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カルマの旋律6-2

 風は強いが天気は良い日だった。日なたに出ると久しぶりに浴びる日光に目を瞑った。キャップの下から空を見上げると、澄んだ青空が広がっている。こんなに晴れた休日に神崎と二人で出掛けるというのが苦痛だ。
 連れて行かれたのはセレクトショップだった。ラグジュアリーなものばかりで、いつもの自分なら入らないような店だ。ぐるりと冷やかしてみたが、気に入るデザインのものはない。手持ちもあまりないので先に出ようとしたら、神崎が呼び止めた。いつの間に見繕ったのか、白のニットとダークグレーのパンツを宛てられる。反抗するのも面倒なので好きにさせておいた。神崎は秀一に意見を求めることはなく、自分の好みと感性だけで秀一の服を選んだ。「お前が勝手に決めるな」という文句を言いたくもあったが、自分の好きなものを選んだところで、それを着て行く場所も見せる相手もいないのでどうでもよかった。結局、服は神崎が勝手に決めたものを買っただけですぐに終わった。随分、体力のなくなった秀一は怠くて仕方がなかった。車の中では力なく腰掛けたまま目を瞑っていた。

「辛気臭い顔ばかりするな」

 と、言われて目を開けた。

「お前と出掛けて何が楽しいんだよ」

「せっかく似合う服を買ってやったんだ。礼のひとつも言えないのか?」

「偉そうに言うな。誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ。服なんかいらない。高い食材もいらない。早く元の顔に戻せ」

「そんな無礼な態度では当分、無理だな。まず歯向かうのをやめればどうだ。お前も抵抗すればするだけ無駄だと分かってるだろう」

「神崎の言いなりなんかまっぴらごめんだ。ムカつくんだよ。何を買うにしてもいちいち高いモン選びやがって。嫌味な奴は大嫌いだ」

「これが俺の普通だったんだ。お前の基準なんか知らない」

 秀一は神崎がどういう家に生まれたのか、ふと気になった。だが、わざわざ質問してまで聞きたくもないので受け流した。「天性の嫌味野郎」と呟いたら、ミラー越しに神崎が少しだけ笑ったのを見た。
信号待ちで停車した時、神崎が秀一のキャップを取った。返せ、と言いかけたところに、新しいハンチング帽を被せられる。

「季節感のない格好も見るに耐えないんでね」

 秀一は思った。もしかしたら従順にしていれば、神崎はそのうち張り合いがなくなって復讐心が薄れるのではないか、と。そうなったら鬱陶しくなって追い出したくなるはずだ。その時なら手術をしてくれるかもしれない。
 マンションに着き、リビングに入ると神崎は先ほど買った服をさっそく着てみろと指示する。面倒だが、秀一は言う通りにした。細くなった体にフィットしたパンツと白のセーター。全身鏡の前に立たされる。秀一は鏡に映ったハルカの顔をした自分の姿にまた嫌な気持ちになった。やっぱりいつまで経っても慣れない。秀一の背後に神崎がまわり、後ろから手が伸びて、頬、首、肩と撫でられる。

「似合うじゃないか」

「……」

「きみにぴったりだ」

 うっとりしているような神崎の眼差し。両手がセーターの上を滑り、前へまわると服の下に手を入れた。ひやりとした指で、胸を触られる。「――あ、駄目だ」と、思った。こうなった時の神崎はまるで秀一の意志を無視する。いつも冷たくて鋭い、軽蔑の眼差しを寄越すのに、今は鳥肌が立つほど優しい。そして必ずこう呼ぶ。

「ハルカ、とても素敵だよ」

 神崎が秀一の好みでない服ばかりを選んだのが分かった。彼は「秀一」に似合う服を選んだのではない。「ハルカ」に似合う服を選んだのだ。今の神崎の目に、秀一は栄田ハルカとして映っている。そこに佐久間秀一は存在しない。神崎は栄田ハルカを愛していたからこそ、彼を振って自死に追いこんだ秀一を決して許さない。二度と手に入らないからこそ異常なまでに執着している。秀一はもう一生、元の顔に戻れない気がした。
 
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