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カルマの旋律4-4

 ―――

 神崎の家は嫌味なほど高級なマンションだった。ロビーでインターホンを押すと、名乗るまでもなく自動ドアが開かれ、最上階の角部屋へいざなわれた。マフラーで顔をぐるぐるに巻いてキャップを深く被って現れた秀一を、神崎は鼻で笑った。

「どこの犯罪者かと思われるぞ」

「こんな顔、人前に晒せるか」

「せっかく綺麗な顔にしてやったのに」

 マフラーとキャップの隙間から睨み付けた。
 部屋に入って長いアプローチを進むと、ひとり暮らしには広すぎるリビングがあった。大きなアイボリーの皮のソファと、壁に備え付けられた液晶テレビ。ガラス製のテーブルにはワインボトルとグラスが二脚あった。まさか仲良く酒でも飲むつもりじゃないだろうな、と眉を寄せた途端に予想が当たった。

「赤ワインは飲めるか」

「いらねぇよ、さっさと用件を言え」

 神崎は構わずグラスにワイン注ぐ。鮮やかでありながら、濃くて毒々しいほどの赤紫のそれはどこか血を思わせた。神崎がそのグラスを手に取り、ワインをひと口含んだ。開放的なシャツの襟から見える喉仏が上下に動く。

「新しい顔はどうだ」

「おかげで外にも出られないし、会社にも行けなくなって辞職するはめになったよ」

「それはおかしいな。その顔なら堂々と街を歩いても恥ずかしくないはずだぞ」

「お前はこうなることを望んだんだろうが!!」

 ワイングラスを取って神崎に向かって投げた。グラスは神崎の肩に当たったあと床に落ちて割れた。神崎のシャツにはワインが赤々と滲んだ。

「戻せよ! もう一回手術しろ!」

「そう言われてすると思うのか。言ったはずだ、お前もあいつの死を背負えと。お前は一生、鏡を見る度に懺悔しろ」

「ハルカが死んだのは俺のせいじゃない!」

「……あの日、栄田はここ暫く佐久間と連絡が取れないからと藁をも掴む思いで俺を訪ねてきた。お前と連絡が取れないあいだ、相当思い悩んだようだった。高校時代に性的指向のことで敬遠されて、対人関係にもトラウマがある。お前が女と一緒に会社から出てくるのを見るまで、栄田はお前のことを案じていたんだ。それなのにお前ときたら」

「――俺のせいで死んだとしても、俺にはどうすることもできないぜ」

「お前がどうすればいいかは俺が決める」

 神崎は秀一の顔を巻いているマフラーとキャップを強引に外した。

「なっ……」

 栄田ハルカの顔が明るい部屋の中で晒される。神崎に一歩一歩近づかれる度に秀一は後ずさった。壁に背をつき、神崎の腕が伸びて頬に触れる。鳥肌が立った。

「本当に惚れ惚れするよ。やっと俺の理想の顔を作ることができた」

 神崎の眼鏡に怯えたハルカの顔が映っている。これが今の自分の顔だというのだから本当に嫌になる。

「佐久間、お前、栄田を抱いたんだろう。彼の体はどうだった」

 いきなりそんな質問をされて顔をしかめた。覚えてないと反発しようとしてやめ、そして薄ら笑いを浮かべて言ってやった。

「すげぇ良かったぜ。俺の下で気持ちいいってよがりながらしがみついてきたよ。神崎こそ残念だったな。ずっと惚れてた奴の体にも触れずに死なれてよ。そりゃ許せねぇわな」

 すると絞殺されそうな力で首を掴まれ、傍にあったソファに投げ倒された。咳込んで油断した隙に両手首を取られ、神崎のネクタイで後ろ手に縛られた。乱暴に髪を掴まれ、仰向けにされる。痩せて力まで弱くなってしまったのか、抵抗する間もなく神崎に組み敷かれた。カットソーを両胸まで捲られる。

「なに考えてんだ! どけ!」

 両脚で足掻こうにも、太腿の上に跨られているのでびくともしない。神崎は秀一の肌を、骨の構造を確認するかのように、指でなぞった。恐怖とくすぐったさで粟立つ。腹の手術痕でいったん指を止め、「合併症はなかったのか」と呟いた。やや残念そうにも見えた。そして痕に沿って、また指を這わせる。

「ふん、気に食わないが肌理は細かいな。こんな細い体で本当に男を抱いたのか? 抱けたのか? お前が」

「痩せたのはっ……最近だ……!」

 親指で乳頭をぐっと押された。そのまま回すようにこねられ、ゆっくり親指が離れると、突起が現れた。

「っぁ、な……ば、……変態……!」

 更に爪で先端をカリカリと掻かれ、体に電流が走った。神崎は反対側の乳首も同じように弄り、秀一の両胸は少し赤みを帯びて立ち上がった。よく女に見る反応を自分の体で感じて、恥ずかしくてたまらない。しかも相手は神崎だ。情けないことに胸の刺激は下半身に直結しているらしく、意思と関係なく僅かに自身が反応した。

