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第一部 1-3

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 高校三年の冬になると周りは受験を控えてどことなくピリピリしている。俺も一応受験生ではあるけれど、正直言って何がなんでも進学したいわけじゃないので気楽に構えている。「受かればいいな」という程度でしかない。というのも、つい夏まで高校を卒業したら就職しようと漠然と考えていたからだ。俺の家は父子家庭なので、親父が男手一つで俺と理沙を育ててくれた。仕事をしながらの慣れない家事は大変だったと思う。だから俺は高校を卒業したら働いて少しでも親父を楽にさせたかった。……というのを、三者面談で話したら、「そんなことは気にするな」と逆に叱られた。

「お前はせっかく成績がいいんだから大学に進学しなさい。お前が家を出たらそれだけで随分楽になる。父さんに気を遣うな」

 担任からも「進学しないのは勿体ない」と後押しされたのもあり、そこまで言うなら、と俺は進学することにしたのだった。
 とはいえ、別に行きたい大学はない。成績に見合った相応の学校を勧められるままだ。そんないい加減な心構えで高い学費を払ってまで行く価値はあるのだろうか、というのが本音だ。だから受かれば進学するし、落ちたら就職する。確固たる目標があって進学したいと思っている奴らとは違う。俺みたいなどっちつかずの奴が近くにいたら、さぞかしイライラするだろうな。その上委員会なんかで貴重な放課後の時間を潰されたんじゃ貧乏ゆすりも止まらないはずだ。そんなことを考えながら、俺は窓際の席で参考書を読みながらガタガタと足を揺らしている奴を後ろから見守っていた。

「――では、さっそく各担当に分かれてお願いしまーす」

「えっ」

 ボーッとしすぎて委員長が何を言っていたかまったく聞いていなかった。他の奴らはわらわらと席を立って教室を出て行く。委員会はもう終わったのか? 一人焦っていると「ねえ!」と肩を叩かれた。

「三組の渡辺くんだよね。わたしたちペアなの聞いてた?」

 ふさふさの睫毛が印象的な可愛らしい女子。顔は見たことがあるが、名前が分からない。確か……、

「わたし、五組の大川」

「そう、大川さん」

「委員長の話、聞いてなかったんでしょ。ペアになって各担当場所の掃除用具に足りないものがないかチェックしにいくの。はい、これチェックシート」

「あ、ありがとう」

「わたしたちは体育館と西館のトイレよ」

「そうなんだ」

 行こ、と大川さんは張り切った様子で教室を出る。いまいち状況が把握できないまま俺は彼女に付いて行った。しっかり者で真面目そうな女子は苦手だ。適当に手を抜いたらチクチク言われそうだから。瞬間、大川さんが俺の思考を読んだかのようにいきなり振り返った。

「こんな面倒なこと、わざわざ美化委員がしなくても各学年に任せればいいと思わない?」

 第一印象が痛快に壊されて面食らう。

「同感」

 三年間話したこともなければ同じクラスになったこともないのに大川さんを見たことがあるのは、単に学年が一緒だからじゃない。確か二年の時、当時同じクラスだった竹下が大川さんに告白してフラれた。それを聞いて大川さんってどんな子だろうと興味本位でクラスを覗いたことがあったのだ。今の今まですっかり忘れていたことを、大川さんのボリュームのある睫毛を見て思い出した。

「ちょっと、なんでわたしの顔じっと見てるの?」

「睫毛、なんかしてんの? パーマとかマスカラとか」

「してないよ。天然。すごいでしょ。羨ましいって言われるけど、わたしは嫌なのよねぇ。睫毛が目に入るから。……渡辺くん、睫毛パーマとかマスカラとか知ってるんだ」

「妹がね。毎朝睫毛いじってるから」

 洗面台を独占して目を見開いてマスカラを塗っているあの顔は思い出すだけでも怖い。

「妹って何歳?」

「同い年。双子だから。隣町の女子高に通ってる」

「渡辺くんって双子なんだぁ! 渡辺くんの妹だったら絶対カワイイよね」

 大川さんとまともに喋ったのは初めてなのに、自分でもビックリするぐらい自然体でいられる。いつも理沙と一緒にいるから女子に対して免疫があるからだろうか。

「体育館の掃除用具は全部揃ってる。次は西館のトイレね」

 サラサラの黒髪を耳に掛ける仕草を見て、大智は本来、こういう清楚系の女の子が好きなんじゃなかったか、とふと思った。小学生の頃、黒髪の女の子を可愛いと言っていたのを覚えている。理沙はふわっとした茶髪ロングの、所謂ゆるふわ系というやつだ。どちらかといえば大智には大川さんみたいな子が似合いそうなのに。

「渡辺くん! ボサッとしてないで、女子トイレはわたしが見るから男子トイレよろしくね!」

「ハイ」

「わたしだってこんな面倒くさいこと早く終わらせて帰りたいんだから」

「なんかあるの?」

「昨日食べそびれたドーナツ食べたいの」

 てっきり塾があるとかそんな答えを想像していたので気抜けして笑えた。どうして大川さんといると自然体でいられるのか分かった気がする。

「なに?」

「いや、大川さんって俺の妹に似てるわ」

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