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第二部 1-4

 ***

 理沙が帰省していた二週間、三人で集まったのは一度だけ。大智が家に来るまで理沙にはわざとなんの報告もしなかったので、昔のように「久しぶり」と笑顔で現れた大智に理沙はただただ驚いていた。なんで何も話してくれなかったのかと俺に怒りながら、無邪気に三人でまた再会できたことを泣いて喜び、俺と大智はそんな忙しい理沙を笑った。「綺麗になったな」と言われて、

「わたし、もともと美人だし?」

 なんて分かりやすくも可愛げのない照れ隠しをし、もう少し成長しろよと呆れた矢先に、頬を赤くして陰で髪を整える姿を見た。すぐにいつものガサツな女に戻ったので特別な感情を持っているわけではなさそうだが、垢抜けた大智を意識してはいるようだった。そういえば昔、大智と理沙が付き合っているんじゃないかと勘違いしたことがある。あの頃は存在が近すぎて恋愛関係にはならなかったようが、今はもしかしたら、ということもあるかもしれない。万が一そうなったら――と想像をして、考えることを止めた。喜ばしいどころか、真っ先に寂しさを抱いたからだ。あの頃も俺一人置いて行かれたようで寂しくなった。何一つ成長していないのは俺の方かもしれない。

 大学に戻る前にもう一度会おうと約束したものの、理沙が課題をやらなければいけないからと二度目の会合は叶わなかった。親父の見舞いに行ったあと駅まで見送る。土産やドリンクを買っているあいだに電車が来てしまい、慌ただしい別れになった。

「じゃあね、昇! お父さんのことよろしくね。手術の経過とかも知らせてね!」

「分かってる」

「あ、わたしの部屋に段ボールあるから、悪いんだけどわたしのアパートに送っといてくれない?」

「てめーふざけんなよ。自分で先にやっとけよな」

「頼りにしてるから、お兄ちゃん」

 じきにドアが閉まって出発するというのに、理沙はまだ喋る。

「大ちゃんにもよろしくね」

「ああ。……あのさ、理沙、お前……」

 俺の声は発車合図のベルに掻き消された。「なに!?」と問う理沙に「なんでもない」と手を振ったところでドアが閉まった。
 俺は理沙に何を聞こうとしたのだろう。理沙が大智をどう思ってるのかなんて、知ったところで仕方がないのに。電車が発車して見えなくなった頃、スマートフォンに通知が入った。

『今日の夜、空いてる?』

 ―――

「昇、こっち」

 大智に誘われて近所のファミレスで飯を食うことになった。ファミレスかよ、と突っ込んだら「だってまだ酒飲めないし」なんて生真面目に返される。大智はチーズインハンバーグとエビフライのAセット、と予想したら見事に当たった。

「今日、理沙があっちに戻った」

「見送りだけでも行きたかったけど、用事があって。ごめんな」

「いいよ、そんなの」

「昇にさ、ちょっと話があるんだけど」

 話がある、というワードにいつからか必要以上に身構えるようになってしまった。平静に努めたけど笑顔は引きつっていたと思う。だが大智の「話」は想像もしていないことだった。

「プログラミングって興味ない?」

「へっ?」

「友達の兄ちゃんが今度、プログラミング教室開くんだって。大人向けコースと子ども向けコースがあって、スタッフを探してるんだけど人が集まらないらしくて。昇さ、昔ツクールでゲーム作ってなかった? どう?」

「いや、あれは遊びだから。プログラミングってなると未経験だよ。ゲーム自体も最近してないし」

「未経験者でもOKだって。開業まで時間あるから、研修してくれるみたい。昇、物覚え早いしいけると思うんだよな。友達にも昇のことちょっと話してあるんだけど、受けてくれると嬉しいっていうか」

 仕事を探している今、ありがたい話ではあるが不安のほうが大きい。ゲームはよくしていたし、アプリを使ってゲームそのものを作ったことはあるけど、専門知識はほとんどない。研修があるといっても短期間だろうし、それだけで技術が身に着くとも思えない。でもこれを断ったところで仕事が見つかるわけでも資格を得られるわけでもない。それなら必死で勉強して何かしら身につけて更に仕事になるなら、そっちのほうが良いんじゃないか。
暫く考えて、「返事はいつでも」という大智の言葉に被せて言った。

「やる」

 大智の顔がぱあ、と明るくなる。

「正直ちょっと不安だけど、やらせてもらえるなら……」

「よかった! じゃあ昇の連絡先教えとくから、あとのやりとりは直接頼むよ!」

 まるで自分のことのように喜んでいる。あたかも俺に助けを求めるように持ち掛けてきたけど、本当は仕事をなくした俺を心配してくれていたのだろう。親父の手術や理沙の学費、自分の将来に不安だらけなのに変な自尊心のせいで素直に助けを求められない。そんな俺を知っていて気遣ってくれる。
 きっと大智と再会しなければ、俺は今でも気持ちが下に向いたまま暗くなるばかりだった。やっぱり俺には、大智がいないと駄目なのかもしれない。


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