「素直だな」

「お前……! ぜってー殺す……!」

「どうせ事故に遭ってから碌な処理も出来てないんだろう。俺が抱いてやろうか。『栄田ハルカ』として」

「ふっ……ざけんな……!」

「彼を抱いたことがあるお前なら、どんな反応だったか覚えているだろう。俺の目の前で、それを再現してみろ」

「い、嫌だ! やめろ、どけ! てめぇイカれてる!」

「せっかく美しくなったんだ。可愛く啼いてくれよ」

 神崎は突っ張っている秀一の胸を口に含み、先端を歯で挟んだ。

「アッ――……、ぅ、」

 血が滲まない程度に引っ張り、パッと離すと舌でぬるぬると転がす。胸から体の奥がじんじんと痺れて、望まない勃起で下半身が窮屈だった。

「ん、く……、やめ……ろ……」

 神崎はしつこく両胸を攻めた。舌で押し転がし、噛んでは引っ張る。秀一の胸はあっという間に真っ赤になって痺れた。ボトムスと下着をずらされる。秀一は背中を丸めて抵抗しようとしたが、両手も両脚も自由を奪われているので時間稼ぎにもならなかった。一気に下ろされると漲っているそれが姿を見せた。秀一は顔を背けてギュッと目を窄める。

「こっちを向け」

 頬に手を添え、振り向かされたと同時に神崎の顔に唾を吐きかけた。神崎は唾のついた眼鏡をゆっくり外してサイドテーブルに置くと、今度は秀一のマフラーで口周りを巻いた。

「んんーっ!」

「お前はあの日からまるで進歩がない。唾を吐くしか思いつかないのか? 下等だな」

 そして手は下半身に移動して、秀一のそれを揉みほぐした。

「んっ……ふ、……ぅ」

「口でどう言っても体は正直だな。これだけ濡らしておいてまだ口答えするのか?」

 声が出ない、目も閉じているのに、くちゃくちゃという水音だけははっきり聞こえる。それが羞恥心を倍増させる。上下に扱かれ、柔らかい筒の中に納まっているような感覚だ。だが、時折亀頭を撫でたり、袋を揉む動きは紛れもなく人の手だ。他人による手淫にここまで敏感になったのは初めてかもしれない。全身の血がそこに集中して、指のひとつひとつが触れる度にビクビク痙攣してしまう。どんな女としても、ここまで濡れたことはなかった。

「んんぅ……、ふーっ、ふーっ」

「イキそうか?」

 グリッと亀頭を押されて、秀一は神崎の手の中に放精してしまった。死にそうなほど悔しいけれど、死にそうなほど快感だった。左目から涙がひと粒零れた。その眼で神崎を睨み付けたら、ふう、と溜息をつかれた。

「絵的には縛らないほうが美しいんだがな。今日は仕方ないだろう。……お前がイッたように、栄田もイッたのか? 彼ならもっと艶めかしくのけ反るんじゃないか?」

 そんなことは知らない。秀一がハルカと肌を合わせたのは一度だけだし、それも自分が早く達したいために強引に突き進んだので、ハルカはよがるどころか痛がっていた。最後にフェラをさせてそれきりなので、秀一はハルカがセックスで果てる姿を見たことがない。子どもじみたホラを吹いたせいで、こんな目に遭ってしまった。

「栄田は、こっちはどうだったんだ?」

 と言って、両脚を開き、会陰をなぞった。ビクッと体が跳ねる。秀一は震えながら首を横に振った。けれどもその反応を待っていたかのように、神崎の指は後孔に攻め入った。たった指一本で吐きそうな異物感だ。神崎は「狭いな」と言いながら指を掻き回し、肉壁を割っていく。

「んぐぐ……」

「力を抜け。増やすぞ」

 馴染んでもないのに指がもう一本、侵入してくる。折り曲げたり回したりしながら慣らしてくる神崎の指が嫌だった。指使いひとつで、自分が女にしてきたことが思い出される。自分が女になったようだった。神崎は随分、長いあいだ指で解した。滑りが悪くなると唾液や体液を塗りたくる。次第に異物感に慣れて、快感とまではいかなくても心地良さを感じてしまった。

「ん、んん……」

「いい表情じゃないか」

 耳元でそう言われて、かあっと顔が熱くなる。唐突に指を抜かれたと思ったら、今度は指より大きな、熱くて硬いものが当たった。宛てがわれるだけで圧迫感がある。ぞっとして目を開けたら、神崎の見事なまでのそれが押し当てられていた。

「……っ、んーっ!」

 ぶんぶん首を振っても神崎は勿論、聞き入れない。ニッと笑ったかと思うと、その瞬間に体を貫かれた。指とは比べ物にならない痛みだ。秀一は喉を反らせ、目を大きく見開いて息を詰まらせた。

「――……キツイな」

「ぐ……、ふ」

 そしてゆっくり、ギリギリまで抜いたと思ったら再び奥まで挿される。それを何度も繰り返した。秀一は首を振って拒否を示すしかなかった。もがいて訴えても無理だった。神崎は完全に支配した眼で微笑している。

「痛いか、苦しいか」

「んっ……」

「栄田は……っ、」

 神崎の腰が引き、

「気持ちいいと、よがったんだろう?」

 ズン、と押し込まれる。

「ううっ、う、……んんんっ」

「どこがいいと、」

「ふうぅう……っ」

「啼いたんだ?」

 もう勘弁してくれと叫びたかった。痛くて苦しい、なのにどこか気持ちいいとさえ思っている。これ以上されたらとてもじゃないが正気でいられないだろう。萎えていたはずの下半身がまた反応を見せた。神崎はわずかな膨らみを見逃さず、腰を振りながら握った。そして追い打ちをかけるように扱きだす。

「んんんぅ……っ、」

 完全に抵抗する意志をなくしたところでマフラーを解かれた。塞がれていた栓を外されて、溢れ出すように秀一は声を上げた。

「あぁっ! ん、い、イクっ、イく――ッ!」

 その姿に、神崎は息を切らせながら歯を見せて笑った。そして秀一の精が弧を描いて放たれたと同時に、神崎も達したのだった。

 力なく横たわる秀一の顔を両手で包み、愛でるように撫で、そして囁いた。

「ああ、可愛いよ、……ハルカ」

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