大智 3
日曜日は少しラインのやりとりをしただけで別々に過ごし、物足りないまま月曜日になった。昇は今週は忙しいと言っていたので、家に来る予定はないだろう。こっちから訪ねてもいいけれど、長期休みでもないのにわざわざ地元まで押しかけるのも迷惑かもしれないと思うと我慢するしかないのだった。
昇に好きだと言われてから、いつの間にか三ヵ月が過ぎていた。今は入学、卒業、進級の季節だから本当に忙しいのかもしれない。大学へ向かう途中の河原で、五分咲きの桜を横目に見ながらちょっとした寂しさと焦りを感じていた。
「大智―」
講義室に行く前にジュースを買おうとラウンジへ寄ったら、充希に呼ばれた。テーブルに教科書とノートを広げている。普段、講義がだるいと言って碌にノートも取らない上に出席日数すらギリギリの奴が珍しい。
「大智、ドイツ語取ってただろ? 教えてくんない?」
「今頃語学取ってんの? 俺、今年は語学入れてないから」
「さっすが優等生。単位取り終わったんなら分かるだろ? ここ教えて」
はなから人をアテにした奴に親切にする義理はない。俺は缶コーヒーを飲みながら適当にグーテンターク・グーテンモーゲンと唱えた。充希はシャーペンで俺の背中を刺すふりをした。
「今まで真面目に授業受けなかった自分の責任だろ」
「付き合ってた時はホイホイノート見せてくれてたのに」
「見せないと駄々こねてうるさかったから」
「そんな風に思ってたんだ!? フーン!? へーえ!?」
今でこそこうやって冗談にして笑っているが、そうなれたのもここ一ヵ月ほどの話だ。充希と別れたばかりの頃は気まずくて目も合わせられなかった。
――ごめん、もうこれ以上充希と一緒にいられない。――
昨年の秋だったと思う。昇にフラれたあと、俺からそう切り出した。
充希とは大学一年の夏に図書館で出会ってから仲良くなった。いい友人だった。お互いがゲイだと知ったのはたまたま行ったハッテン場で偶然会ったから。驚きはしたけど、それ以上に同じ境遇の人間に出会えたことが嬉しくて、俺たちは急速に仲を深めた。
体の関係を持ったのは本当に成り行きだ。充希がノリで「やってみない?」と誘ってきて、俺も興味があったから乗った。それがズルズルと続いてしまったのだった。今思えばそれが間違いだった。充希のことを恋愛的な意味で好きなわけじゃなかったのに、意思表示をはっきりしなかったせいで変に期待を持たせて傷付けた。もちろん、こうなったからには真剣に向き合おうと努力はした。でも無理だった。昇が忘れられなかったからだ。
充希に別れを告げた時、充希はヒステリックに泣き喚いた。もともと感情のふり幅が大きい奴だ。さんざん裏切者だの卑怯者だのと罵られて終わった。正直鬱陶しいと思うことは多々あったが、大学で独りきりにならずに済んだのは充希のおかげだ。もう普通の友達にも戻れないかもしれないなと寂しくはあった。
そして一ヵ月前、それまで校内で会っても無視をされていたのに、急に充希から話し掛けてきたのだ。
「もう心の整理はついた。これからは友達として一緒にいてよ」
どうやら充希はあのあと思い付きでボランティア団体に入ったらしかった。色んな人と出会って色んな話を聞くうちに自分の視野の狭さに気付いた、なんてことを言っていたが、おそらくそこで好きな人でも見つけたのだろう。変わり身の早さに呆れもしたが、充希が俺以外の人間と繋がりを持てたことに安心したし、また友達に戻れたことは嬉しかった。
「もしかして大智、今ちょっと機嫌悪い?」
さすがずっと一緒にいるだけあって、充希は俺のちょっとした浮き沈みにもすぐ気付く。そして何が原因なのかも。
「はーん、昇と上手くいってないんだろ」
人は唐突に図星を突かれると腹が立つらしい。
「あいにく昇とは上手くいってるから」
「じゃあなんで、眉間に皺寄ってんの?」
「色々あるんだよ、俺も」
「ふーん、ま、いいけど、長年の恋が叶って浮かれすぎて引かれないようにね~」
