まひる 3
住めば都とはよく言ったもので、あれほど嫌だった田舎も二ヵ月も経てば慣れてしまった。田舎に染まりたくなくて標準語を心掛けていたけれど、人間とは順応性の高い生き物で、結局気付けば田舎者丸出しの方言を喋っている。ただ、それが嫌じゃなくなったのはやっぱりゴンのおかげと言っていい。
ゴンは優しい。俺がゴンに冷たくしている時も、いつもニコニコめげずに話し掛けてきてくれた。馬鹿なこと言ってひとりで怒っているどうしようもない俺を助けにきてくれた。あの時来てくれたことで、小学校時代の俺も一緒に救われた気がしたのだ。だからゴンには感謝してるし、やっぱり好きだと思った。できれば、もう離れ離れになりたくない。なりたくないけど、だからと言って田舎で一生過ごしたいかと聞かれれば、それはまた別の話だ。
***
『お前さぁ、いつ東京戻ってくんの?』
東京の友達から一ヵ月ぶりに電話があった。こっちに越す前、散々「田舎に帰りたくない」と喚いたし、戻って来てからも頻繁に連絡をしては「東京に戻りたい」と泣きべそをかいていたので、この数週間音沙汰ない俺を心配してくれたらしかった。
『もしかして、もう田舎に馴染んじゃった?』
「もともと住んでたとこだから……。心配かけてごめん」
『なんだよ、お前、父親のとこに行かせてもらえるように頼んでみるって言ってたじゃん』
俺の父親は今も東京のどこかで住んでいる。離婚が決まって俺が母親に付いて田舎に戻ると聞いた時、父親に付いたら田舎に帰らなくていいんじゃないかと考えた。だけど、そもそも離婚した原因は父親の浮気だ。そんな父親に付いていくと言ったら母親が悲しむのは目に見えている。勢いで頼んでみるとは言ったものの、本当に頼めるわけがない。
「とりあえず専門は東京に行くからさ。一年だけ待っててよ」
『ちぇっ、……なあ、そういえば田舎ってどうなの? 本当に山とか川ばっかり? 夏休み遊びに行ってもいい?』
「いいけど、本当に何もないよ」
『まひるに会いたいし。小遣い貯めて行くから』
なかば強引に約束させられて、電話を切った。
正直、東京には戻りたい。田舎が嫌だとか友達に会いたいとかじゃなく、俺にはやりたいことがある。
――ゴンに言うたら、どんな顔するんやろ……。
窓を開けると、真っ暗な夜空にたくさんの星が散らばっていた。その小さく瞬く星たちを眺めながら、俺は深く溜息をついた。
***
翌日、昼食を終えてから剛が家に来た。右手に大量のきゅうりと茄子、左手にトマトを抱えている。
「おばちゃんにあげて」
生憎、母親は留守で帰りは遅くなると言ったら、剛は「そうなんや」と残念そうにしたが、どこか嬉しそうにも見えたのは気のせいだろうか。もらった野菜を台所に置くと自分の部屋に通した。
「ベランダにビニールシート敷いとるけん、座って」
「ほんまにまひるが切るん?」
「そやで。東京でも友達の髪切ったりしたんで」
「……男?」
「男も女も」
「そらすごいな」
と、言いながら何故か少しむくれている。百面相の剛はちょっと面白い。
剛の髪は真っ黒で堅い。しかも多い。切り甲斐がありそうだ。まず櫛とすきばさみで全体的に量を減らし、耳の周りは特に短く、襟足はバリカンでジョリジョリ刈った。バラバラと落ちていく髪の毛を見るとスカッとして気持ちが良い。
髪を切るのが好きだと言っても、ちゃんとした技術があるわけでも資格があるわけでもない。「趣味にしては上手い」程度だ。だから胸を張って堂々と髪を切れるように、俺は美容師になりたい。だけどこの辺の専門学校では正直言って、不満だ。カリスマと言われる美容師たちは大抵、東京で修行をしている。俺もカリスマになりたい。最新のトレンドをキャッチできるように都会で修行したい。だから専門学校は絶対に東京に行きたいのだ。
――でも、そうなったら、またゴンと離れないかんのよなぁ。
「まひる、どしたん」
ついボーッとして手が止まっていた。
「あ、ごめん。眉毛するわ」
これはまた太くて濃い眉毛だ。だけど、至近距離で改めて見ると思う。
――ゴンって実は男前やんなぁ。
