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BREAK OUT-LOW 1-4

 いつの話か知らないが、連中が誰かを殺すなんて珍しい話ではない。殺す、というより自死に追い込む、というほうが正しいかもしれない。

「……お前、振り込め詐欺しようとしたか?」

 祥平がぎょっとした顔で恭一を見上げる。

「かけ子だろ。そして仲間の出し子が金を持って逃走。お前はそいつの尻拭いをさせられそうになって逃げてきた」

「なんでそれを」

「俺も野村組なんでね」

「じゃあ知ってるのか!?」

「うるさい、聞け。……つい昨日、うちの組の人間が出し子とかけ子に逃げられたっつってオヤジに半殺しにされてよ。みんなお前のこと血眼で探してるぜ。金髪のガキって言ってたからピンときた。ACフィナンシャルの件と関係があったりするのか?」

「俺と出し子の友達に振り込め詐欺を持ち掛けてきたのが、野村組のチンピラだった。俺はACフィナンシャルをやってる奴のことを知りたくて、そいつらに近付くために振り込め詐欺の話に乗ったんだ」

 なんとなく経緯は掴めたが、それでもまだ全貌が見えない。恭一は耳を小指でほじりながら言った。

「詳しく説明しろよ」

 祥平は長く息を吐いたあと、ボソボソと話しだした。

「……俺の親父は昔、小さい会社を経営してて、十年前に倒産したんだ。倒産した理由ってのが、ようは闇金に騙されて借金まみれになったからなんだけど」

個人や個人事業主が資金繰りが上手くいかず、にっちもさっちもいかなくなって闇金に手を出して搾取される。典型的な崩壊図だ。恭一は耳をほじった小指をフー、と吹きながら話半分で聞いていた。

「銀行にも融資を断られてどうしようもなくなった時に電話があったんだ。うちなら融資できるよっていう。親父はまさか自分が騙されるなんて思ってもなかったみたいで、藁にもすがる思いで金を借りた。おかしいなって気付いた時には手遅れだった。でも闇金に騙されたなんて言ったら会社の信用もなくすし、親父は誰にも相談できなかったんだと思う。結局会社は倒産。その後は弁護士を名乗る男が出てきて、会社のものも家のものも資産という資産を奪い去られて家族全員、家を追い出された」

 高金利で金を貸し付け、元金の返済を遅らせてひたすら利息分だけを払わせ続ける闇金、融資や債務整理をほのめかして資産を奪い去る整理屋。祥平の父親はそれらにまんまと騙されたわけである。青木がやっていた闇金は、中でもソフト闇金と言われるものだった。過激な取り立てはせず、あくまで柔らかい物腰で接するので気付くまでに時間がかかったのだろう。だが闇金は闇金である。返済できないとなると肉体的にも精神的にも追い詰めてくる。

「俺はまだガキだったから、当時のことは詳しく分からない。その話も親戚の人間から教えてもらったことだ。顔も名前も分からなかったけど、つい最近になってその闇金会社がACフィナンシャルで、野村組のヤクザがやってるっていうのが分かった」

 それまで比較的冷静だった祥平だが、話をするうちに感情が昂ったのかぐっと唇を噛みしめて俯いた。膝の上の拳が震えている。

「両親は俺と兄貴に心配させないように、いつも笑ってた。でもみるみる痩せていったから、おかしいとは思ってた。親父が鬱病になったのも気付いてた。あいつらが一日に何十回も電話してきて、毎日取り立てに来てたのも。家も家具も取られた上に、親父は自殺。母親はどっかに連れていかれたし、六歳上の兄貴も金は俺がなんとかするからって暴力団に入った。……俺だけ、なんにもできないまま、独りきりになったんだ」

 無力な自分を責めるような悲痛な表情を浮かべていたが、恭一からしてみれば父親の迂闊さがすべての原因のように思えた。もちろん一番の悪は彼らを陥れたヤクザたちだ。だが、会社を経営する以上、そういう危険が常にあることは心得ておくべきだったし、騙されたと気付いた時点で何かしら対策を取るべきだった。
 とはいえ、実際に騙されると警察や弁護士に相談するより、言えば殺されるかもしれないという怯えが先に立ってズルズルと言いなりになってしまうものだ。そして、そういう気弱な人間につけ込むのがヤクザの仕事である。テンプレートなトラブル事例。そんな話はたくさんあったな、と恭一はぼんやり考えた。

「兄貴が入った暴力団は?」

「分からない……」

「兄貴はもしかしたら、生きてるかもしれないんだな?」

「そうであってほしいと信じてる」

 少なくとも野村組に「雨宮」なんて組員はいない。おそらくどこかで死んでいるだろう。だが、今はそれをあえて言わない。

「俺だって振り込め詐欺なんてやりたくなかったさ。でも友達に振り込め詐欺の仕事を持ち掛けて来た男が野村組の人間だって知って、最後のチャンスかもしれないと思って俺も加担した」

「でも正体を掴む前に仲間が裏切って失敗した、と」

 祥平はうなだれながら頷いた。

「ずっと考えてたんだよ。あのタイミングで闇金が声を掛けてこなかったら、倒産はしても家だけはあったかもしれないとか、親父は死なずに済んだのにとか。親父も浅はかだったかもしれないけど、困ってる罪のない人間を何食わぬ顔で騙して死なせておいて、今もどこかで誰かを騙して笑ってると思ったらハラワタが煮えくり返る」

