カルマの旋律4-3
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秀一は決して美青年とまではいかなかったが、奥二重で釣り気味の目は野性的で、鼻梁も通ったそれなりに整った顔立ちだった。睡眠不足になると奥二重がはっきりとした二重になって少し目が大きくなるところがいいと、かつて付き合っていた彼女に言われたことがある。じゃあ、プチ整形でもして二重になろうかと冗談で言ったら「たまに見るからいい」のだと拒まれた。そんなたいして自慢にもならない、とっくに忘れていた些細なエピソードを、鏡に映った大きな目を見て思い出した。
アーモンド形で小動物のような愛らしさ。小さな鼻と口。ひと目みただけで「栄田ハルカの顔」と分かる。本物と比べてみたらどこかに差異はあるかもしれない。それでもここまで同じ顔に整形できる神崎の腕が恐怖だった。体も事故に遭うまでは程よく筋肉がついて引き締まっていたのに、碌に食事ができずに痩せてからは貧相になった。体つきと顔の雰囲気がアンバランスであればまだ良かったかもしれない。けれども細くなった体とハルカの顔が妙に合っていて、まるで丸ごと栄田ハルカになってしまったようだった。
無事に退院はできたものの、とてもじゃないが外を出歩く気分になれなかった。病院から家に帰るまでのあいだですら通行人の視線が気になって仕方がない。ハルカは知る人ぞ知るピアニストだったので、誰かに間違われて声を掛けられたらどうしようという不安があった。当然、会社にも出られない。ガラリと顔と雰囲気が変わった自分を周りはどういう風に捉えるのかと考えると憂うつだ。傷が残っていた時のように気味悪がられるのは懲り懲りだし、そうかと言って絶賛されても嫌だ。考えれば考えるほど塞ぎこんでしまい、無断欠勤が続いた。上司や先輩からの電話にも居留守を使うか、ひたすら謝るしかできない。どうせこのままではクビになる。ならばいっそ自分から離れようと決意して、秀一は会社を辞めた。
引きこもる毎日を過ごすうちに、今度は目先の心配をする必要が出てきた。会社を辞めた今、すぐにでも仕事を探さなければ家賃も払えないし、食事もできない。現実を直視するようになると、神崎に対しての怒りが再び湧いた。
――あいつ絶対許さねぇ……!
気付けば季節は秋を迎えていた。ある日曜の朝、滅多に鳴らないインターホンが鳴って目を覚ました。布団から出ると部屋の空気がひやりとして身震いをする。
『手術終わってからずっと連絡ないから心配でさ……。来ちゃったよ。具合はどう?』
唯一、秀一を心配して川村が見舞いに来てくれた。けれどいくら川村でも、真実を話すのもこの顔を見られるのも辛い。秀一はインターホン越しに「風邪を引いていて、うつすといけないから会えない」と断った。
『そっか。……あのさ、ついでなんだけど、神崎から伝言があって』
「神崎から!?」
『うん、手術の具合知りたくて、昨日神崎の医院に行ったんだ。そしたら本人が出てくれて、術後の経過は順調だって』
順調なわけあるか、と叫びたかった。
『今日、神崎の家に来いって』
「誰が」
『お前が、神崎の家に。地図はアプリで教えてもらったから、あとで送っとく。あいつ、昔から誰とも慣れ合わない奴だったから、神崎と連絡先交換したのちょっと新鮮だったわ』
笑いながら言っている。なに呑気に連絡先を交換してるんだと呆れた溜息が止まらない。川村は最後にお大事に、と言い残してインターホンの通話を切った。神崎の家までの地図が送られてきたのはその僅か二分後だった。
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秀一は決して美青年とまではいかなかったが、奥二重で釣り気味の目は野性的で、鼻梁も通ったそれなりに整った顔立ちだった。睡眠不足になると奥二重がはっきりとした二重になって少し目が大きくなるところがいいと、かつて付き合っていた彼女に言われたことがある。じゃあ、プチ整形でもして二重になろうかと冗談で言ったら「たまに見るからいい」のだと拒まれた。そんなたいして自慢にもならない、とっくに忘れていた些細なエピソードを、鏡に映った大きな目を見て思い出した。
アーモンド形で小動物のような愛らしさ。小さな鼻と口。ひと目みただけで「栄田ハルカの顔」と分かる。本物と比べてみたらどこかに差異はあるかもしれない。それでもここまで同じ顔に整形できる神崎の腕が恐怖だった。体も事故に遭うまでは程よく筋肉がついて引き締まっていたのに、碌に食事ができずに痩せてからは貧相になった。体つきと顔の雰囲気がアンバランスであればまだ良かったかもしれない。けれども細くなった体とハルカの顔が妙に合っていて、まるで丸ごと栄田ハルカになってしまったようだった。
無事に退院はできたものの、とてもじゃないが外を出歩く気分になれなかった。病院から家に帰るまでのあいだですら通行人の視線が気になって仕方がない。ハルカは知る人ぞ知るピアニストだったので、誰かに間違われて声を掛けられたらどうしようという不安があった。当然、会社にも出られない。ガラリと顔と雰囲気が変わった自分を周りはどういう風に捉えるのかと考えると憂うつだ。傷が残っていた時のように気味悪がられるのは懲り懲りだし、そうかと言って絶賛されても嫌だ。考えれば考えるほど塞ぎこんでしまい、無断欠勤が続いた。上司や先輩からの電話にも居留守を使うか、ひたすら謝るしかできない。どうせこのままではクビになる。ならばいっそ自分から離れようと決意して、秀一は会社を辞めた。
引きこもる毎日を過ごすうちに、今度は目先の心配をする必要が出てきた。会社を辞めた今、すぐにでも仕事を探さなければ家賃も払えないし、食事もできない。現実を直視するようになると、神崎に対しての怒りが再び湧いた。
――あいつ絶対許さねぇ……!
気付けば季節は秋を迎えていた。ある日曜の朝、滅多に鳴らないインターホンが鳴って目を覚ました。布団から出ると部屋の空気がひやりとして身震いをする。
『手術終わってからずっと連絡ないから心配でさ……。来ちゃったよ。具合はどう?』
唯一、秀一を心配して川村が見舞いに来てくれた。けれどいくら川村でも、真実を話すのもこの顔を見られるのも辛い。秀一はインターホン越しに「風邪を引いていて、うつすといけないから会えない」と断った。
『そっか。……あのさ、ついでなんだけど、神崎から伝言があって』
「神崎から!?」
『うん、手術の具合知りたくて、昨日神崎の医院に行ったんだ。そしたら本人が出てくれて、術後の経過は順調だって』
順調なわけあるか、と叫びたかった。
『今日、神崎の家に来いって』
「誰が」
『お前が、神崎の家に。地図はアプリで教えてもらったから、あとで送っとく。あいつ、昔から誰とも慣れ合わない奴だったから、神崎と連絡先交換したのちょっと新鮮だったわ』
笑いながら言っている。なに呑気に連絡先を交換してるんだと呆れた溜息が止まらない。川村は最後にお大事に、と言い残してインターホンの通話を切った。神崎の家までの地図が送られてきたのはその僅か二分後だった。
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