側頭部を蹴られた。チカチカと火花が飛んで一瞬目を剥きそうになったが、なんとか意識は保った。
「味方につけただと? 勘違いするなよ。あいつはただの金の亡者だ。金が手に入るならどんな相手とも取引をする。あれでも暴力団幹部だ。そうそう誰も味方にはつけられない」
「どうだかね。あいつは組を抜けたいみたいだぜ。手下に振り込め詐欺させるようなバカ頭に飽き飽きしてんじゃねぇの」
すると今度は胸ぐらを掴まれて片手でやすやすと持ち上げられた。すかさず青木の拳が頬に飛んでくる。二、三発殴られて床に落とされた。
「……う……ごほっ……、八つ当たりすんなよ……」
「あいつは生まれながらの悪人だ。簡単に心を許さないほうがいい」
手足を動かし続けていると足首を縛っているロープが少しずつ緩んできた。気付かれないように足首を回して解いていく。
「別に心を許してるわけじゃない……。でも、お前よりはずっとマシだ」
青木は声を出して笑った。
「お前はあいつの何を知ってマシだと言ってるんだ。あいつはな、俺より極悪人なんだよ。まさか、まだ知らないのか? お前の親父が死んだ本当の原因を」
知ったような口ぶりの青木を、祥平は見上げた。恭一が頑なに隠していることをこの男は知っているのだ。
「……な、なんだよ。あいつは、恭一は俺にずっと何かを言おうとして隠してることがある。お前はそれを知ってんのか……!?」
「知ってるも何も……」
今度は俯いてククク、と笑いを押し殺している。
「お前の親父を死に追いやったのは、俺じゃなくて恭一だよ」
窓の外で、また稲光が走った。青木はコツコツとゆっくりした足どりで歩きながら話し始めた。祥平はそれを目で追い掛ける。
「そもそも、きみはお父さんの会社がなぜ倒産したのか知ってるのかな?」
当時、祥平はまだ子どもだったから会社のことに関してはまったく知らない。倒産の原因は事業が上手くいかなくなった、と親戚から聞かされただけだ。
「きみのお父さんは誰もが欲しがる一等地を、ある人物から買った。不動産投資が流行ってた頃だったからね。マンションなりホテルなり建てたがる投資家がけっこういたし、参入するなら今のタイミングだろうと口車に乗せられて。けれども、契約を交わしてきみのお父さんが手付金の五億を支払ったあと、その話は詐欺だったと知らされるんだ」
「……詐欺?」
「その一等地の所有者は、偽物。つまり土地の所有者になりすました詐欺師だったんだよ。本物の所有者が与り知らぬところで詐欺師はあたかも自分が所有者であるかのように身分証明書や権利書を偽造し、ブローカーを名乗る仲間の詐欺師と共にきみのお父さんを騙して土地を買わせた」
「そんなの、金を払う前に調べれば分かることじゃねぇか」
「そう思うよな。それが意外と分からないんだよ。プロの手にかかれば身分証明書なんていくらでも偽造できる。それこそ本物と見分けがつかないほどに。多少の違いは勿論あるさ。だが、ちょっと見ただけでは分からない。それに法務局に登記申請をするのは金を支払ってからだ。書類が偽造であること、所有者が別人であることを知って申請が却下された時、ようやく騙されたことに気付くのさ。気付いた時には大金を失い、土地も手に入らない、最悪の状態だ」
そういえば、経営が傾く前に両親の話し声を聞いたことがある。父が「無意味な土地を買ってしまった」と洩らしていて、母はそれを必死で宥めていた。なんの話をしているのかと訊ねたら「子どもには関係ない」とあしらわれてしまったし、その後しばらくは何事もなかったのですっかり忘れていた。もしかしたら、あれは詐欺に遭った直後だったのかもしれない。
「……なんでお前がそんなこと知ってんだ」
祥平が疑いの眼差しで睨みながらそう言うと、青木はやれやれ、といった様子で鼻で笑った。
「その詐欺師こそが、恭一だからだよ」
「――え……」
「あいつは不動産業に精通していてな。会社を持っていたわけじゃないが、先代の組長が不動産業を営んでいて、それを見て学んだんだ。その辺の詐欺師じゃ、ああも上手く騙せなかった。あいつだからできたんだ」
「……嘘だ」
「ま、実際に倒産した原因が恭一であるとは言い切れないけどな。会社に蓄えもあっただろうし、詐欺に遭っても暫くは頑張ってたようだ。だけど社長が詐欺師に騙されたなんて噂が少しでも広がれば会社の信用は落ちる。仕事の依頼も減る。そうやって少しずつ業績が悪くなっていったんだろう。そこを挽回できるかどうかが経営者としての資質ってところだと思うんだが、お前の親父はその辺センスがなかったらしい。会社の経営が傾いたのは恭一のせいかもしれんが、潰れたのはお前の親父のせい。つまり、」
遠くのほうで、また雷が落ちた。
「お前の親父が自殺したのは、恭一と親父自身のせいってことだな」
→
「お前みたいな餓鬼が一千万を?」
「一千万なんかはした金だろ? それともお前は一千万すら稼げないのかよ」