 そしてキッ、と恭一を睨み付けたと思うと、いきなり土下座をした。

「頼む、もし俺の家族を滅茶苦茶にした奴のことを何か知ってるなら教えて欲しい! 治療費と修理代は必ず払う! ……お願いします!」

 本当なら、こんな初対面の人間の個人的な復讐のために協力なんかまっぴらごめんだ。そんなことは知らない、さっさと金を持ってこい、と、いつもなら言うだろう。暴力団絡みで不憫な人生を送った人間なんか腐るほどいる。この男に限った話じゃない。だが、両親が迂闊だったゆえに背負う必要のない罪悪感を背負わされ、落ちていく自分を止めてくれる人間がおらずに孤独に生きてきたと思うと、どうも自分と重ねてしまうところがあった。おそらく両親のなにかしらの間違いで生まれたであろう自分。施設の人間と馴染めなかった幼少期。善悪の区別がつかないまま道を踏み外した。はるか昔すぎて忘れていたが、かつては孤独に苛まれて膝を抱えていたものだ。この男も同じように、そうやってどんどん闇に染まっていくのだと思うと、そこは少しだけ同情する。恭一は床に額を擦り付けている祥平の腕を掴んで起こし、診察台に座らせた。

「仇を討ちたいって言ってたけど、具体的にどうするんだよ」

「両親の無念を思い知らせてやりたい。でも簡単に反省するような奴らじゃないってことも分かってる。……だから殺す。できれば関わった奴ら全員殺したいけど、それは無理だろうからせめて元締めの人間だけでも殺したい」

「復讐を誓う人間ってのは、わりとすぐ殺すだとか罪を暴くだとか言うけどな、そう簡単に殺せると思うか? いざ目の前にしたらビビッて何もできないのがオチだぜ」

「じゃあ、殺し方も教えてくれよ」

「なんでそうなるんだよ。いくら相手が暴力団でも殺人なんて馬鹿げてるぜ。そんなんで人生台無しにするのか」

「簡単に人の人生狂わせるあんたらが言う台詞じゃないだろ。ルールとか、もうどうでもいい。家族の仇を討つために生きてきたんだから、今更諦めたくない」

 ヤクザを目の前にしてそのヤクザの仲間を殺すと言っているのだから、なかなかの度胸である。その辺の暴力団や半グレより根性がありそうだ。恭一はなぜか少しだけ愉快になった。両腕を上げて伸びをする。

「どうすっかなぁ。教えてやらんこともないけど、俺にはなんの旨味もない話だな」

「誰か知ってるのか!?」

「心当たりはある。ただ、確定じゃない」

「誰なんだよ!」

「言うわけねぇだろアホが。俺の組の奴だって言ったろ。つまり俺の仲間。どこの馬の骨か分からん物騒な奴に仲間を簡単に教えるわけねぇだろ。……まあ、でも、すぐにでも知りたいってんなら、一番手っ取り早いのはお前を探してるチンピラにお前を引き渡すことだな。アッチは獲物をゲットできて、お前は念願の仇とお近づきになれるってわけだ。どうよ?」

 祥平は渋面で少し考えていた。

「……それは嫌だ。最初は振り込め詐欺をきっかけにちょっとずつ近付こうと思ってたけど、今は俺が逃げたことで向こうも気が立ってるだろうから、むやみやたらに乗り込んだところでアッサリ殺されるか、どっかに連れて行かれる気がする。それじゃあ意味がない」

 無鉄砲な計画のわりには、目先の可能性に飛びつかない理性は持ち合わせているらしい。恭一は意地悪く含み笑いをした。

「なら、これでどうだ。俺の言う条件をこなせたら教えてやる」

「条件?」

「今月末までに、一千万持ってこい。現金で」

「一千万!?」

「車の修理代、お前の治療費、そして依頼料だ。言っとくけど、俺がお前の仇を教えるのは簡単な話じゃねぇんだ。お前が言っているのは、俺に仲間を裏切れと言っているのと同じことだ。それを考えれば一千万なんか安いもんだぜ」

「今月末って……あと三週間しかねぇじゃん」

「俺なら一日で稼げる額だぞ。三週間もありゃ充分だ。それができなきゃ協力しない。お前を探し回ってるチンピラにお前を売る。どうよ」

 祥平はしかめ面で目線を落としたが、すぐに恭一と目を合わせて答えた。

「――やる」

「なら、とりあえず、今月末まではお前に監視をつける。俺が一千万もらう前にお前が殺されたらたまらんからな」

「分かったよ。……ところで、オッサンの名前は?」

「お前が金を持ってきたら、教えてやる」

 完全に手を貸すと決めたわけじゃない。そもそも祥平が期限内に金を持って来られると思っていないのだ。余計な情報は与えないほうがいい。

「牛田」

「はい」

「片山にこれで監視頼むって伝えて来てくれ」

 そう言ってスラックスのポケットから一万円札を十枚、裸で取り出して牛田に託けた。小銭の感覚で札束を扱う恭一を、祥平は呆気に取られた顔で見ている。恭一は悪戯に笑ってみせた。

「一千万に比べたら、十万なんてはした金だろ?」
 

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