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カルマの旋律9-2

「佐久間!!」

 けれども秀一は片足を浮かせ、何もないその向こうへ進もうとする。体が傾きかけたところを、腕を掴んで引き戻し、勢いで一緒に倒れ込んだ。神崎に覆い被さる秀一の頭を抱える。顔は熱いが、手足は氷のように冷たい。ふと見渡すと空になった酒の缶や瓶が転がっていた。一体、いつからここにいたのか。あと少し遅ければ秀一は落下していただろう。ハルカが飛び降りたあの瞬間をまざまざと思い出し、心臓がバクバク音を立てた。対して秀一は力なく神崎に体を預けたまま動かない。

「……なんで、来たんだよ……」

「俺のマンションで死ぬな。迷惑だ」

「だったら他で死んでやるよ。離せ」

 神崎は手を離さなかった。自分の体温を分け与えるかのように、冷たい体を抱き締めたままだ。

「俺が憎いくせに……俺はもうハルカの顔じゃないんだ。さっさと追い出せよ。そしたら死ねる」

「死ななくていい」

「死にてぇんだよ」

「死なせない」

 すると秀一は体を震わせた。鼻をすすりながら嗚咽を洩らす。

「死なせろよ、生きてたって俺なんか誰も見向きもしないんだよ。お前だってハルカしか目にないんだ……お、おれなんかに……好かれても迷惑だろうが」

 神崎の知っている秀一は、いつも誰かと群れていて根拠のない自信だけで生きているような自己中心的な男だ。平気で誰かを傷付ける代わりに自分が傷付くことももろともしない、そんな人間だと思っていた。実際そんな人間なのかもしれないが、今、腕の中にいる彼は頼りなくて情けなくて、弱い。もしこれが神崎のせいだとしたら――、

「……お前が、佐久間が、憎い」

「……」

「俺の前から消えるのは許さない」

「まだ仕返し足りないのかよ……」

 まともに歩けない秀一を、神崎はおぶって部屋まで連れ戻した。中年男性にしては軽い。というより、軽くなってしまったのだろう。迎えた多田には食事だけを用意してもらい、あとは自分でやると言って帰らせた。

「でも、先生も休まれたほうが」

「俺は彼を看る義務があるんでね」

 顔は赤いのは単にアルコールのせいだろう。寝ている時ですらどこか体が力んでいる。眉間に皺を寄せた苦しげな寝顔だ。神崎がハルカを想いながら自慰をした夜、最後の最後で垣間見た恐ろしく扇情的だった秀一の顔が頭をよぎった。

 ――抱いてやりゃいいのよ。佐久間秀一として。――

 イメージと実物は別物だ。実際にそうなった時、興奮するだろうか。なにより抱けるだろうか。この男を。抱いてみたいけど、抱きたくない。抱きたくないけど、抱いてみたい。
 神崎の手は知らず知らずに秀一の首元にあった。喉仏に触れる。もっと触りたいような、このまま殺してしまいたい衝動にも駆られた。 秀一が寝返りを打ち、さっと手を離す。少ししてまた寝息が聞こえた。ゆっくりと上下する肩、薄暗い部屋に浮かび上がる輪郭。再び手を伸ばして、襟足に指を絡ませた。短くて硬い、決して触り心地は良くない。指は首筋を辿り、背筋を通る。僅かに肩をすくめた。カットソーの下に指を入れ、裾を持ち上げながら腰のラインを進んだ。

「ん……」

 身じろぎをして、うっすら目を開けた秀一がこちらを見た。起きたのか寝ているのか、意識が行ったり来たりしているようだ。神崎はそのまま裾を押し上げて、あらわになった胸を撫でた。酒のせいか動悸が激しく、熱い。乳首を強めに摘まむと、秀一がハッとして目を開けた。

「なにっ……んっ」

 飛び起きようとするのを、手で口を塞いで抑えつけた。秀一は神崎の手首を掴んでもがいたが、思うように力が入らないのか、まったく意味のない足掻きだった。神崎の指は暫く胸を弄った。指で弾いて、押してくすぐる。柔らかかった乳頭はすぐに硬くなり、綺麗な円が浮き出た。先端の中心に爪を立てると、連動して秀一がのけ反る。アルコールが入っているわりには感度がいい。神崎はその胸に食らい付いて、獣が舌なめずりをするように舌を這わせた。

「んんっ……」

 秀一はあっさり抵抗を止めた。神崎の手首から手を離し、シーツを握り締める。神崎の舌は左右の胸を往復し、秀一の口から手を離すと同時に強く吸い上げた。

「――あっ、あぁ……っ」

 たったこれだけで秀一の息切れは激しかった。このまま続ければもっと苦しくなるのだろうか。試したくなり、神崎は更に腹と脇を辿り、少し盛り上がっている手術痕を傷口に沿って舐め上げた。臍の周り、骨盤とじょじょに下へ向かう。移動する度に秀一の体は活きのいい魚のように跳ねた。