わざとそう煽るとローファーのつま先で思いきり側頭部を蹴られた。チカチカと火花が飛んで一瞬目を剥きそうになったが、なんとか意識は保った。
「味方につけただと? 勘違いするなよ。あいつはただの金の亡者だ。金が手に入るならどんな相手とも取引をする。あれでも暴力団幹部だ。そうそう誰も味方にはつけられない」
「どうだかね。あいつは組を抜けたいみたいだぜ。手下に振り込め詐欺させるようなバカ頭に飽き飽きしてんじゃねぇの」
すると今度は胸ぐらを掴まれて片手でやすやすと持ち上げられた。すかさず青木の拳が頬に飛んでくる。二、三発殴られて床に落とされた。
「……う……ごほっ……、八つ当たりすんなよ……」
「あいつは生まれながらの悪人だ。簡単に心を許さないほうがいい」
手足を動かし続けていると足首を縛っているロープが少しずつ緩んできた。気付かれないように足首を回して解いていく。
「別に心を許してるわけじゃない……。でも、お前よりはずっとマシだ」
青木は声を出して笑った。
「お前はあいつの何を知ってマシだと言ってるんだ。あいつはな、俺より極悪人なんだよ。まさか、まだ知らないのか? お前の親父が死んだ本当の原因を」
知ったような口ぶりの青木を、祥平は見上げた。恭一が頑なに隠していることをこの男は知っているのだ。
「……な、なんだよ。あいつは、恭一は俺にずっと何かを言おうとして隠してることがある。お前はそれを知ってんのか……!?」
「知ってるも何も……」
今度は俯いてククク、と笑いを押し殺している。
「お前の親父を死に追いやったのは、俺じゃなくて恭一だよ」
窓の外で、また稲光が走った。青木はコツコツとゆっくりした足どりで歩きながら話し始めた。祥平はそれを目で追い掛ける。
「そもそも、きみはお父さんの会社がなぜ倒産したのか知ってるのかな?」
当時、祥平はまだ子どもだったから会社のことに関してはまったく知らない。倒産の原因は事業が上手くいかなくなった、と親戚から聞かされただけだ。
「きみのお父さんは誰もが欲しがる一等地を、ある人物から買った。不動産投資が流行ってた頃だったからね。マンションなりホテルなり建てたがる投資家がけっこういたし、参入するなら今のタイミングだろうと口車に乗せられて。けれども、契約を交わしてきみのお父さんが手付金の五億を支払ったあと、その話は詐欺だったと知らされるんだ」
「……詐欺?」
「その一等地の所有者は、偽物。つまり土地の所有者になりすました詐欺師だったんだよ。本物の所有者が与り知らぬところで詐欺師はあたかも自分が所有者であるかのように身分証明書や権利書を偽造し、ブローカーを名乗る仲間の詐欺師と共にきみのお父さんを騙して土地を買わせた」
「そんなの、金を払う前に調べれば分かることじゃねぇか」
「そう思うよな。それが意外と分からないんだよ。プロの手にかかれば身分証明書なんていくらでも偽造できる。それこそ本物と見分けがつかないほどに。多少の違いは勿論あるさ。だが、ちょっと見ただけでは分からない。それに法務局に登記申請をするのは金を支払ってからだ。書類が偽造であること、所有者が別人であることを知って申請が却下された時、ようやく騙されたことに気付くのさ。気付いた時には大金を失い、土地も手に入らない、最悪の状態だ」
そういえば、経営が傾く前に両親の話し声を聞いたことがある。父が「無意味な土地を買ってしまった」と洩らしていて、母はそれを必死で宥めていた。なんの話をしているのかと訊ねたら「子どもには関係ない」とあしらわれてしまったし、その後しばらくは何事もなかったのですっかり忘れていた。もしかしたら、あれは詐欺に遭った直後だったのかもしれない。
「……なんでお前がそんなこと知ってんだ」
祥平が疑いの眼差しで睨みながらそう言うと、青木はやれやれ、といった様子で鼻で笑った。
「その詐欺師こそが、恭一だからだよ」
「――え……」
「あいつは不動産業に精通していてな。会社を持っていたわけじゃないが、先代の組長が不動産業を営んでいて、それを見て学んだんだ。その辺の詐欺師じゃ、ああも上手く騙せなかった。あいつだからできたんだ」
「……嘘だ」
「ま、実際に倒産した原因が恭一であるとは言い切れないけどな。会社に蓄えもあっただろうし、詐欺に遭っても暫くは頑張ってたようだ。だけど社長が詐欺師に騙されたなんて噂が少しでも広がれば会社の信用は落ちる。仕事の依頼も減る。そうやって少しずつ業績が悪くなっていったんだろう。そこを挽回できるかどうかが経営者としての資質ってところだと思うんだが、お前の親父はその辺センスがなかったらしい。会社の経営が傾いたのは恭一のせいかもしれんが、潰れたのはお前の親父のせい。つまり、」
遠くのほうで、また雷が落ちた。
「お前の親父が自殺したのは、恭一と親父自身のせいってことだな」
→
スポンサーサイト
- Posted in: ★BREAK OUT-LOW
- Comment: 0Trackback: -