カルマの旋律10-1
秀一が目を覚ました時、どうして自分が病院のベッドで寝かされているのか暫く理解できなかった。確か本屋で立ち読みをしていて、いきなり神崎が走って来たと思ったら背後から強烈な破壊音とともにプッツリ意識が途切れた。見る限り大きな怪我はなさそうだが、手や顔にところどころテープが貼られている。一緒にいたはずの神崎の姿が見えず、ベッドから降りようとしたところに看護師が現れた。
「気が付きました?」
以前、バイク事故に遭って入院した時の担当看護師だったので、前回と同じ病院に運ばれたのだと知る。
「大変だったわねぇ」
「あの、僕はどうしてここに?」
「覚えてないのね。本屋さんにいたでしょ? 居眠り運転してた車がお店に突っ込んでいったの。ちょうどあなたたちがいたところだったみたい」
「あなたたちって」
「佐久間さんと、神崎先生よ」
神崎の職場でもある総合病院なので「先生」と呼んだのだろう。看護師は秀一の血圧を測りながら言った。
「神崎先生と同級生だったのね。前回入院した時、神崎先生もそんな素振り全然見せなかったからびっくりしたわ。先生が庇ってくれなかったら危なかったかもしれないわ」
「庇って……って、誰が、何を」
「神崎先生が佐久間さんをよ。先生が盾になってくれたおかげで佐久間さん、切り傷だけで済んだのよ」
「……神崎は……!?」
「隣の個室にいるわ。もう意識も戻ってるんだけど、」
看護師はそこで言葉を詰まらせた。
「……けど、なんですか……?」
看護師が退室してすぐ、秀一は神崎の部屋を訪ねた。ノックをしたあと扉を開けると、ベッドに座っている神崎の姿があった。看護師の話によると右腕の骨折、頭部の打撲はあったが脳波に異常はなく比較的軽い怪我だったという。ただ、
「……神崎」
秀一の声に反応した神崎はハッとして顔を上げ、きょろきょろと見渡した。両目を包帯で巻かれているので秀一がどこにいるのか分からないのだ。
――命に別状はないんだけど、ガラスの破片が両目にたくさん刺さってて、包帯を取った頃には失明してるかもしれないわ。――
光のない世界に戸惑い、左手で不安げに辺りを探っている神崎を、秀一は暫く見つめていた。あれほど自信に満ち溢れて堂々としていた男が何も知らない世界に放り込まれた子どもように動揺している。哀れで、滑稽で、そこはかとなく愛しい。
「どこにいる」
神崎の問いかけに、ようやく動いて神崎の手を握った。握り返されたと思ったら離れて、右往左往しながら秀一の頬を撫でる。
「無事なのか」
「……ああ。庇ってくれたんだってな」
「怪我は」
「切り傷だけだ。……お前は、」
ガラッ、と大きな音で扉が開いた。反射的に秀一は神崎から離れた。病室に現れたのは志摩である。片手にスーツのジャケットを抱えて、冬だというのに額から汗を流していた。
「志摩先生!? どうしてここに」
神崎と志摩の関係を知らない秀一は志摩が来たことに驚いた。志摩はすぐに答えず、真っ先に神崎に近寄った。そして足の上に手を置く。
「正臣、俺だ。勇作だ」
「勇作さん、」
「学会の帰りで、電車に乗ってたらお前んとこの総合病院の救急車が見えて。直後にここの口腔外科の清水先生が電話で知らせてくれたよ。俺とお前のことを話してあるから連絡くれたんだと思う。……怪我は」
「骨折と打撲です。それから目」
「意識がしっかりしてるようでよかったよ」
そして志摩は神崎の包帯に触れ、悔しそうに歯を食いしばった。一部始終をぽかんとして見ていた秀一に向き直り、「ちょっといいか」と誘った。
志摩のあとに付いて病室を出ようとしたら力強く服を引っ張られた。驚いて振り返ると神崎が掴んだらしかった。本人は無表情を保っているが、取り残されることに不安があるのがひしひしと伝わる。その光景に一番驚いているのは志摩だった。秀一はゆっくり服から神崎の手を外し「すぐ戻る」と言い添えた。
