BREAK OUT-LOW 2-2
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監視の片山経由で祥平の家を突き止めていた恭一は、車ではなくあえてバスと徒歩で家に行った。祥平の家は下町にある古いアパートだ。そんなところに黒塗りの車で行ったら悪目立ちする。なんの連絡も挨拶もなくずかずかと部屋に押し入り、スパン、とシミだらけの襖を開けると、薄い布団の上でうつ伏せになっている祥平がいた。
「おい、ショウキチ。起きろ」
つま先で脇をつつくと飛び起きた。そして寝ぼけ眼の不機嫌そうな顔で「祥平だよ」と口を開いた。カーテンの隙間から差し込む光が金髪に反射している。よく見ると生え際は少し黒い。まだ目が覚めきっておらず、祥平はだらしなく緩んだタンクトップの襟ぐりから手を入れて体を搔いている。うとうとしている祥平の顔の前でパン、と手を叩くと、ようやく目を開けた。
「え、なんでアンタがいるんだよ」
「今頃なに言ってんだ。お邪魔しますって言ったら、どうぞお入りくださいってお前が言ったの覚えてねぇのかよ」
恭一の背後で牛田が口角をあげたのを、祥平は見逃さなかった。
「不法侵入」
「不法じゃねぇよ。ちゃんと正当な理由があるんだから。金は集まりそうか?」
恭一は訊ねながら窓際へ寄り、カーテンと開けると六畳の部屋が燦々と日に照らされた。爽やかすぎる梅雨晴れだ。窓は建付けが悪く、ガタガタ揺らして少しずつ開けた。
「まだ約束してから三日しか経ってないだろ。今月末まで待ってろよ」
「クソ生意気なガキだわ。金稼ぎにもならなかったら、俺がお前を売り飛ばしてやる」
外の様子を確認したあと、今度は浴室に行く。居間と違って薄暗くて湿気がある。窓のすぐ傍に楠があるらしい。
「おい。人んちでウロウロすんのやめろ」
「こんなセキュリティのないとこでよく住めるな」
「そんなもん必要ないだろ」
「とりあえず茶ぁ、淹れろよ。俺はお客さんだろうが」
「そっちが押しかけて来たくせに……」
ぶつくさと文句を言いながらも、祥平は立ち上がって台所に向かった。ガパッと開けた小さい冷蔵庫の中には食材はほとんどない。かろうじてあるペットボトルの冷たいお茶を湯呑に注いで、ローテーブルに置いた。恭一はそのお茶を口に運びながら居間全体を見渡す。異様に物が少ない。扇風機以外の冷房器具も暖房器具もない。だが布団の脇にあるノートパソコンとスマートフォンだけは最新のものだ。
「エアコンもねぇのか。真夏とかどうしてんの。暑すぎてスーツなんか着てられねぇ」
ジャケットを脱いでワイシャツの袖を捲った。袖の下から少しだけはみ出した刺青を見たのか、祥平は眉をひそめた。
「アンタ、本当にヤクザなんだな」
「おいおい、信じてなかったのか?」
「信じてないことはないけど、あんまりヤクザに見えないから。普通のサラリーマン……にしちゃ、ちょっとゴツいかなってくらい」
「ゴツかねぇだろ。昨日、散髪したばっかりなんだけど、どうよ? イケメンだろ? なんていうの、この髪型。アップバングだっけ? 俺、ダンディ系目指してんのよ」
「……どうでもいいけど。なんか調子狂うな。初めて会った時はすごんでたのに」
「相手に言うこと聞かせるには最初に強く出とかねぇとな。そのわりにお前全然ビビんなくて、ちょっと焦ったけど」
「焦ってたのかよ」
祥平はふ、と噴きだして困ったように笑った。随分あどけない笑顔だ。それなのに、
「相手がヤクザだからってビビんねーよ。拳銃持ってるだけで、ただのオッサンだろ」
と、得意げに言う顔は可愛げがなくて憎たらしい。この年頃の若者はなんの根拠もなく「自分は違う」「俺はすごい」などと勘違いしがちだ。だが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「そんな下着姿で昼過ぎまで寝てる奴が一千万持って来れると思わねーが、今日のところは帰る。ちょくちょく様子見に来るからな」
不満げな面持ちの祥平にウインクを投げたら、心底嫌そうに舌を出した。
去り際、玄関で立っている片山に「盗撮と盗聴に気を付けろ」と小声で耳打ちするとともに、三万円を手渡した。
「先日いただいたばかりで受け取れないっス」
「あんな小僧の監視のためにお前がシノげないだろ。あいつと一緒に栄養のあるもの食え」
片山は深々と頭を下げて両手で受け取る。部下を思いやりながら貫禄を見せつけるのも仕事のうちだ。そのために使う金を惜しんではいけない。それが恭一なりの男の甲斐性というものだ。
