fc2ブログ

ARTICLE PAGE

BREAK OUT-LOW 2-3

 祥平のアパートには大体三日おきに様子を見に行った。いつ行っても祥平はだらしのない格好で寝ていることが多く、とても必死で金を集めているようには見えなかった。恭一がいない時に行動しているのかと思って片山に聞いても、祥平は一日のほとんどを家の中で過ごし、外出は近くのコンビニに食料を調達する時くらいだと言った。

「日中はずーっと寝てますね。夜は俺も寝てるんで分からないんすけど、今のところ一銭も稼いでなさそうです」

 そして期限が近付いてきた六月の終わり。コンビニに行く祥平に付いていった片山が一瞬だけ目を離した隙に、祥平が姿を消した。最初から逃げるつもりだったのか、アパートの部屋から財布とスマートフォンとパソコンがなくなっていた。

「すんません! どうにも見つからなくて……! 完全自分のミスです!」

「まあいい。いずれどこかで誰かに捕まる。約束の期限は明後日だ。それまでにもし戻ってきたら、黙って俺のところに連れて来い。期限を過ぎたら探して出してボコボコにして連れて来い。とどめは俺が刺してやる」

 こういうパターンは想定済みだ。そもそも一千万など持ってこられると思っていなかったのだ。別に驚きも怒りもしなかった。ただ、「仇を討ちたい」と言っていた時の祥平の眼は本気にしか見えなかった。それすらも逃げるための演技だったかもしれないと思うと、少しだけ期待していた自分が情けなくなった。

 ***

 自分から呼びつけておいて、秋元はずっとゴルフの素振りをしてばかりだ。話をしている恭一に目もくれず、ただ無言でクラブを振っている。話を聞いていないのだろうかと試しに黙ってみれば、「で?」と続きを急かされる。聞く気があるなら素振りをやめろよ、なんて、うっかり言ってしまえば、青木のように自分もあのクラブで殴られるのだろう。

「……とまあ、全体的に組員のシノギは順調です。佐々木の会社はでかい売上がないぶん、大きく損をすることもない、比較的安全な商売ですね。ああ、一昨日、田中の裏DVD店に警察っぽい男が来たらしいですけど、アイツちょっと犯罪性高いジャンル好きなんで、その辺注意しとかないと、」

「お前はどうなんだよ、真鍋よ」

 秋元はブン、とクラブを上に放り投げ、くるくると回転しながら落ちてくるクラブを受け止めた。ようやく素振りが終わり、ソファに腰掛ける。今度は煙草に火を点けた。

「先日ちらっとお話しましたが、とあるメタバースプラットフォームでオークション参加権をなんとかもぎ取りまして。なんとですね……」

 少しもったいぶってみると、それまで一度も顔を見なかった秋元が目線だけをちらりと恭一に向けた。

「昨日、そのオークションで出たVRの土地を落としました! すごいことですよ、なんせ世界中の人間が奪い合うようなやつですから!」

 大袈裟に言っても秋元にはちっとも響かない。秋元は目線を再び煙草に戻し、紫煙を撒き散らした。

「仮想通貨のことは俺にはよく分からん」

「VRは仮想通貨じゃなくて仮想空間のことです。やり取りは仮想通貨ですが。仮想空間の中で店舗を建てて商品を売る企業も増えてきてますし、俺が落とした土地もそうやって新しい商売として何かに使うこともできれば誰かに転売することもできる。しかも価値は下がることはない。これを利用しない手はないですよ」

「実態のない資産は不安で俺は信用できん。お前に言われてウォレットを作ったはいいが、お前の指示通りにやらなきゃならんのがどうも気に食わん。現金で持ってこい、現金で」

「もちろん現金も必要ですが、現金だけで保管するのは危険です。ドルにするなり金、プラチナにするなり対策は必要ですよ。昔ながらのシノギがやりにくくなった今、合法的なビジネスや投資を考えていかないと」

「真鍋、お前、俺のこと馬鹿だと思ってるだろ」

 不意を突かれても冷静に対応するくらいの技術は持っている。恭一はいかにも悲壮な表情で「何をおっしゃるんですか」と嘆いた。秋元は「まあ、いい」と、意味深に笑った。目は笑っていなかったが。