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「気が付きました?」
以前、バイク事故に遭って入院した時の担当看護師だったので、前回と同じ病院に運ばれたのだと知る。
「大変だったわねぇ」
「あの、僕はどうしてここに?」
「覚えてないのね。本屋さんにいたでしょ? 居眠り運転してた車がお店に突っ込んでいったの。ちょうどあなたたちがいたところだったみたい」
「あなたたちって」
「佐久間さんと、神崎先生よ」
神崎の職場でもある総合病院なので「先生」と呼んだのだろう。看護師は秀一の血圧を測りながら言った。
「神崎先生と同級生だったのね。前回入院した時、神崎先生もそんな素振り全然見せなかったからびっくりしたわ。先生が庇ってくれなかったら危なかったかもしれないわ」
「庇って……って、誰が、何を」
「神崎先生が佐久間さんをよ。先生が盾になってくれたおかげで佐久間さん、切り傷だけで済んだのよ」
「……神崎は……!?」
「隣の個室にいるわ。もう意識も戻ってるんだけど、」
看護師はそこで言葉を詰まらせた。
「……けど、なんですか……?」
看護師が退室してすぐ、秀一は神崎の部屋を訪ねた。ノックをしたあと扉を開けると、ベッドに座っている神崎の姿があった。看護師の話によると右腕の骨折、頭部の打撲はあったが脳波に異常はなく比較的軽い怪我だったという。ただ、
「……神崎」
秀一の声に反応した神崎はハッとして顔を上げ、きょろきょろと見渡した。両目を包帯で巻かれているので秀一がどこにいるのか分からないのだ。
――命に別状はないんだけど、ガラスの破片が両目にたくさん刺さってて、包帯を取った頃には失明してるかもしれないわ。――
光のない世界に戸惑い、左手で不安げに辺りを探っている神崎を、秀一は暫く見つめていた。あれほど自信に満ち溢れて堂々としていた男が何も知らない世界に放り込まれた子どもように動揺している。哀れで、滑稽で、そこはかとなく愛しい。
「どこにいる」
神崎の問いかけに、ようやく動いて神崎の手を握った。握り返されたと思ったら離れて、右往左往しながら秀一の頬を撫でる。
「無事なのか」
「……ああ。庇ってくれたんだってな」
「怪我は」
「切り傷だけだ。……お前は、」
ガラッ、と大きな音で扉が開いた。反射的に秀一は神崎から離れた。病室に現れたのは志摩である。片手にスーツのジャケットを抱えて、冬だというのに額から汗を流していた。
「志摩先生!? どうしてここに」
神崎と志摩の関係を知らない秀一は志摩が来たことに驚いた。志摩はすぐに答えず、真っ先に神崎に近寄った。そして足の上に手を置く。
「正臣、俺だ。勇作だ」
「勇作さん、」
「学会の帰りで、電車に乗ってたらお前んとこの総合病院の救急車が見えて。直後にここの口腔外科の清水先生が電話で知らせてくれたよ。俺とお前のことを話してあるから連絡くれたんだと思う。……怪我は」
「骨折と打撲です。それから目」
「意識がしっかりしてるようでよかったよ」
そして志摩は神崎の包帯に触れ、悔しそうに歯を食いしばった。一部始終をぽかんとして見ていた秀一に向き直り、「ちょっといいか」と誘った。
志摩のあとに付いて病室を出ようとしたら力強く服を引っ張られた。驚いて振り返ると神崎が掴んだらしかった。本人は無表情を保っているが、取り残されることに不安があるのがひしひしと伝わる。その光景に一番驚いているのは志摩だった。秀一はゆっくり服から神崎の手を外し「すぐ戻る」と言い添えた。
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