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監視の片山経由で祥平の家を突き止めていた恭一は、車ではなくあえてバスと徒歩で家に行った。祥平の家は下町にある古いアパートだ。そんなところに黒塗りの車で行ったら悪目立ちする。なんの連絡も挨拶もなくずかずかと部屋に押し入り、スパン、とシミだらけの襖を開けると、薄い布団の上でうつ伏せになっている祥平がいた。
「おい、ショウキチ。起きろ」
つま先で脇をつつくと飛び起きた。そして寝ぼけ眼の不機嫌そうな顔で「祥平だよ」と口を開いた。カーテンの隙間から差し込む光が金髪に反射している。よく見ると生え際は少し黒い。まだ目が覚めきっておらず、祥平はだらしなく緩んだタンクトップの襟ぐりから手を入れて体を搔いている。うとうとしている祥平の顔の前でパン、と手を叩くと、ようやく目を開けた。
「え、なんでアンタがいるんだよ」
「今頃なに言ってんだ。お邪魔しますって言ったら、どうぞお入りくださいってお前が言ったの覚えてねぇのかよ」
恭一の背後で牛田が口角をあげたのを、祥平は見逃さなかった。
「不法侵入」
「不法じゃねぇよ。ちゃんと正当な理由があるんだから。金は集まりそうか?」
恭一は訊ねながら窓際へ寄り、カーテンと開けると六畳の部屋が燦々と日に照らされた。爽やかすぎる梅雨晴れだ。窓は建付けが悪く、ガタガタ揺らして少しずつ開けた。
「まだ約束してから三日しか経ってないだろ。今月末まで待ってろよ」
「クソ生意気なガキだわ。金稼ぎにもならなかったら、俺がお前を売り飛ばしてやる」
外の様子を確認したあと、今度は浴室に行く。居間と違って薄暗くて湿気がある。窓のすぐ傍に楠があるらしい。
「おい。人んちでウロウロすんのやめろ」
「こんなセキュリティのないとこでよく住めるな」
「そんなもん必要ないだろ」
「とりあえず茶ぁ、淹れろよ。俺はお客さんだろうが」
「そっちが押しかけて来たくせに……」
ぶつくさと文句を言いながらも、祥平は立ち上がって台所に向かった。ガパッと開けた小さい冷蔵庫の中には食材はほとんどない。かろうじてあるペットボトルの冷たいお茶を湯呑に注いで、ローテーブルに置いた。恭一はそのお茶を口に運びながら居間全体を見渡す。異様に物が少ない。扇風機以外の冷房器具も暖房器具もない。だが布団の脇にあるノートパソコンとスマートフォンだけは最新のものだ。
「エアコンもねぇのか。真夏とかどうしてんの。暑すぎてスーツなんか着てられねぇ」
ジャケットを脱いでワイシャツの袖を捲った。袖の下から少しだけはみ出した刺青を見たのか、祥平は眉をひそめた。
「アンタ、本当にヤクザなんだな」
「おいおい、信じてなかったのか?」
「信じてないことはないけど、あんまりヤクザに見えないから。普通のサラリーマン……にしちゃ、ちょっとゴツいかなってくらい」
「ゴツかねぇだろ。昨日、散髪したばっかりなんだけど、どうよ? イケメンだろ? なんていうの、この髪型。アップバングだっけ? 俺、ダンディ系目指してんのよ」
「……どうでもいいけど。なんか調子狂うな。初めて会った時はすごんでたのに」
「相手に言うこと聞かせるには最初に強く出とかねぇとな。そのわりにお前全然ビビんなくて、ちょっと焦ったけど」
「焦ってたのかよ」
祥平はふ、と噴きだして困ったように笑った。随分あどけない笑顔だ。それなのに、
「相手がヤクザだからってビビんねーよ。拳銃持ってるだけで、ただのオッサンだろ」
と、得意げに言う顔は可愛げがなくて憎たらしい。この年頃の若者はなんの根拠もなく「自分は違う」「俺はすごい」などと勘違いしがちだ。だが、不思議と嫌な気分にはならなかった。
「そんな下着姿で昼過ぎまで寝てる奴が一千万持って来れると思わねーが、今日のところは帰る。ちょくちょく様子見に来るからな」
不満げな面持ちの祥平にウインクを投げたら、心底嫌そうに舌を出した。
去り際、玄関で立っている片山に「盗撮と盗聴に気を付けろ」と小声で耳打ちするとともに、三万円を手渡した。
「先日いただいたばかりで受け取れないっス」
「あんな小僧の監視のためにお前がシノげないだろ。あいつと一緒に栄養のあるもの食え」
片山は深々と頭を下げて両手で受け取る。部下を思いやりながら貫禄を見せつけるのも仕事のうちだ。そのために使う金を惜しんではいけない。それが恭一なりの男の甲斐性というものだ。
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