「はぁ、あ、……っ、な、……なんで……」

 ズボンのホック、ボタンを外して、ゆっくりジッパーを下げる。突っ張っている下着はうっすらとシミができていた。下着越しにその昂りを咥え、袋をそっと包み込む。下着はどんどん押し上げられる。ゴムを引っ張ると透明の糸が引いていた。神崎はそれを指に絡めとって、秀一に見せつけた。

「感じるのか」

 秀一は悔しそうに唇を噛みしめたが、否定はしなかった。神崎を睨む眼つきは欲情していて、その眼差しにそそられた。目を合わせたまま秀一のそれを握り、ドアノブを回すように捻る。手の平でピクピク震えていた。

「ん、あ……はあ、あ、あっ……」

「……まだ出る」

 そう呟いたかと思えば、神崎は鈴口に爪を立てて無理やりねじ込もうとする。カウパーは湧き水のように溢れ、そのくせ秀一は痛いと悲鳴を上げた。もっと悲鳴を上げさせてみたくて、その勢いのままに竿を扱く。

「ああぁっ、だ……っ、め、……っ、でるっ」

 その瞬間、勢いよく白濁液が飛んだ。残滓を出し切るために震えが治まるまでこすってやった。秀一のうつろな目から涙が零れた。神崎は自分の衣服を脱ぎ捨てると秀一の腹に跨った。凶器のように漲っている自身に驚いている。秀一の無防備な姿を見下ろしながら自分でこすり始めた。するとゆっくり秀一の手が動いて、神崎のそれを握る。どこか機械的にも見えるが、秀一は神崎の下半身から目を離さず、巧みな強弱をつけて揉みほぐした。限界に近付くのが早かった。神崎は予告もなしに秀一の顔に精を放つ。秀一の手はひと仕事終えたと言わんばかりにシーツに落ちて目を閉じようとしていたが、神崎はまだ治まりそうになかった。腕を掴んで強引に上半身を起こさせると、自分の脚の上に跨がせた。秀一はわけも分からないまま神崎の首に両腕を巻きつける。

「……なんで……こんなこと……」

「俺が知りたい」

 項垂れた秀一のそれを再び揉みほぐすと、すぐに硬くなる。

「あ、……っん、それ、……したら……っ、」

耳元で喘ぐ秀一の息遣いに不覚にも興奮している。それをしながら後ろを指で撫で、少しずつ奥へと侵入した。丁寧な抜き差しを繰り返し、扱いている手とは裏腹にそこは柔らかく探った。しこりに触れると秀一の体が痙攣した。

「はぅあぁっ、ちから、入らな……、んんぁ」

 そして素早く指を抜くと即座に自身を宛がった。逃げ腰の肩を押さえて、沈ませる。

「うあぁっ、っ……いっ……!」

「逃げるな、腰を落とせ」

「あぅ……っ、はあっ、はあっ」

 奥まで取り込みきった頃には秀一はボロボロに涙を流して朦朧としていた。神崎は追い打ちをかけるようにいきなり突き上げた。どうしても逃げようとする腰をしっかり抱いて動けなくする。目の前にある胸を貪ると体をよじらせながら取り乱した。

「あっ、あっ、いやっだ……! だめ、だめ!」

 いい加減に苛立つので体を繋げたままベッドに押し倒した。そして顎を掴んで無理やり向き合わせる。

「目を開けろ、俺を見ろ。逸らすんじゃない。お前は俺に抱かれてるんだ」

「なんで俺を……っ、もう俺はハルカじゃないのに……っ」

 怯えている秀一を凝視する。決して美しくないし、溢れるままに涙を流しているのが嘆かわしい。それでもこの男をどうにかしたいという支配欲。喘がせて啼かせて、そして愛でたい。この男が自分から去るのは許せないと思った。自分を忘れて新しい人生を歩むなんて考えられない。

「一生俺に尽くせ。そうしたらお前を愛してやる」

「……な、なんで」

 そして神崎は再び激しいピストンで追い詰めた。あられもなく泣き叫びながら感じている秀一は、あの夜見た心像よりもはるかに刺激的だった。心臓をもぎ取りたいほど疼くこの感覚に、神崎のほうがおかしくなりそうだ。こんなに憎たらしくて哀れな男を知らない。

「あうぁあっ! はあっ、あっ、イキそっ……!」

 もうほとんど限界を越えかけている秀一を一気に扱き、声を失ったかと思うと盛大に果てた。あとを追って神崎も尽き果てる。とめどなく流れる汗、部屋に響く息切れ、今度こそ意識が飛びそうな秀一の頬に手を添え、神崎は唇を被せた。一瞬だけ強張らせた秀一だったが、すぐに受け入れて自ら口を開いた。

「ん……ふ、……」

 拘束するように絡まる舌は戸惑いだらけで、なかなか離れないのだった。

 あの人は許したのだ
 とうにお前を許しているのだ
 お前のおかげで お前の汚い言葉のために
 熱い涙をとめどなく流していたけれど
 今は 静かに眠っている
 もう再び目を覚ましはしない
 ※(「フライリヒラート詩集」より)

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