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高橋 恵一 8

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 毎朝決まった時間に起きて、身支度を整えて出勤し、昼はその辺で適当に済ませて、大体夕方六時から夜の八時のあいだに帰宅するのが毎日のルーティーンだ。

 生まれてこのかた家事などしたことがないので、掃除も炊事もほとんどしない。週末にたまに掃除機をかけて、もやしやら豚肉やらを炒めただけの簡単な料理をするくらいだ。自分がやってみて初めて、家事をしてくれる人の存在がいかに有難く偉大なものなのかを知った。
 クリーニングに出すつもりで重ねたままのワイシャツや冬物セーターの山、片付けたつもりでもどこか雑然としたリビング。出しそびれたゴミ袋。気楽で居心地は良いけれど、味気なくて温かみはない。……こういう時に花でも飾ればいいのかもしれない。けれど俺が花を置いたところですぐに枯らすに決まっている。手入れの仕方も知らないのに。

 ネクタイを緩めながらソファにどかっと座り込む。スマートフォンを開き、一件の着信履歴にすぐさま相手を確認するが、実家の母だったことに気抜けした。一瞬でもがっかりしたことに気付くと、俺は一体誰からの連絡を待っていたのかと自問した。答えが出る前に母に折り返す。電話の内容は独り身になった俺を案じるものだった。

『その歳で一人暮らしなんて、そりゃ心配もするわよぉ。だってアナタ学生時代もずっと自宅から通ってたから一人で暮らしたことないでしょ。転勤してからは美紀さんがいたし』

「ガキじゃないんだから、心配には及ばないよ」

『再婚の予定はないの?』

「離婚したばかりで、あるわけないだろ。いくら親子でもデリカシーがなさすぎる」

『いつも母の日なんてなーんにもしてくれなかったのに、今年に限って豪華なカーネーション贈ってきたからなんのアピールかと思っちゃったのよ。ほら、親兄弟に優しくなる時って恋愛が充実してる証拠でしょ』

「そんなの初耳だよ。そういえば、どんなカーネーションだった? 到着したっていう連絡はあったけど、実物見てないんだよね」

『あら、写真送らなかったかしら。こんな珍しいことないから、ちゃあーんと撮ってありますよ。今から送るから切るわね。……まあ、あんたも傷心かもしれないけど、早いとこ新しい恋愛したほうがいいわよ。母さんも協力してあげるわ』

「もういいって。大きなお世話だ」

 通話が切れて一分後に母から写真が届いた。カーネーションといえば真っ赤なイメージだったが、山城が作ったアレンジメントは紫のカーネーションが主になっていた。あとは薄紫の薔薇と、ビビットピンクの……菊のような花。バスケットにそれらがバランスよく配置されている。小さな丸くて白いものはカスミソウ……ではなく、ビーズだろうか。可愛らしくもあり、優雅でもあり、まるで俺の母世代の女性に合わせたような、品のあるアレンジメントだった。写真だけでも色々考えて作られているのが分かる。何よりセンスがいい。これをあんな簡単に辞めてしまうのは惜しい。彼は花が好きなのに。そして気付けば俺は財布と電話だけを持って車を走らせていたのである。


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