ちょっと眠そうな奥二重の目、鼻だって何気に筋が通っている。自分とは比べ物にならないほど盛り上がった喉仏。思わず自分の首に手を当てた。剛は昔から大きくてゴツゴツしている。山道を歩く時、ビビっている俺の手をよく引いてくれたものだ。大きくてあったかい手にすごく安心したのを覚えている。
「できたで。鏡で見てみ」
少し頭皮が透けて見えるくらい思いきり減らした。おかげで剛の頭はスッキリと小さくなった。これでもう五右衛門やヤマアラシなどと言わなくて済むだろう。頭をふるふると振った剛は「軽くなったわ、ありがとう」と笑った。貫禄あるオッサンから一気に好青年へと様変わりした剛に惚れ惚れする。ついでに自分の腕にもだ。
「かっこええやん」
「ほんま?」
「うん、惚れ直した」
すると剛は頬を赤くしてモジモジしだした。そんな勇ましい図体してその照れ方はなんだと突っ込みたくなるが、なんだかちょっと可愛い気もする。
「あのさぁ、ゴン……。ゴンはさ、ずっと地元おるんやろ? 将来的に農家継ぐんは俺も分かっとるし、当たり前のことやと思うんやけど、やっぱさぁ、一回くらい県外出てみよかとか思わん? っていうのもさ、俺が卒業したら東京に戻りたいんやけど、なんでかっつーたら……なあ、聞いとる?」
人が真剣に話をしているというのに、剛はさっきから落ち着かない様子で畏まって座っている。
「ちょっと、ゴン」
すると剛は、緊張した面持ちでこっちを見て、いきなり俺を抱き締めた。ごつくて堅い体に包まれて、硬直する。耳に伝わる剛の鼓動につられて、こっちまで脈が早くなった。自分から抱き付くのと抱き締められるのでは全然違うと思った。
――ちょっと怖い。
と、いうのが、正直な感想だ。剛は耳元で俺が咄嗟に予感したことを口にした。
「キスしてもかまん?」
剛のことは好きだけど、実は俺はいまだキスもしたことがないDだ。
キスってどのタイミングで目瞑るん?
息は止めるん?
歯当たらんかな。
色んなことが一瞬で頭の中をぐるぐると巡って返事ができない。体を離したゴンは両肩に手を置いて、ゆっくり顔を近付けた。
――えっ、ちょっと待って、俺まだしてもええって言うとらん。つーか目ぇ閉じる?
今? どーしよ、どーしよ! ――
そんなことを考えながら目をギュッと閉じると、唇に柔らかい感触があった。ものすごく不思議な気分だった。剛の唇はちょっとカサカサしていて、あったかい。ドキドキしすぎて自分がなんの話をしようとしていたのか忘れてしまうほどだ。
唇を少しだけ離すと、たいして息をつく暇もなく、またすぐにされた。さっきより強めに押し付けられる。歯が当たってしまったのは愛嬌ということで……。
「はぅ……」
息を止めていたせいで苦しくなって、そんなつもりないのにやたら熱っぽい声を出してしまった。それが合図だったかのように、剛は俺を押してベッドに一緒に倒れ込む。無理やりな行動のわりにキスはどこか幼稚で、たまに唇を舐められたり甘噛みされる程度のぎこちなさ。
――もしかしてゴンもあんまり慣れとらんのかも。
なんて油断したのも束の間、肩にあった剛の手がずれて、俺のTシャツの下から滑り込ませる。地肌に剛の大きい手が這って、体が大袈裟に跳ねた。
――えっ、うそやん。なんか、コショいし……! ――
だけど脳みそが混乱しまくって、それを声にできなかった。何も言わないでいると剛の手はどんどん調子に乗って、揉めもしないまな板のような薄い胸をまんべんなく撫でた。先っちょがツンとすると、そこに指が当たる度に変な気分になる。
「あぅ……、やめ……て……」
精一杯「やめろ!」と言ったつもりだった。そんな女みたいな声を出す自分が恥ずかしい。剛はますます息を荒くして、首に顔を埋めた。
「いかん……止まらん」
小さく耳元で呟いた剛の言葉を俺は聞き逃さなかった。唇と同じで乾燥した剛の手がもっと下に向かい、俺のズボンの中に手を入れた。ウエストゴムなのですんなり入ってしまう。なんなら下着もずらされて、普段、絶対人に見せることのない部分を思いっきり晒してしまった。
「ちょ、ちょちょちょい待て! なんしてんっ……あっ」
