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山城 天 10

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 日曜日の朝、恵一さんからは「今から母と会ってくる」と一言メッセージがあったきり詳しいことは教えられなかった。店に来るならひと言知らせてくれるだろうと思っていたので呑気にかまえていたら、閉店時間を過ぎてブラインドを閉めようとしたところで恵一さんの車が店の前で止まった。俺は慌ててトイレに駆け込んで、乱れた髪の毛を手櫛で整える。エプロンも汚れているけどそれは仕方ない。パッパッと埃をはらって紐だけ縛り直した。顔が疲れていてあまり血色が良くない。得意の営業スマイルで乗り切るしかない。それにしても来るなら来るとメッセージのひとつでも送れよ。

 ごめんください、と女の人の声が呼ぶ。急いでトイレから出ていくと、恵一さんと恵一さんの母親らしき女の人が立っていた。真っ赤なセーターがやたら目立つ。恵一さんも以前真っ青のカーディガンを着ていたことがあったが、この親子は原色が似合うなと思った。

「いらっしゃいませ」

「はじめまして、恵一がお世話になっております」

 まさか俺とのことをもう話したのか、と恵一さんに目をやると、恵一さんは首を横に振った。

「先日は母の日に素敵なアレンジメントをありがとう。やっぱり部屋に花を飾ると気持ちがいいですねぇ」

「喜んでいただけて僕も嬉しいです。よかったらゆっくり見て行ってください」

 ありがとう、と恵一さんのお母さんは一人その場を離れた。その隙に恵一さんに「来るなら言えよ」と小声で詰め寄った。

「来るつもりはなかったんだよ。でもアレンジメントを作ってもらった花屋に行ってみたいってうるさくて。連絡する暇がなかった。申し訳ない。すぐ帰るから」

「余計なこと言ってないだろうな」

 言ってない、という恵一さんの目が僅かに泳いだのが気になる。
 恵一さんのお母さんは俺と恵一さんがただの花屋と客ではないことを分かっているようだった。手の平サイズの多肉植物の鉢植えを持ってくる。

「多肉って好きなのよねぇ」

「これから新幹線に乗るのに、持って帰れるのか?」

「あら、一日くらい泊まったっていいじゃないのよ。冷たい子ね。これ、いただくわ」

 どこででも手に入るような多肉をわざわざこんなところで買うなんて、なにか探られているのだろうかと勘繰ってしまう。

「急に訪ねてきて悪かったね。もう失礼するよ」

「あら、今来たばかりじゃない。全然お話してないわよ。あなた、これから予定ないなら一緒に夕食でもいかが?」

 さすがの俺も親子水入らずの時間を邪魔するほど野暮ではないので丁重に断った(というより、何か危機を感じた)。

「そうなの、残念。恵一の見合い相手の釣書きを一緒に見て欲しかったのだけど。随分親しいようだし」

「母さん」

 牽制されているのだ。やっぱり恵一さんはお母さんに俺のことを何かしら話しているに違いない。ここは少し無邪気になってとぼけておく。

「へえ! 恵一さん、お見合いされるんですね! すごく素敵な方なんでしょうね!」

「そうなの、恵一の幼馴染でね、とっても可愛いのよ」

「最近、週末になると店に来てはブーケのカタログをご覧になってましたけど、もしかしてその方へのプレゼントだったり?」

 眼で恵一さんをからかったら睨まれた。

「まあ、恵一ったら再婚はしないって言ってたけど、本当は考えてるんじゃない」

「考えてないって言ってるだろう」

「恵一さん、決まったらちゃんと教えてよ。ブーケ作るからさ」

「恵一にハイセンスなお友達がいて良かったわ。自分のことあまり喋らないし、親のわたしでも何を考えてるか分からない愚息だけど、今度こそ幸せになってもらいたいのよ。だからお見合いが上手くいけばいいなって思ってるの。でも恵一ったら頑固だから素直にならなくて。山城さんからも背中を押してやってくれない?」

「恵一さん、男の俺から見てもイイ男なんだから絶対大丈夫ですよ。上手くいくといいですね」

 警戒心が解けたのかニコニコとしているお母さんの背後で、恵一さんは俺を睨んでいた。
 だって、どうすればいい?
 親に警戒されて「僕は恵一さんと付き合っています」だなんて言えるわけがない。子の幸せを願う姿を目の前で見たら尚更だ。やがて恵一さんは強引にお母さんを引っ張って店を出て行ったが、俺はまともに恵一さんの顔を見られなかった。怖かったからだ。
 案の定、その日の夜に恵一さんから「どういうつもりだよ」と電話があった。

「だって、あの状況で付き合ってるとか言えないだろ。めちゃくちゃ警戒されてたじゃん。つーか、恵一さん絶対何か言っただろ」

『……それはごめん。再婚する気はないと言ったら、誰か相手がいるのかとしつこく聞かれて、いると言った。どこの誰だと言われて、花屋をやっているとだけ言ったんだ。本当に今日は会わせるつもりはなかった。でも一目だけでも会わせてくれないと帰らないと駄々をこねるもんだから……。連絡もしないで申し訳なかった』

 あの時、誤魔化さずに正直に「話した」と言ってくれていれば、俺だって下手な芝居をせずにちゃんと挨拶できたかもしれないのに。……いや、それはないか。あんなしょっぱなからグイグイ来られたら歓迎されていないことくらい分かる。

「どっちにしろ恵一さんは一度見合いをしに帰りなよ」

『どうせ会ったって断るだけだ』

「実際会ったら気が変わるかもしれないよ」

『本当にそう思ってるのか』

「思ってるよ。恵一さんがやっぱり再婚したいと思うなら応援するよ。そもそも俺たち付き合ってるっていうのかどうかも怪しいじゃないか」

『付き合ってるだろう』

「俺に合わせてくれなくていいんだよ」

『もういい』

 直後に通話が切れた。
 俺は恵一さんに無理をして欲しくないだけだ。「好きか嫌いかと聞かれれば好きだ」程度の気持ちで親に紹介されても嬉しくない。カムアウトはそんなに生易しいものじゃない。苛立ったのはこっちのほうだ。スマートフォンを放り投げてベッドに身を投げる。
 恵一さんを怒らせたことは何度かあったが、こんなに子どもっぽい怒り方もするんだなと、そんな呑気なことを考えていた。

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