心が読めるのかと思うほど鋭利な忠告だ。返事ができずにいると充希はニヤニヤと下世話な笑顔を浮かべながら肩を組んできた。
「ね、金曜の夜、大智の部屋行ってもいい? 久しぶりに飲もうよ」
「駄目」
「なんで? なんにもしないよ。恋バナしようよ。大智の悩みも聞いてやるから、俺の悩みも聞いて欲しいな」
別に予定があるわけでも充希が来るのが嫌なわけじゃないが、一応充希とはそういう関係だったわけだし、昇が知ったらどう思うだろうかと思うと、簡単に「いいよ」とは言えない。
「ほんとに飲むだけだろうな」
「なにそれ、俺が大智を襲うように見えるわけ」
見えなくはない。
「俺たち、今は純粋に友達でしょ!」
ふう、と息をついて、俺は予定を確認してから連絡すると返しておいた。
浮かれずぎて引かれないように。充希にそれを言われるとは思わなかった。
俺は過去に二度、失敗している。一度目は高校の時。それまで昇には好きな子も彼女もいなかったから、毎日一緒にいることに安心しきって告白するなら卒業してから、と呑気にかまえていた。それなのにいきなり同級生の大川さんが好きだから付き合いたいと打ち明けられ、自分でもどうしようもない焦りと独占欲が先走って、昇を無理やり自分のものにしようとしたのだった。当然、拒絶されてそのまま二年ほど疎遠になった。
二度目は半年ほど前のことだ。今度こそいい友達でいようと決めたのに、俺と充希とのやりとりに嫉妬を見せた昇が可愛くて、我慢できずに押し倒した。心のどこかでもしかしたら昇も、と淡い期待を持っていた。だけど結局断られた。同じ過ちを二度も犯して二度も拒絶されている。今となっては晴れて両想いになったわけだが、だからといって調子に乗って無理やり押したらまた拒否されるんじゃないかと怖くはある。
本音を言えば昇と関係を進めたい。でも嫌がるようなことはしたくない。俺が昇にフラれて受けたショック以上に、昇は困っていたはずだ。俺と昇の気持ちには、そもそも大きな差があるのだということを忘れるわけにはいかなかった。
→
昇に好きだと言われてから、いつの間にか三ヵ月が過ぎていた。今は入学、卒業、進級の季節だから本当に忙しいのかもしれない。大学へ向かう途中の河原で、五分咲きの桜を横目に見ながらちょっとした寂しさと焦りを感じていた。
「大智―」
講義室に行く前にジュースを買おうとラウンジへ寄ったら、充希に呼ばれた。テーブルに教科書とノートを広げている。普段、講義がだるいと言って碌にノートも取らない上に出席日数すらギリギリの奴が珍しい。
「大智、ドイツ語取ってただろ? 教えてくんない?」
「今頃語学取ってんの? 俺、今年は語学入れてないから」
「さっすが優等生。単位取り終わったんなら分かるだろ? ここ教えて」
はなから人をアテにした奴に親切にする義理はない。俺は缶コーヒーを飲みながら適当にグーテンターク・グーテンモーゲンと唱えた。充希はシャーペンで俺の背中を刺すふりをした。
「今まで真面目に授業受けなかった自分の責任だろ」
「付き合ってた時はホイホイノート見せてくれてたのに」
「見せないと駄々こねてうるさかったから」
「そんな風に思ってたんだ!? フーン!? へーえ!?」
今でこそこうやって冗談にして笑っているが、そうなれたのもここ一ヵ月ほどの話だ。充希と別れたばかりの頃は気まずくて目も合わせられなかった。
――ごめん、もうこれ以上充希と一緒にいられない。――
昨年の秋だったと思う。昇にフラれたあと、俺からそう切り出した。
充希とは大学一年の夏に図書館で出会ってから仲良くなった。いい友人だった。お互いがゲイだと知ったのはたまたま行ったハッテン場で偶然会ったから。驚きはしたけど、それ以上に同じ境遇の人間に出会えたことが嬉しくて、俺たちは急速に仲を深めた。