きゅっと竿を握られて、ゆっくり手を上下させてくる。なんでこんなことを剛がするんだ、とか、なんでいきなりこんな展開になってんだ、とか、つーか「やめろ」って言ったのになんでやめないんだとか、何をどう言えばいいのか分からなくて、俺はひたすら「だめ」と「いや」と繰り返していた。でも剛はやっぱり聞き入れない。完全に雄と化した剛は、ガキっぽいキスから舌を絡めるようないわゆるオトナのキスを迫り、俺を握る手はますます力が籠もり、スピードを上げてくる。さすが男同士と言うべきか、力加減とか、どうすればイイのか心得があるらしく、駄目と言いながらも剛の手さばきに翻弄されてしまった。
「あっ、あっ、いややってば……! だ、だ、だめ、で、出る……ッ」
剛の服を握り締めた瞬間、俺は初めて他人の手でぶっ飛んでしまった。しかも自分でするより良かった……かもしれない。体が震えて力が入らない。急に全身が重くなってベッドと体が一体化したみたいだった。ただ、呼吸が落ち着いてくるとともに頭も冷えてきて、突然憤りを感じた。剛は手の平にべっとりとついた俺の出したものを見て、我に返ったらしかった。
「す、すまん、まひる。大丈夫、か?」
「だ、大丈夫………な、わけ、ないやろ――!!」
思いっきり剛の腹に蹴りを入れたら、油断していた剛はベッドから転げ落ちてうずくまった。
「ほんまビックリするわ! なんなん、いきなり! つーか、ソレさっさと拭けや!」
「は、はい」
いそいそとティッシュペーパーで手を拭く剛。拭いているものが俺が出したものなのだから、こんなに恥ずかしいことはない。何に対して腹が立っているのか分からないが、とにかく腹が立つので、俺は剛を無理やり部屋から追い出した。
「ごめん、まひる! ちゃうんや!」
「何がちゃうんや! 馬鹿! アホ! もう帰れ!」
「ごめん! 怒らせたかったわけちゃう!」
「もうええけん、帰れ! 変態!」
バン! とドアを閉めると、暫くノブがガチャガチャと上下したのち、やがて剛が立ち去るのが分かった。躊躇うような足音。少し胸が痛い。俺のものはすっかり治まっているが、剛は……どうするんだろう。なんせ見てしまったのだ。剛の大きくなった下半身を。
「……あれをどないせぇっちゅーねん」
その場にしゃがみ込んだ俺は、まだ乱れている自分の服を見て頭を抱えた。
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ゴンは優しい。俺がゴンに冷たくしている時も、いつもニコニコめげずに話し掛けてきてくれた。馬鹿なこと言ってひとりで怒っているどうしようもない俺を助けにきてくれた。あの時来てくれたことで、小学校時代の俺も一緒に救われた気がしたのだ。だからゴンには感謝してるし、やっぱり好きだと思った。できれば、もう離れ離れになりたくない。なりたくないけど、だからと言って田舎で一生過ごしたいかと聞かれれば、それはまた別の話だ。
***
『お前さぁ、いつ東京戻ってくんの?』
東京の友達から一ヵ月ぶりに電話があった。こっちに越す前、散々「田舎に帰りたくない」と喚いたし、戻って来てからも頻繁に連絡をしては「東京に戻りたい」と泣きべそをかいていたので、この数週間音沙汰ない俺を心配してくれたらしかった。
『もしかして、もう田舎に馴染んじゃった?』
「もともと住んでたとこだから……。心配かけてごめん」
『なんだよ、お前、父親のとこに行かせてもらえるように頼んでみるって言ってたじゃん』
俺の父親は今も東京のどこかで住んでいる。離婚が決まって俺が母親に付いて田舎に戻ると聞いた時、父親に付いたら田舎に帰らなくていいんじゃないかと考えた。だけど、そもそも離婚した原因は父親の浮気だ。そんな父親に付いていくと言ったら母親が悲しむのは目に見えている。勢いで頼んでみるとは言ったものの、本当に頼めるわけがない。
「とりあえず専門は東京に行くからさ。一年だけ待っててよ」
『ちぇっ、……なあ、そういえば田舎ってどうなの? 本当に山とか川ばっかり? 夏休み遊びに行ってもいい?』
「いいけど、本当に何もないよ」
『まひるに会いたいし。小遣い貯めて行くから』
なかば強引に約束させられて、電話を切った。
正直、東京には戻りたい。田舎が嫌だとか友達に会いたいとかじゃなく、俺にはやりたいことがある。
