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BREAK OUT-LOW 1-2

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 中国人との取引のため、早朝から出掛けることになっている。マンションの下では既に牛田が待機していて、恭一はあくびをしながら車に乗り込んだ。

「牛田ぁ、お前、何時に起きてるんだよ」

「今日は三時っス。真鍋さん、どうぞ休んでて下さい。着いたら起こしますんで」

 組織の中では当たり前とはいえ、よく他人にここまで尽くせるなと思う。そもそも血の繋がりがないのに「オヤジ」だとか「アニキ」だとか「オジキ」だとか、おかしな話である。口にはしないが、誰も彼もが思っていることだろう。それも「暴力団」という組織を客観的に見ることができるようになったから感じることだ。昔はこれが普通だと思っていた。だからこそ牛田のように自分に尽くしてくれる人間は大事にしてやらなければならない。
 牛田がアクセルを踏んで発進させた時だった。いきなりバンッ、とフロントガラスに何かがぶつかった。いや、誰かが、だ。牛田が轢いたのではない。あきらかに向こうからぶつかってきた。

「……なんかいたぞ」

「当たり屋ですかね」

 だが、ぶつかってきた人間はいっこうに立ち上がる気配がない。恭一と牛田は警戒しながら車を降り、倒れているその人物に近寄った。金色の短髪と、趣味の悪い柄シャツを着た細身の男だった。恭一はうつ伏せになっている男を足蹴にしてひっくり返した。完全に意識がない。だが死んではいないようだ。

「どうしますか」

「その辺の病院に置いてくのも危険だしなぁ」

こういうちょっとしたことがきっかけで警察にマークされると厄介だ。恭一は腕時計で時間を確認して舌打ちをした。

「どっかの組員ですかね?」

「組員にしろ一般人にしろ、マトモではなさそうだな。それより金髪のガキってのが気になる」

「金髪が好みなんですか」

 牛田の頭を小気味いい音を立てて引っ叩いた。

「カシラが逃がしたかけ子がこいつだったら面白いだろ」

牛田は少し間を空けて「ああ」と、細い目を見開いた。こんなにぼんやりした男がヤクザなんてよくやっていられるな、と恭一はある意味感心する。

「松村んとこ連れて行くか」

「了解っす」

 牛田はひょいっと男を肩に担いで後部座席に放り込んだ。ガタイのいい牛田はこういう時、非常に頼りになる。やはり付き人はゴリラに限る。

「こんな朝っぱらから勘弁してよ~」

 男を運んだ先は裏社会で暗躍する松村という医師のところだった。行きつけのバーの地下に、診療所がある。現れた松村は無精髭を携えて下着姿でぼりぼりと腹をかいている。その姿は医師と呼ぶには不潔すぎるが、ならず者たちがこぞって当てにするだけあって腕は確かだ。

「たいした怪我はないと思うけど、気ィ失ってるから一応看てくれ。その辺の病院に連れて行くわけにはいかねぇだろ。俺たちは今から仕事があるからもう出る。よろしく」

「ええ~~っ、目を覚ましたらどうすればいいのよ~」

「仕事が終わったらまた来る。それまでここにいさせろ。誰にも見つかるなよ」

「まさか恭一さん、この子のこと気に入ったんじゃないでしょうね」

 松村が気持ち悪い色目でからかう。どいつもこいつも下世話である。恭一は溜息をついて呆れながら答えた。

「車の修理代をそいつからむしり取るんだよ」

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