「お前は確かに、昔から時代に順応するのが早い。二つ折りの携帯電話からスマートフォンに変わった時も、アプリだかなんだか知らんが次々使いこなしてシノギにできそうなものはなんでもシノギにした。今は資金洗浄と投資か? それもできなくなったらお前ならまた新しいシノギを見つけるんだろう」

 皮肉なのか褒められているのか分からない。おそらく前者だ。

「お前の言いたいことも分かるぜ。現金だけじゃだめだっていうな。だがな、結局現金が必要なんだよ。昔と違って組員にはある程度小遣いを持たせにゃならん。佐々木のおしぼり会社も、田中のDVD屋も、俺が最初に金を出してやったから会社を起こせたんだぜ。若いもんが困ってりゃ都度金をやる。それが現金でなく実態のない金だったら、急ぐ間に合わんだろうが」

「ですが、いくら現金が必要でもカシラのように特殊詐欺で失敗したら本末転倒じゃないですか?」

 するといきなり灰皿が飛んできて、左の額に直撃した。ステンレス製だったのが救いだ。

「さっきからカタギみてぇなこと言ってんじゃねぇぞ! どんなにまっとうな言葉を並べてもな、お前はしょせんこっち側の人間なんだよ!」

 頭を掴まれてテーブルに叩きつけられる。額の傷口をわざとグリグリと押し付けられた。地味に痛いが、引き下がりたくはない。

「分かってるぜ、お前が本当はカタギになりてぇことくらい。でもな、今更戻れると思うなよ。さんざん色んな人間騙しまくって荒稼ぎして、傍らで一体何人死んだと思う? てめぇがチンコロされねぇように、てめぇとグルになった詐欺師を殺してやったのは俺だ。そして身代わりでムショに行った伊藤は一生塀の中だ。忘れたとは言わせねぇからな」

 秋元の手が離れて頭を上げると、テーブルに血が広がっていた。

「てめぇの今のシノギも結局は暴力団やマフィアの金だろうが。てめぇの命は多くの犠牲の上で成り立ってんだよ。無駄な夢見てねぇで分かったら現金を持ってこい」

 事務所を出てしばらく離れたところで、恭一は自販機横のゴミ箱を蹴り飛ばした。あとから付いてきた牛田がそれを片付けていく。

「くっそ、あのブタ! 俺の稼いだ金で偉そうにほざきやがって」

「真鍋さん、松村のところに行きますか?」

「こんなもんほっときゃ治る。それよりムシャクシャしてしょうがねー」

「組長も、真鍋さんを信頼してるからこそだと思います」

「んなわけぇだろ。金の稼ぎ手がいなくなったら困るだけだ」

 先代の組長の野村は賢かった。自ら稼ぐために積極的に外へ出て、色んな企業と顔を合わせて仕事に勤しんでいた。競売では「ならでは」の顔を出して恐れられることもしばしばあったが、それでも野村を暴力団と知りながら親しくしたがるカタギの人間は多かった。そんな野村を尊敬して、恭一も自ら稼げる男になろうと決めたのだ。
 だが、今の組長は駄目だ。野村の不動産業は結局恭一ではなく秋元が引き継いだが、それすらも上手くやりくりできずに手放した。金はもっぱら子分に稼がせる。やっていることはゴルフか煙草か爪を切ること。金が入れば見栄のために片っ端から使い込む。子分が金を持って来なければ暴力。こんなボスの跡を誰が継ぎたいというのだ。継ぎたいと思っているであろう青木もまた大馬鹿だ。だから野村が殺された時に組を抜けたかったのに。

「自分は真鍋さんにずっと付いて行きます」

 まるで恭一の虚しい胸の内を知ったかのように牛田が言う。

「ゴリラよりキレーなお姉ちゃんに言われたいね。どっかにいい女いねーかな。……電話だ」

 相手は片山である。応答すると片山はやや興奮した様子で報告した。

『アニキ、小僧が戻ってきましたっ』

 スマートウォッチを確認する。六月三十日。約束の日だった。

スポンサーサイト



0 Comments

Leave a comment