――ゴンに言うたら、どんな顔するんやろ……。
窓を開けると、真っ暗な夜空にたくさんの星が散らばっていた。その小さく瞬く星たちを眺めながら、俺は深く溜息をついた。
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翌日、昼食を終えてから剛が家に来た。右手に大量のきゅうりと茄子、左手にトマトを抱えている。
「おばちゃんにあげて」
生憎、母親は留守で帰りは遅くなると言ったら、剛は「そうなんや」と残念そうにしたが、どこか嬉しそうにも見えたのは気のせいだろうか。もらった野菜を台所に置くと自分の部屋に通した。
「ベランダにビニールシート敷いとるけん、座って」
「ほんまにまひるが切るん?」
「そやで。東京でも友達の髪切ったりしたんで」
「……男?」
「男も女も」
「そらすごいな」
と、言いながら何故か少しむくれている。百面相の剛はちょっと面白い。
剛の髪は真っ黒で堅い。しかも多い。切り甲斐がありそうだ。まず櫛とすきばさみで全体的に量を減らし、耳の周りは特に短く、襟足はバリカンでジョリジョリ刈った。バラバラと落ちていく髪の毛を見るとスカッとして気持ちが良い。
髪を切るのが好きだと言っても、ちゃんとした技術があるわけでも資格があるわけでもない。「趣味にしては上手い」程度だ。だから胸を張って堂々と髪を切れるように、俺は美容師になりたい。だけどこの辺の専門学校では正直言って、不満だ。カリスマと言われる美容師たちは大抵、東京で修行をしている。俺もカリスマになりたい。最新のトレンドをキャッチできるように都会で修行したい。だから専門学校は絶対に東京に行きたいのだ。
――でも、そうなったら、またゴンと離れないかんのよなぁ。
「まひる、どしたん」
ついボーッとして手が止まっていた。
「あ、ごめん。眉毛するわ」
これはまた太くて濃い眉毛だ。だけど、至近距離で改めて見ると思う。
――ゴンって実は男前やんなぁ。
ちょっと眠そうな奥二重の目、鼻だって何気に筋が通っている。自分とは比べ物にならないほど盛り上がった喉仏。思わず自分の首に手を当てた。剛は昔から大きくてゴツゴツしている。山道を歩く時、ビビっている俺の手をよく引いてくれたものだ。大きくてあったかい手にすごく安心したのを覚えている。
「できたで。鏡で見てみ」
少し頭皮が透けて見えるくらい思いきり減らした。おかげで剛の頭はスッキリと小さくなった。これでもう五右衛門やヤマアラシなどと言わなくて済むだろう。頭をふるふると振った剛は「軽くなったわ、ありがとう」と笑った。貫禄あるオッサンから一気に好青年へと様変わりした剛に惚れ惚れする。ついでに自分の腕にもだ。
「かっこええやん」
「ほんま?」
「うん、惚れ直した」
すると剛は頬を赤くしてモジモジしだした。そんな勇ましい図体してその照れ方はなんだと突っ込みたくなるが、なんだかちょっと可愛い気もする。
「あのさぁ、ゴン……。ゴンはさ、ずっと地元おるんやろ? 将来的に農家継ぐんは俺も分かっとるし、当たり前のことやと思うんやけど、やっぱさぁ、一回くらい県外出てみよかとか思わん? っていうのもさ、俺が卒業したら東京に戻りたいんやけど、なんでかっつーたら……なあ、聞いとる?」
人が真剣に話をしているというのに、剛はさっきから落ち着かない様子で畏まって座っている。
「ちょっと、ゴン」
すると剛は、緊張した面持ちでこっちを見て、いきなり俺を抱き締めた。ごつくて堅い体に包まれて、硬直する。耳に伝わる剛の鼓動につられて、こっちまで脈が早くなった。自分から抱き付くのと抱き締められるのでは全然違うと思った。
――ちょっと怖い。
と、いうのが、正直な感想だ。剛は耳元で俺が咄嗟に予感したことを口にした。
「キスしてもかまん?」
剛のことは好きだけど、実は俺はいまだキスもしたことがないDだ。
キスってどのタイミングで目瞑るん?
息は止めるん?
歯当たらんかな。
色んなことが一瞬で頭の中をぐるぐると巡って返事ができない。体を離したゴンは両肩に手を置いて、ゆっくり顔を近付けた。
――えっ、ちょっと待って、俺まだしてもええって言うとらん。つーか目ぇ閉じる?
