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BREAK OUT-LOW 2-4

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 片山には祥平を恭一のマンションまで連れて来いと言ってある。祥平が片山に引っ張られてきたのは、恭一が自宅に着いて五分後のことだった。

 広いリビングに真っ黒な革のソファ。恭一はそのソファの真ん中に座り、テーブルを隔てて祥平を前に立たせた。オーバーサイズのだらしないTシャツ、ナチュラルに破れたデニム。小汚い格好だ。祥平は目深に被っていたキャップを取った。鋭い生意気な目と視線が合った。祥平は背負っていたバックパックを下ろし、ガラスのローテーブルの上に札束をドサドサ、と落とした。隣で見ていた牛田と片山が目を見開く。

「持って来たぜ、一千万。と、プラスアルファ」

 ばら撒かれた札束を牛田が数えながら集め、テーブルに並べる。

「一千五百万あります」

「どうやって集めた?」

「まだ気付いてない?」

 意味深な台詞とともに含み笑いをし、祥平は許可もなく我が物顔で恭一の対角線にある椅子に腰掛けた。わしわしと短い金髪を掻く。

「色々考えたんだけど、俺が一番納得するやり方を選んだ。まず片山さん」

「へっ?」

 指を差された片山は目を丸くして素っ頓狂な声を出した。

「この人を監視役にしてくれたおかげで上手く進んだよ。片山さんが寝てるあいだ、ちょっとスマホを見せてもらった。途中で目が覚めたら困るんで、申し訳ないけど乗っ取らせてもらったよ」

「ハッキングか」

「片山さんとは一緒にいる時間が長かったからな。飯食いながら酒飲ませて酔わせば、けっこう喋ってくれた」

 恭一がジロリと片山を睨むと、片山は決まりが悪そうに肩を竦めた。

「意外と組織に関しては口が堅かったけど、片山さんがアニキって呼んでる奴が誰なのかは分かった。まず乗っ取った片山さんのスマホから、あらゆる個人情報を探った。着信履歴、トーク履歴、アルバムから電話帳。最初に分かったのは、『アニキ』が『真鍋恭一』であること。あんたの名前だろ」

 顎で示してくる。随分と生意気な態度だ。

「それで?」

「今度は真鍋恭一についての情報を集めた。一番有力だったのがSNS。Muitterでフォローしてるアカウントやリツイートしてる記事とかけっこう参考になる。『真鍋恭一』は投資に興味があり、中でも気に入っている個人投資家のホームページがあるらしい。片山さんとのやり取りでお気に入りのAVサイトも分かったけど、そっちより投資のほうが釣れそうだったから、『真鍋恭一』がよく見るサイトをいじらせてもらった」

 恭一は極めて冷静を保ちながら、頭の中ではいつだったか記憶を手繰り寄せていた。参考にしている個人投資家はいる。よく見ているホームページもある。最近、何度か訪れた。

「暗号資産についての記事に記載されていたURLに、仕掛けを仕込んだ。時間かかるかなと思ってたけど、案外あっさり釣れたな。『真鍋恭一』がその記事を開いた瞬間、そいつのスマホにスパイウェアがダウンロードされるようになっている。侵入できればあとはもうこっちのもんだよ。いくらでも悪用しようと思えばできるけど、あくまで目的は金」

 そして祥平はちらりと恭一を見やる。

「あんた、マネーロンダリングしてるんだろ。オフショアにいくつか口座があるな。アホな奴はそこで欲が出てごっそり抜き取るんだろうけど、俺は理性があるからね。約束の一千万と念のため五百をプラスして、俺の口座に送金しておいた。これで終わり」

 恭一はすぐさまスマホを開いて海外口座の取引履歴を確認する。祥平が一度姿を消した数日前、確かに金の移動があった。普段から大金が動くので細かいところまで気が付かなかった。してやられた。

「逃げたと思ってたけど、出金に行ってたのか」

「そう。あんたらが俺を信用せず監視してるように、俺だってあんたらを信用してないんだ。そんな奴らに俺の手口を見せるわけにいかないからな。で、どうすんの。俺は約束を守ったぜ。あんたは?」

祥平は足を組んで頬杖をつき、したり顔で微笑した。片山が横から口を挟む。

「あ、アニキ! こいつアニキの金を盗んだってことですよ! そんなの許されねぇでしょ!」

しかし祥平はすかさず反論する。

「金を集める方法は特に指定しなかっただろ。一千万を現金で持ってこい、としか言ってない。大体、盗んでないぜ。いったん送金したのを返しただけなんだから、何も損はしてない」

 祥平が金を持ってくることさえ信じていなかったのに、まさか自分たちが手玉に取られるなんて考えもしなかった。しかもヤクザ相手に大層なことをやってのけておいて、ひとつも動揺を見せないところにも感心する。恭一はたまらず大笑いをした。腹立たしいという感情はなく、只々愉快だった。自分の目に狂いはなかったと嬉しくさえ思った。腹を抱えて笑っている恭一を、祥平は変な顔で見ている。

「なんだよ、お前……ハッカーかよ! ズリぃな、おい」

 まったく咎める様子のない恭一に、一番呆気に取られているのが牛田と片山だった。

「はー面白ぇな。恐れ入った。……分かった。お前に協力してやるよ」

「アニキ! いいんすかァ!?」

「だって、すげぇじゃねぇか。ハッキングもすごいけど、ヤクザ幹部から金を取ったんだぜ。俺の方がこいつから金をむしり取ろうと思ってたのに、まんまとやられたよ」

「……で、ACフィナンシャルをやってる奴って、誰?」

「まあ、待て。まだそいつがお前の親を死に追いやったかどうか決まってねぇんだ。こういうのはな、じっくりゆっくり時間をかけて裏を取らなきゃいけない。焦ることはない。お前の兄貴の行方だってまだ分からないだろ」

 祥平は不服そうではあったが、恭一の言うことも一理あると考えてか、唇を尖らせたまま黙っていた。

「名前はもう知ってるだろうが、俺は真鍋恭一、四十一歳。今年は本厄。でもお祓いに行ってない」

「興味ねぇし」

「野村組の本部長。仕事はマネーロンダリング。他暴力団や海外マフィアの金を集めて洗ってる。利益の一部を投資に回して資産を増やしていくのが趣味。金、石油、株、色々やったが今はメタバースがアツい」

 恭一はソファから立ち上がって、祥平の正面に回り込んだ。押し潰すような鋭い視線で見下ろす。

「今から俺の言うことを守ってもらうぜ。まず俺のスマホに仕込んだスパイウェアはすぐに消せ。二度と侵入するな。俺に協力してもらいたければ俺の言うことを聞け。勝手に探ったり情報を盗んだりするな」

 小さく舌打ちをしたので、やはりまだ仕掛けを仕込んだままだったらしい。

「お前はひとつ忘れてることがある。確かにお前は俺に盗んだ金を返したが、俺は確実に損をしている」

「個人情報?」

「違う。振込手数料だ」

 その場にいた全員が肩を崩したのは言うまでもない。そして恭一は右手を祥平に差し出す。

「手数料分、俺のために働け」


 警戒してなかなか応えなかった祥平だが、やがて恭一の分厚い大きな手を、握り返した。


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