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第二部 1-7

 なんとなく気まずくて大智を避けていたら、なんでもない土曜日に大智が家を訪ねて来た。夏休みは終わったばかりなのに、わざわざ里帰りしたのかと思うとかえって申し訳なくなった。大智は眉間に皺を寄せて思い詰めたような表情で「ごめん」と開口一番に言った。

「本当にごめん。せっかく俺のために予約してくれてたのに、すっぽかして……。何も連絡しなくて……」

「あ、ああ、うん、……いや、別に……いいよ……」

 いつもの俺なら「まったくだよ」なんて軽口を言いながら悪態をついただろう。でもあんな痴話喧嘩をしている大智を見たあとじゃ、とてもそんな気にならない。大智はそんな俺を怒っているのだと勘違いしたのか、悲痛な顔で「許してくれないよな」と俯いた。

「だから、お前は俺のことどんだけ心狭いと思ってんだよ。ほんとに怒ってないって。ただ、ワケは聞かせてもらうけど、いいよな?」

 少し間を空けて頷いた大智は、おずおずと家の中に入った。
 親父はまだ入院中だ。広い実家での一人の生活はなかなか手入れが行き届かず、リビングには物が散らかったままだ。脱ぎ散らかした服や下着を急いでかき集めて洗濯籠に放り込み、テーブルに広げたままのテキストは隅に追いやった。ペットボトルのお茶を注いでダイニングに腰掛けた大智の前に差し出す。俺が向かいに座ると大智は話し始めた。

「昇との約束はちゃんと覚えてたんだ。これから出かけるって時に急にアイツが来たから……」

 アイツとは金髪の男のことだ。大智は充希というその男をあくまで「大学の同級生」だと言った。大智が大学に入って一番にできた、そして唯一の友達らしい。人見知りな大智は入学してから暫く友人に恵まれなかったが、図書館でたまたま知り合った充希と意気投合して仲良くなったのだという。

「充希はハーフなんだけど、アメリカ人のお母さんの血がより濃かったのか、容姿が目立って。良くも悪くも近付きたがる人間が多かったみたいで、人付き合いが下手なんだ。俺も人付き合い苦手だし、似てるんだと思う」

 大智と仲良くなったのがよほど嬉しかったのか、充希は大智を追いかけて野球サークルに入った。ただしマネージャーとして。

「学校でもサークルでもずっと一緒だったからさ。俺が急にサークル辞めたことにすごい怒ってて。それで……ごめん」

 事実なんだろうが、かなり省かれたな、と思った。言いたくないのかもしれない。いくら親しい相手でも簡単に話せる内容じゃないのかもしれない。でも俺は知る立場にあると思っている。ここまできてはぐらかされたことにムカついた。

「不躾なこと聞いてもいい?」

「なに?」

「大智ってゲイなのか?」

 大智の目が泳いだ。

「お前らの喧嘩を見ちゃった時さ、正直友達同士の喧嘩には見えなかったんだ。なんか、カップルの痴話喧嘩みたいだった」

 俺のことを好きだと言ってたし。というのは触れないでおく。

「ごめん、いきなり。でもずっと気になってたから。その充希ってやつ、友達というか彼氏なんじゃないの?」

 暫くテーブルの一点を見つめたまま沈黙した大智だったが、かすかに固唾を飲み込む音が聞こえたあと「うん」と小さく肯定した。
「本当は……うん、そう。付き合ってる、っていうのかどうかは謎だけど」

 そうだろうとほぼ確信していたにも関わらず、大智の口から直接聞くと何故だか胸の奥がちくっとした。

「俺もアイツもゲイで、たぶんそれを悟られたくなくて無意識に自分から周囲と距離を取ってるんだと思う。だから人付き合いが上手く行かない。そういうとこで気が合ったんだろうな」

「……なんでお互いがそうだって分かったの?」

「知り合ったのは図書館だけど、その時はただ同じ本が好きだとか好きな作家が同じとかで意気投合しただけだった。分かったのは……そういうコミュニティの場で偶然会って」

「コミュニティの場?」

「……その辺は昇は知らなくていいよ」

 はっきりと線を引かれて、ムッとしたけど何も言えなかった。根掘り葉掘り聞かれるのは誰だって嫌だ。

「お互いそうなんだって分かったらもう怖いもんなんかないよな。俺も充希も他に友達いなかったし、ずーっと一緒にいた。一緒にいるうちに体の関係にもなった。付き合おうとか好きだとかそういう言葉は言ったことないけど。あまりにも一緒にいるから依存し合っても駄目だなと思って黙ってサークル辞めたんだ。でも思った以上に怒らせたみたいだ。だから今、あいつを支えてやれるのは俺なのかなって思ってる」

 聞きたかったことを聞けたはずなのに、俺はスッキリするどころか逆にモヤモヤとしたものを抱えていた。性的指向への嫌悪感とかはない。ただ、充希のことを話している大智はどこか大人びていて、やっぱり俺の知っている大智じゃないような気分だった。
 きっと大智は誰にも打ち明けられない悩みや苦労をたくさんしてきたのだろう。傷付いたこともあったかもしれない。それなのに俺は今まで、そんな大智を見ようとせず、頼るばかりで厚かましくて。

 ――お前、最低だよ。そんな奴だと思わなかった。――

 あれは決して言ってはいけない言葉だった。咄嗟だったとはいえ、幼馴染なら、親友なら、もっと真剣に答えるべきだったんじゃないのか。
確かに大智は人付き合いは下手かもしれない。でも中学や高校では普通に友達はいた。山木さんは大智が大学で浮いていると言っていたが、その原因が俺にもあるとしたら……俺のあの言葉のせいで人付き合いが更に苦手になったのだとしたら――。

「嫌じゃないのか」

「え?」

「こんな話、引いてないのか」

「……嫌とかないよ。ちょっとビックリはしたけど、そうなのかなって思ってたから、やっぱりって感じ。……つーか、引くような話じゃないだろ」

「よかった、そう言ってもらえて」

 安心したように笑う大智の顔に胸が痛む。後半の言葉は俺のために言ったようなものだ。俺が、罪悪感を少しでも消すために。

「で、もう仲直りしたの?」

「うん、一応……」

「そっか、大事にしてやれよな! って、彼女いたことない俺が言っても説得力ないけどさ」

「昇がそう言ってくれて安心した。こういうの打ち明けて絶縁されたとか疎遠になったって話、よくあるから」

「誰かに話したことある……?」

 大智はお茶をぐいっと飲み干し、コップを置くと同時に言った。

「あるよ。……正確にはバレた、だけど」

 まだ詳しく聞きたい気もしたが、やめた。好奇心で傷を抉る真似はしたくない。

「俺も、もうちょっと仕事に慣れてきたら彼女作ろうかな」

 彼女になってくれるイイ子がいればの話だけど。なんてことを、高校の時も言っていた気がする。

「昇ならすぐにできるよ」

 と、大智はどこかスッキリした顔で微笑した。

大智は俺に、ずっと引いていた線を越えて全部話してくれた。それなのに全然嬉しくない。俺が知らなかった大智を充希は知っている。俺が理解できないことを充希は理解してやれる。それが悔しい。こいつにとって俺はもう完全に過去なのだろうか。


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