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ゆめうつつ 7

 決算が落ち着いて仕事も楽になるかと思ったが、今度は国税局が入るというのでまた忙しい日々になった。朝から晩まで会社に拘束されるのはうんざりするが、松岡からの誘いを断る言い訳にはできた。今度会ったまた流される。そもそも前回も会うべきじゃなかったのだ。
 あの夜から何度か松岡から電話やメッセージが入ったが、メッセージは「忙しいから」と終わらせ、電話は取らないようにした。
忙しさにかまけて拒み続けていたら、連絡は減っていった。安心と同時に「ほらみろ」と失望もした。もう振り回されるのはごめんだ。

「しょっぺぇな」

 ある日曜の昼、出張や飲み会で外食続きだった五十嵐に食事を作ったらいきなり駄目だしをされた。味噌汁の味噌の分量を間違えたようだ。魚は焦げているし、煮物も味付けがいまいちだ。学生時代から自炊はしていたので料理をしてもそれほどおかしなことにはならないはずだったのに、気持ちの不安定が反映されたのか、どれも美味いと言えるものじゃなかった。

「料理すること自体、久しぶりだしな」

「んーむ、香ばしすぎる魚……」

「無理して食わなくていいよ」

「いや、食うよ。家で食うの久しぶりだもん」

 五十嵐はそう言ってご飯粒ひとつ残さず完食した。

「やっぱり司と住んで良かったよ。家に帰ったら部屋が涼しいっていいな。ビールも常にあるし、マズいけどメシも作ってくれる」

「夜はお前が作れよな」

「スーパーの出来合いと出前、どっちがいい?」

「どっちも嫌だ」

 ははは、と笑う五十嵐を見て、つられて笑った。誰かと一緒にいると気が紛れる。億劫だった同居生活は司にとってもよかったらしい。

「また辛気臭いな。今度は何があったんだよ」

 やっぱり五十嵐は鋭い。

「……寄り戻そうって」

「不倫?」

「あ、結婚はしてないんだって。指輪は仕事上、信頼を得るためのカモフラージュだって、このあいだ会った時に言ってた」

「なんだそりゃ。でも、よかったじゃないか。戻せば?」

「簡単に戻れる相手なら悩まないよ」

「だからどんな奴なんだよ」

「言わない」

「この秘密主義め。イマドキ付き合うか寄り戻すかで立ちはだかる弊害なんて、しれてるだろ」

 ふとテレビのニュースが目に入った。ある国で同性同士の婚姻が認められたという内容だった。

「いまや性別の壁さえ越えられるんだぜ。なんの問題があるのか知らないけど、難しく考えなくていいんじゃないの」

 それでも、そんな問題を乗り越えられるのはごく一部の人間だけだ。実際は認められたといっても知らないところでさんざん苦しんできたはずだし、これからだって色々あるに違いない。

 松岡と会えたのは嬉しかった。元気そうにしている姿を実際に見て安心もした。指輪を見てショックを受けたが、同時にその姿が自然なもので、やはり松岡の隣にいるべきは自分ではないのだと改めて感じた。
 松岡も自分も、もともと同性が好きというわけではないのだ。いつかどちらかに相応しい相手が見つかったら、また傷付くか傷付けるかしなければならない。そういう不安をずっと抱えていくのは辛い。壁を乗り越えられる自信がないから六年前に別れたのだということを、忘れるわけにはいかなかった。

「そういえば司、最近忙しいの? けっこう遅いよな」

「国税が入ってるんだ」

「げ。なんかヤバイことやったの?」

「ヤバイことだらけだよ。もうこの仕事落ち着いたら本当に転職する」

「体だけは壊すなよな。また顔色悪いぜ」

「五十嵐に心配されると変な感じ」

「俺はいつだってお前を心配してるぜ」


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