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大智 1

小学三年生の夏の日、母さんに連れられて初めて引越し先の土地で公園に行った。
それまでどちらかというと外で遊ぶのは好きじゃなく、家で本を読んだりゲームをするほうが好きだった。たぶん、東京に住んでいた頃近所に住んでいた兄ちゃんの影響だろう。
だからなかば強引に公園に行こうと連れ出された時は、とにかく嫌で、面倒で、暑かった。

「あんな変な子と遊ばせるんじゃなかったわ。これからはまともなお友達を作ってちょうだいね」

兄ちゃんは変な子じゃなかった。優しくて頭が良くて、ゲームも強かったし勉強も教えてくれた。俺は兄ちゃんが好きだった。体を触られても嫌じゃなかった。その頃から、俺の興味は男にあったのかもしれない。
蝉のやかましさと日差しの厳しさに嫌気がさしていたが、公園に着いてから一変した。
母さんが声を掛けた集団の中にいた一人の男子。頬と白いTシャツを泥だらけにしてポカンとした顔で俺を見ていた。丸い目がどんぐりみたいだな、と見入ってしまった。

「名前、なんていうの?」

「……川島大智。ソッチは?」

「渡辺昇!」

歯を出してニカッと笑う顔が眩しくて、その瞬間俺の周りがパア、と明るくなった気がした。ついさっきまで兄ちゃんを恋しく思っていたことなんて、すっかりなくなってしまった。それが昇との出会いだった。
運良く新しい学校では昇と同じクラスになったが、最初のうちは仲良くならなかった。俺と違って昇の周りにはいつも誰かがいて、楽しそうに遊ぶ姿を遠くから見ていただけ。きっと俺のことなんかただのクラスメイトにしか思っていないだろうと諦めていた。だから田口を怪我させた時、みんなが俺を冷たい目で見る中で昇だけが真実を見ていたことに驚いた。誰も味方をしてくれないのに昇だけは味方をしてくれた。
同情だったろう。それでも友達がおらずに孤立している俺と一緒にいてくれた。
野球を勧めてくれて、スポーツの楽しさや仲間を作る喜びを教えてくれた。
学校の登下校中に寄り道をして駄菓子を買う背徳感や、くだらないことで笑いあうことがどれだけ大切なことなのかも。
昇の妹の理沙も元気で可愛くて好きだけど、昇はやっぱり別だった。歯を出してあどけなく笑うのを見るのが好きだ。だから昇のお母さんが急死して魂が抜けたみたいな昇は放っておけなかった。そして泣いたり弱音を言いたいのを我慢して強がっている姿にも。弱いところを見せまいと気丈に振る舞うところを尊敬すると同時に庇護欲と独占欲を掻き立てられたのだった。
昇が万引きをしそうになったのを見つけた時、心の片隅で喜んだのは自分でも危ないと思う。「お前がいないと生きていけないかも」と言われて、昇に頼りにされたことが本当に嬉しかったのだ。「ずっと傍にいる」と言った言葉は紛れもなく本心だ。俺はあの時、昇のことが好きだとはっきり自覚したのだった。
 
 ***

『終電乗り遅れたから、今日そっちに泊まってもいい?』

 夜中に昇からきたメッセージ。それまで部屋で寛いでいたのを飛び起きて、片付けを始めた。もちろん返事はOKだ。およそニ十分後に昇はやってきた。

「ごめん、いきなり。電車の時間すっかり忘れてたんだ」

「お疲れ。こんな遅くまで仕事やってたのか」

「土日の前に残したくなくてさ~。なんとか終わらせたくて頑張ってた」

 ははっ、と笑う、ちょっと疲れた感じの笑顔もまた癒される。昇がコンビニ弁当を食べている間に風呂の湯を溜めておく。いつかこんなこともあろうかと昇用に新しいスウェットを買っておいてよかった。

「てか、大智もそろそろ就職活動?」

「あー、来年な」

「教員試験受けるんだろ? 企業も受けるの?」

「教員試験一本でいくよ。だから必死で勉強しないとな」

 弁当の白米を口にかきこみ、いっぱいに頬張っている。そんなところすらいちいち可愛いと思ってしまうのだから、相当俺は昇に参っているらしい。

「俺も転職しようかと思ってるんだよね」

 空になった弁当箱と割りばしをテーブルに置くと同時に、昇は言った。

「今の仕事は楽しいし辞めたくないけど、それよりプログラミングをやりたくてさ。自分が。勉強してるうちに俺は教えるより自分でやる方が好きだなって思って」

「プログラマになるってこと?」

「うん……無謀かな」

「そんなことない。俺もいいと思う」

「じゃあ、お互い頑張ろーな」

 と、言って歯を出して笑った。思わず軽くキスをしたら、今度は耳を赤くしてムスッとする。まだ慣れていないのも可愛い。

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