今? どーしよ、どーしよ! ――
そんなことを考えながら目をギュッと閉じると、唇に柔らかい感触があった。ものすごく不思議な気分だった。剛の唇はちょっとカサカサしていて、あったかい。ドキドキしすぎて自分がなんの話をしようとしていたのか忘れてしまうほどだ。
唇を少しだけ離すと、たいして息をつく暇もなく、またすぐにされた。さっきより強めに押し付けられる。歯が当たってしまったのは愛嬌ということで……。
「はぅ……」
息を止めていたせいで苦しくなって、そんなつもりないのにやたら熱っぽい声を出してしまった。それが合図だったかのように、剛は俺を押してベッドに一緒に倒れ込む。無理やりな行動のわりにキスはどこか幼稚で、たまに唇を舐められたり甘噛みされる程度のぎこちなさ。
――もしかしてゴンもあんまり慣れとらんのかも。
なんて油断したのも束の間、肩にあった剛の手がずれて、俺のTシャツの下から滑り込ませる。地肌に剛の大きい手が這って、体が大袈裟に跳ねた。
――えっ、うそやん。なんか、コショいし……! ――
だけど脳みそが混乱しまくって、それを声にできなかった。何も言わないでいると剛の手はどんどん調子に乗って、揉めもしないまな板のような薄い胸をまんべんなく撫でた。先っちょがツンとすると、そこに指が当たる度に変な気分になる。
「あぅ……、やめ……て……」
精一杯「やめろ!」と言ったつもりだった。そんな女みたいな声を出す自分が恥ずかしい。剛はますます息を荒くして、首に顔を埋めた。
「いかん……止まらん」
小さく耳元で呟いた剛の言葉を俺は聞き逃さなかった。唇と同じで乾燥した剛の手がもっと下に向かい、俺のズボンの中に手を入れた。ウエストゴムなのですんなり入ってしまう。なんなら下着もずらされて、普段、絶対人に見せることのない部分を思いっきり晒してしまった。
「ちょ、ちょちょちょい待て! なんしてんっ……あっ」
きゅっと竿を握られて、ゆっくり手を上下させてくる。なんでこんなことを剛がするんだ、とか、なんでいきなりこんな展開になってんだ、とか、つーか「やめろ」って言ったのになんでやめないんだとか、何をどう言えばいいのか分からなくて、俺はひたすら「だめ」と「いや」と繰り返していた。でも剛はやっぱり聞き入れない。完全に雄と化した剛は、ガキっぽいキスから舌を絡めるようないわゆるオトナのキスを迫り、俺を握る手はますます力が籠もり、スピードを上げてくる。さすが男同士と言うべきか、力加減とか、どうすればイイのか心得があるらしく、駄目と言いながらも剛の手さばきに翻弄されてしまった。
「あっ、あっ、いややってば……! だ、だ、だめ、で、出る……ッ」
剛の服を握り締めた瞬間、俺は初めて他人の手でぶっ飛んでしまった。しかも自分でするより良かった……かもしれない。体が震えて力が入らない。急に全身が重くなってベッドと体が一体化したみたいだった。ただ、呼吸が落ち着いてくるとともに頭も冷えてきて、突然憤りを感じた。剛は手の平にべっとりとついた俺の出したものを見て、我に返ったらしかった。
「す、すまん、まひる。大丈夫、か?」
「だ、大丈夫………な、わけ、ないやろ――!!」
思いっきり剛の腹に蹴りを入れたら、油断していた剛はベッドから転げ落ちてうずくまった。
「ほんまビックリするわ! なんなん、いきなり! つーか、ソレさっさと拭けや!」
「は、はい」
いそいそとティッシュペーパーで手を拭く剛。拭いているものが俺が出したものなのだから、こんなに恥ずかしいことはない。何に対して腹が立っているのか分からないが、とにかく腹が立つので、俺は剛を無理やり部屋から追い出した。
「ごめん、まひる! ちゃうんや!」
「何がちゃうんや! 馬鹿! アホ! もう帰れ!」
「ごめん! 怒らせたかったわけちゃう!」
「もうええけん、帰れ! 変態!」
バン! とドアを閉めると、暫くノブがガチャガチャと上下したのち、やがて剛が立ち去るのが分かった。躊躇うような足音。少し胸が痛い。俺のものはすっかり治まっているが、剛は……どうするんだろう。なんせ見てしまったのだ。剛の大きくなった下半身を。
「……あれをどないせぇっちゅーねん」
その場にしゃがみ込んだ俺は、まだ乱れている自分の服を見て頭を抱えた。
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