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BREAK OUT-LOW 3-3

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 珍しく秋元が不在で事務所が静かなので、タブレットでアダルト動画を観ていた。思えば長らく女を抱いていない。いくら顔が良くても、あんなにか細い男にその気になるなんてどうかしている。雄としての勘を取り戻すかのように動画を漁った。だが、どういうわけかどんなに過激なものを見ても興奮できない。大袈裟に喘ぐ女優の声すらやかましく思える。裸体に飽きてタブレットを閉じたと同時に、ドアが開いた。

「外まで音が洩れてたぞ」

 心底嫌悪した顔だ。いつ見ても機嫌が悪そうな青木である。

「景気づけに抜こうかと思ったんだけど、いいのがなくて」

「事務所で抜くな、野蛮人が」

「野蛮はお互い様だろ」

 はははっ、と笑うと軽蔑した目で一瞥する。相変わらず気に障る男だが、いつもと何か違うのは顔色が優れないからだろう。

「風邪でも引いてんのか? 顔色悪ィぞ」

 恭一の問いかけを無視して去ろうとする青木を、思わず引き留めた。

「ちょっと久しぶりに付き合えよ」

 青木と酒を呑むのはいつぶりか。十年、いやそれ以上昔のことだ。末端組員だった頃はよく呑んだが、役職が付いてからはなかったように思う。
 アンダーグラウンドの人間しか知らない会員制の地下バー。ブルーのライトに怪しく包まれた、ムーディというより不気味な店である。時間が早いのもあって店内には客はおらず、陰気なマスターがもくもくとグラスを拭いている。恭一と青木はカウンターではなく、二人掛けのテーブル席についた。

「ただ酒を呑むために誘ったわけじゃないだろう。なんの用だ」

「まあまあ、そう焦りなさんな。マティーニ」

「ウォッカ」

 青木は胸ポケットからおもむろに煙草を取り出し、火を点けた。煙草なんていつから吸っていたっけ、と恭一はふと疑問に思う。しかも嗜むというよりストレスを紛らわせるような吸い方だ。そんなに自分と一緒にいるのが苦痛なのかと苦笑いする。

「先月の会費は無事に納めたのか」

「余計なお世話だ」

「納めてなきゃここにいねぇわな。とか言ってる間にすぐ今月の会費を納めなきゃなんねーけどな」

「嫌味かなんなのか知らんが、俺は別にシノギに困ってるわけじゃない」

 マスターがマティーニとウォッカを持ってくる。

「振り込め詐欺やらせたって聞いたけど」

「俺がやらせたんじゃない。弟分が勝手にやったことだ。持ち逃げされた額がデカかったんでオヤジにバレたが、出し子のほうはすぐ捕まえて腎臓村に売り飛ばしてやった」

 些細な言い方だが、かけ子のほうはまだ探している、という風に受け取れた。

「お前が何をシノギにしようが俺は関係ねーけどよ、あんまりカタギに声掛けんなってお前が注意しとけよ。お前らのせいでとばっちり食らうのはごめんだからな」

「カタギはカタギでもまともなカタギじゃない。今回は運が悪かっただけで、彼らも役に立つのさ。みかじめ料はきっちり徴収するし、シャブもハッパも完璧に売りさばいてくれる。俺がわざわざ動かなくても金を運んできてくれるんでね。こっちはいざって時に顔を出せばいいだけ」

 半グレのケツを持ってやることで金を稼がせているのだろう。もはや青木に自分で稼ぐ能力はないのだ。秋元と同じである。

「さっさと本題を言え」

 早くもウォッカを飲み干した青木に急かされたので、ストレートに話に入った。

「あまや興産って覚えてるか」

 青木は眉間を寄せて考えた。

「昔、お前がACフィナンシャルって闇金やってた時の客だよ。お前が追い込んで自殺させた」

「もうちょっと言い方ってもんがあるだろう」

 珍しく声を出して笑う。少しは話を聞く気になったのか、青木は追加で酒を注文した。

「自殺した客なんかたくさんいたんで、いちいち覚えてないな。あの頃は倒産しかけの会社に片っ端から営業してたから、金を回収したあとのことは知らん」

「……じゃあ、こう言えば分かるだろ。俺が騙して潰した会社にお前が取り立てにいった、不動産会社」

 青木は少し目を開いて、そして大声を上げて笑い出した。恭一はそんな彼を冷めた眼で見守る。ひとしきり笑って落ち着いた頃に、青木が目尻の涙を拭いながら言った。

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