体の関係を持ったのは本当に成り行きだ。充希がノリで「やってみない?」と誘ってきて、俺も興味があったから乗った。それがズルズルと続いてしまったのだった。今思えばそれが間違いだった。充希のことを恋愛的な意味で好きなわけじゃなかったのに、意思表示をはっきりしなかったせいで変に期待を持たせて傷付けた。もちろん、こうなったからには真剣に向き合おうと努力はした。でも無理だった。昇が忘れられなかったからだ。
充希に別れを告げた時、充希はヒステリックに泣き喚いた。もともと感情のふり幅が大きい奴だ。さんざん裏切者だの卑怯者だのと罵られて終わった。正直鬱陶しいと思うことは多々あったが、大学で独りきりにならずに済んだのは充希のおかげだ。もう普通の友達にも戻れないかもしれないなと寂しくはあった。
そして一ヵ月前、それまで校内で会っても無視をされていたのに、急に充希から話し掛けてきたのだ。
「もう心の整理はついた。これからは友達として一緒にいてよ」
どうやら充希はあのあと思い付きでボランティア団体に入ったらしかった。色んな人と出会って色んな話を聞くうちに自分の視野の狭さに気付いた、なんてことを言っていたが、おそらくそこで好きな人でも見つけたのだろう。変わり身の早さに呆れもしたが、充希が俺以外の人間と繋がりを持てたことに安心したし、また友達に戻れたことは嬉しかった。
「もしかして大智、今ちょっと機嫌悪い?」
さすがずっと一緒にいるだけあって、充希は俺のちょっとした浮き沈みにもすぐ気付く。そして何が原因なのかも。
「はーん、昇と上手くいってないんだろ」
人は唐突に図星を突かれると腹が立つらしい。
「あいにく昇とは上手くいってるから」
「じゃあなんで、眉間に皺寄ってんの?」
「色々あるんだよ、俺も」
「ふーん、ま、いいけど、長年の恋が叶って浮かれすぎて引かれないようにね~」
心が読めるのかと思うほど鋭利な忠告だ。返事ができずにいると充希はニヤニヤと下世話な笑顔を浮かべながら肩を組んできた。
「ね、金曜の夜、大智の部屋行ってもいい? 久しぶりに飲もうよ」
「駄目」
「なんで? なんにもしないよ。恋バナしようよ。大智の悩みも聞いてやるから、俺の悩みも聞いて欲しいな」
別に予定があるわけでも充希が来るのが嫌なわけじゃないが、一応充希とはそういう関係だったわけだし、昇が知ったらどう思うだろうかと思うと、簡単に「いいよ」とは言えない。
「ほんとに飲むだけだろうな」
「なにそれ、俺が大智を襲うように見えるわけ」
見えなくはない。
「俺たち、今は純粋に友達でしょ!」
ふう、と息をついて、俺は予定を確認してから連絡すると返しておいた。
浮かれずぎて引かれないように。充希にそれを言われるとは思わなかった。
俺は過去に二度、失敗している。一度目は高校の時。それまで昇には好きな子も彼女もいなかったから、毎日一緒にいることに安心しきって告白するなら卒業してから、と呑気にかまえていた。それなのにいきなり同級生の大川さんが好きだから付き合いたいと打ち明けられ、自分でもどうしようもない焦りと独占欲が先走って、昇を無理やり自分のものにしようとしたのだった。当然、拒絶されてそのまま二年ほど疎遠になった。
二度目は半年ほど前のことだ。今度こそいい友達でいようと決めたのに、俺と充希とのやりとりに嫉妬を見せた昇が可愛くて、我慢できずに押し倒した。心のどこかでもしかしたら昇も、と淡い期待を持っていた。だけど結局断られた。同じ過ちを二度も犯して二度も拒絶されている。今となっては晴れて両想いになったわけだが、だからといって調子に乗って無理やり押したらまた拒否されるんじゃないかと怖くはある。
本音を言えば昇と関係を進めたい。でも嫌がるようなことはしたくない。俺が昇にフラれて受けたショック以上に、昇は困っていたはずだ。俺と昇の気持ちには、そもそも大きな差があるのだということを忘れるわけにはいかなかった。
→
スポンサーサイト
- Posted in: ★お前は幼なじみで、親友で
- Comment: 0Trackback: -