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山城 天 2

 けれども、恵一さんとの再会は思ったより早く訪れた。
 その日は母の日用アレンジメントの事前注文を受けていて、忙しいとまではいかなくても朝から接客に追われていた。昼前になって少し落ち着いたところで、恵一さんが店に現れたのだ。細身のチノパンと白のカットソーに、青のコットンカーディガンをさらっと着ている。スーツ姿しか見たことがないので、思いがけず私服姿を見て一瞬誰か分からなかった。

「……いらっしゃいませ」

「花を買いたいんだけど」

 ぶっきら棒に言って、軽く店内を見渡した。

「あー、えっと、どんな花をご希望……ですか?」

「花束なんだけど……どうやって選べばいいんだろう……」

 今日は土曜日、身綺麗な格好、花束、となると、

「デート?」

「違う。年末に結婚した会社の後輩の家に呼ばれたんだ。手土産を持って行くにも、食べ物は他の人が腐るほど持って行くだろうから他のものを……と、考えていたら花しか思いつかなかった。新築祝いはもう贈ってあるから、そんなに派手なものじゃなくていいんだけど」

「なるほど。他の人も来るなら確かに食べ物じゃないほうがいいですね。そういう時の花ってけっこう喜ばれるんですよ。どういう風に作りましょうか」

「それが分からないから困ってるんだけど」

「あー例えば、ピンク系のブーケ、とか。新婚さんですよね。奥さんの好きな花とか色とか……知りませんよねぇ」

「好みは知らないが、ナチュラルモダンな家らしい」

「りょーかいです。その辺に座って待ってて下さい」

 恵一さんはあきらかに疑った眼でこちらを見ながら丸椅子に座った。たったあれだけの情報で本当にブーケを作れるのか、という眼差しだ。けれども俺はこう見えてもプロだ。イメージしたブーケに入れる花をさくさくっと選んで束ねていく。バランスを見て、不要な茎を切り、リボンを選んで……。

「全体的にホワイトとイエローで、マトリカリアを中心にマーガレット、カスミソウ、レースフラワーなど小花でまとめました。薔薇のような派手さはありませんが、ナチュラルモダンなおうちに馴染むと思います。たくさんお料理が並んでいるところに飾っていただくとSNS映えもしますよ」

 恵一さんはブーケの出来栄えに「へえ」と味気ない返事ながらも小さくウンウンと頷いている。小花といってもマトリカリアとカスミソウを多めに使っているのでボリュームはある。例えば他の人が華やかなデザートを持ってきたとしても見劣りはしないはずだ。

「綺麗だね。ありがとう」

 会計を済ませたあと、恵一さんが言いにくそうに話を切り出す。

「このあいだ街で呼び止められた時……」

「はい?」

「俺に何か用事があったんじゃないのか」

「ああ……あーうん……」

「それなのに嫌な態度を取ってしまった。仕事で忙しかったのもあるけど、ちゃんと話せなくて悪かったね。なんの用だったの」

「別にたいした話じゃないんだけど、」

 そこで客がまた一人、二人と来店してきた。恵一さんは自ら聞いておきながら俺から離れていく。そして、

「これ、助かったよ」

 とだけ残して、店を出て行った。
 思えば花屋なんて街中にもいくつかあるはずだ。おそらく俺に謝るためだけに、わざわざ来てくれたのだろう。なんて律儀な人なんだ、という感心とともに、お人好しさに少し苛ついた。


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