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大智 4

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 念のため昇には金曜の予定を聞いたが、やはり「早く帰れるかどうか分からない」と返事が来た。なのであまり気は進まないが充希を家に呼ぶことにする。
 金曜日は俺は午前中ですべての授業が終わる。単位取得に追われている充希は夕方まで講義が入っているので、終わったら近くのスーパーに寄れと言ってある。酒のつまみの総菜を買って、一緒にアパートまで戻る予定だ。
 授業は六時前には終わるので、その頃を見計らってスーパーに行った。充希が来るまで適当におかずを見繕っていたが、充希はなかなか現れない。七時前になってようやく息を切らせながらやってきた。

「遅くないか?」

「ごめんごめん。教授の話がすっごい長くて。あ、俺の好きなおかずがないじゃん!」

 連絡もなしに遅れてきた上に、俺が選んだものでは納得いかないからとまた総菜を選び直す。こういうところにいつも少しイラッとさせられるが、それだけ俺に心を許している証拠かもしれない。
 昇もどちらかというと無遠慮だが、礼儀はわきまえてあるし、ちゃんと俺の意見も聞いてくれる。ほどよい身勝手さが一緒にいて心地いい。そんなことを考えていたら、なんだか無性に昇に会いたくなってしまった。
 予定より随分遅れてスーパーを後にし、アパートに向かいながら充希の一方的な話を聞いていた。やはり充希はボランティア団体で好きな人ができたらしく、自分がゲイであることをつい最近打ち明けたらしい。相手はゲイではないが、充希のことを知っても嫌悪せず、変わらない態度で接してくれているのだとか。そうなると今度は告白したい、付き合いたいという欲求が出てきて、今後どう行動すればいいのか分からないんだ、とわりと真剣に悩んでいた。

「普通に好きだって言えばいいんじゃない?」

「でもさ、友達がゲイだって聞かされるのと、好きだって告白されるのは違うと思うんだよ。友達がゲイでもいいけど、好意を持たれるのは困る、みたいな。いるでしょ、そういうの」

「でもそれはさ、言ってみないと分かんないことじゃん」

「大智はどうだった? 昇ってノンケなんだろ? 告白した時嫌がられなかった?」

 強く拒否はされたが、あれは俺が勝手なことをしたから怒っていただけであって、「好きだと言われて嫌ではなかった」と言ってくれた。本当のところはどうかは知らないけれど。

「嫌がってはなかったけど、困ってはいた」

「そうだよね~~~困るよね~~~~」

「でも、俺も二回フラれてるから。すんなり上手くいくほうが珍しいよ」

「そうだよな、大智のことは友達としてしか見ていないって言ってたもんね。ねえ、どうやって好きにさせたの? やっぱり多少強引に攻めたほうがいい?」

 充希が腕を組んで密着してくる。

「あ~~~もう、やめろ、くっつくな」

「なんでだよ、今までいっぱいしてただろ」

「今は駄目なんだよ」

「昇がいるから? っかー妬けるよね。……あ、噂をすれば昇」

「え!?」

 充希とのやりとりに気を取られていて、アパートの前で昇が立っていることに気が付かなかった。昇は左手に俺と同じスーパーの袋を提げて、ぽかんとした顔で俺たちを見ていた。
充希が俺の腕にしがみついているのを、慌てて振り払う。

「の、昇、仕事なんじゃ」

「早く終わったから、寄ろうかなって思って。……ライン入れたけど」

 スマートフォンを見ると昇から『今から行ってもいい?』とメッセージが入っていた。つい十五分程前。どうして気が付かなかったんだ。充希が余計なことを言う。

「ごめんね。俺が大智を連れ回しちゃったからさ。これから大智の部屋で飲むんだけど、よかったら一緒にどう?」

「大智の部屋で? ……ふーん。や、俺はいいです。いきなり来た俺が悪いし」

「昇、ごめ……」

「いや、俺もごめん。出直すわ。じゃ」

 言葉ではそう言っても、態度や表情で気分を悪くしているのは分かる。絶対何か誤解したに違いない。

「なーんだ、愛想ねぇの」

 と、唇を尖らせている充希に総菜の袋を押し付けた。

「悪い、充希、また今度でいいか」

「えー、やっぱ行っちゃうの」

「好きな人と上手くいく方法は、正直になることだよ」

 俺は足早に歩いて行く昇を追い掛けた。呼び掛けても返事をしてくれないので、肩を掴んで振り向かせる。しかめ面で睨まれた。
「なんだよ、充希と約束してるんだろ」

「昇、誤解してない? 充希とは今では本当にただの友達だから」

「あっそう。でも腕組んでたじゃん」

「あれはアイツが勝手に絡んできただけで……。充希も、今では他に好きな奴がいて、その相談に乗ってくれないかって言われたんだよ。俺もあいつとは色々あったから家に呼ぶのはどうかなって思ったけど……大学入ってからずっと一緒にいた友達だし……俺も充希に相談乗ってもらうこともあったし……」

 言いながらマズいと思った。誤解を解くつもりがますます誤解を招く言い方になってしまった。焦って説明するとどんどん墓穴を掘ってしまう。だが昇は俺の心配とは少しズレたところで怒った。

「俺だってお前とは付き合い長いしっ」

「えっ? そ、そうだよな」

「充希より俺の方がお前とは長く一緒にいるのに、俺にはなんの相談もしなくて充希には相談するとか、なんか普通にムカつくんだけど!」

 たぶん昇は、自分がどんな顔でどんなことを言っているのか自覚してないのだろう。ただ俺と充希が一緒にいたことへの嫉妬だけじゃない。俺のことを知っているのは誰よりも自分なのだとでも言いたげな。まるで独占欲だ。笑うところじゃないのに、どうしても頬が緩んでしまう。

「……なに、笑ってんだよ」

「いや、だって、……かわいいな」

「はァ!?」

「ヤキモチ妬いてくれたんだろ。俺が充希と一緒にいるのが嫌だって思ってくれたんだろ。それが嬉しいんだ」

「お前な」

「充希に相談っていうのは、昇のことだよ。……先週、うちに来た時、よそよそしかっただろ。触られるの嫌だったのかなとか、引かれたのかなって落ち込んでたから、それを聞いてもらおうと思ってた」

「んなこと他人に相談すんな。……嫌なわけないだろ」

「じゃあ、なんで次の日さっさと帰っちゃったんだよ」

 昇は耳を赤くして口ごもった。俯いたままモゴモゴ喋るので聞き返したら、

「だからぁ! 余裕だと思ってたことが、想像以上にドキドキしちゃったんだよ!」

 耳も顔も真っ赤になりながら昇は続ける。

「俺だって、一応男同士のやり方とか調べたよ。もしかしたら案外いけるんじゃねーかなとか余裕ぶっこいてた。だけど、実際大智に触られたら、なんか……めちゃくちゃドキドキして、恥ずかしくて顔見れなかった。……それだけ……。別に引いたとか、嫌だったわけじゃない」

「……気持ち良かったってこと?」

「そうだよっ」

 まさかそんな風に言って貰えるとは思わず、たまらなくキスしたくなって顔を近付けたら手で遮られた。

「なんで!?」

「外だから!」

「じゃあウチに来て」
 
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