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第二部 2-4

「そっか。やっぱり、そうなっちゃったか」

 親父の様子を見に帰ると言って一時帰省した理沙を、駅まで迎えに行った。その帰りに喫茶店に誘った。親父がいるところでは話せない大智との一件を、理沙に話したかったからだ。いちいちオーバーリアクションの理沙のことだ。あれこれ無遠慮に聞かれると思っていたが、意外にも理沙は冷静に話を聞いていて、まるですべてを見越していたかのような反応だった。

「やっぱりって?」

「大ちゃんと昇が昔みたいに連絡取り合うようになって、安心と同時に心配もあったんだ。昔のこと、二人とも忘れたわけじゃないでしょ。もし大ちゃんが今でも昇のことが好きだったら、いつか同じようなことが起きるんじゃないかなって。でも、お互いに気持ちの決着はつけたからまた仲良くできてるんだろうとも思ったから、何も言わなかったの。だけど、決着はついてなかったのね」

 理沙はホットストレートティーを一口すする。

「そっか。大ちゃん、まだ昇のこと好きなんだ」

 その言葉に胸がズキン、と痛くなる。

「でもさ、今回のは昇も悪いよ。大ちゃんの気持ちを全く知らないわけじゃなかったのに、期待を持たせるようなことするから」

「俺はただ友達として仲良くしたかっただけだ。向こうもそれを望んでるように見えた」

「でも、大ちゃんが昇をどう思ってるのか、疑問に思いながらも確かめなかったんでしょ。昇は大ちゃんにきちんと言ったの? 『これからもお前の気持ちには応えられない』って。曖昧に誤魔化したまま一緒にいるから、大ちゃんだって期待しちゃったんじゃないの?」

 それはそうだ。大智の気持ちが分からないのに、ただ昔みたいに仲良くなりたくて見ないふりをしてきた。それじゃ駄目だと本当は分かっていたのに。だけど、

「……大智には付き合ってる奴がいるって知った時点で俺のことは過去なんだって、普通思うだろ」

「それでも大ちゃんの言動をよく見てたら気付くわよ。恋人と上手くいってるのかいってないのか、自分のことをどう見てるのかくらい」

「……」

 さすが妹は容赦ない。俺が気付かないようにしていたものをことごとく指摘してくる。厳しい表情をしていた理沙がふと窓の外に目をやり、ふっと笑った。

「実はさー、わたし昔、大ちゃんのこと好きだったのよね」

「えっ」

「告白もしたんだよ。フラれちゃったけどね」

 歯を見せてニッと笑う。昔の話とはいえ、俺はそれにどう反応すればいいのかと困惑した。

「……いつ?」

「高二の春。わたしもさ、大ちゃんとはずっと家族みたいだと思ってたけど、ホラ、あいつ天然で優しいから勘違いしちゃうこと多くて、まんまと好きになっちゃって。お母さんが死んで色々親身になってくれた時が決定打だったかな」

 大智はいつまでもメソメソと落ち込んでいる理沙に、本当に優しかった。あれは理沙じゃなくても惚れるはずだ。

「大学生になって離れ離れになったら、大ちゃんに彼女ができるかもって考えたら嫌で、告白したんだー。でも、ごめんって即答されて。まさか昇が好きだからって言われるとは思わなかったけど」

「お前、それ聞いてどう思った?」

「昇がいなければよかったのにって思ったよ」

 冗談などではない、本心だろう。

「双子なのに、なんでわたしじゃなくて昇なのって本気でムカついた。でも昇がいなかったらわたしは大ちゃんとは絶対仲良くなってなかった。お母さんがいなくなってから立ち直ることもできなかった。それにやっぱり昇はたった一人のきょうだいだもんね。まったく知らない人の名前出されるより、妙に納得したというか……ムカつくけど、嬉しくもあったわけよ」

「複雑だな」

「複雑だったよ。喜びも悲しみもできないんだよ。泣いたけどね」

 そんなことがあったなんて、全然知らなかった。理沙は俺の前ではいつだってガサツで生意気で、ずっと小さい頃のガキのイメージのままだ。だけど、夏休みに大智と再会した時の理沙を思い出して腑に落ちた。ちょっと顔を赤くして身なりを整えて、大智を見上げていた。理沙はああいう風に、ずっと大智を見ていたのか。

「最初はさ、どうせ友情と恋愛を錯覚してるんでしょって軽く考えてた。他の人に取られるくらいなら、昇との恋を応援してやれってヤケクソだった。そのうちわたしのこと好きにさせてやろうって。でも大ちゃんの相談に乗ってるうちに、あーほんとに昇のこと好きなんだ。勘違いじゃないんだって思い知らされて。そのうち本当に、二人がくっついたらいいのになって純粋に応援したくなった」

 大智の相談に乗っている理沙は、なんとなく想像がつく。きっとラインで厚かましくリサーチしたり、近況報告なんかを貰ったりしたんだろう。高三の誕生日、今までプレゼントなんてなかったのにあの年だけプレゼントをくれたのは、理沙のアドバイスだったのかもしれない。「誕生日に昇が欲しがってる財布をプレゼントすれば好感度アップするかもよ」なんて。

「ごめんね」

「何が?」

「昇の気持ちを考えないで、大ちゃんの背中ばっかり押してた。大ちゃんのためじゃなくて、自分がふっきれるために」

「……いいよ。お前も辛かったんだろ」

 もし逆の立場だったら、俺も同じことをしたはずだ。

「で、昇は大ちゃんのことどう思ってるの? 応える気があるの?」

 その答えを簡単に出せたらこんなに苦労しない。理沙は「あーあ」と両腕を伸ばしてのけ反った。

「ねえ、昇。早く大ちゃんとくっついてよ。わたしのためにも」

「簡単に言うなよ……」

 窓の外はもう完全に冬空だ。街路樹の葉が風に吹かれて飛んでいき、道行く人は襟元を握り締めて肩をすくめている。まだ昼前なのに暗いな、と思ったところで雨粒が窓ガラスを打った。

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