ゆめうつつ 5
六月の中旬になって慌ただしく引っ越した。五十嵐がほとんど手配してくれたおかげで司は荷物を運ぶだけで済んだ。愛着のある部屋を出る寂しさと、いくら友人とはいえ他人と一緒に暮らすことに不安はあるが、成長しない自分を改めるにはいい機会かもしれなかった。
連絡をすると言っておきながら、松岡から電話が掛かってきたことはない。松岡はいつもそうだった。口では期待を持たせることを言っても、結局放置する。その度に松岡にとって司はそれほど重要な存在ではないと思い知らされる。仕事でもよほどのことがない限りやりとりはしないし、会議もそうそうないので、顔を合わせることもない。もう本当に吹っ切らなければと思った。
「司―、ちょっと休もうぜ」
まだ段ボールが積まれている横で、五十嵐が団扇を扇ぎながら言う。
「まだほとんど片付いてないじゃないか」
「だって暑くてやる気でねぇよ。早くエアコンつけてくれないかな」
「とりあえず共同のもんは俺が片付けるから、開いてもいい段ボール出しといて」
「お、全然乗り気じゃなかったけど、急に張り切り出したな」
「張り切ってるわけじゃないけど」
「そういえば、その後どうなの? 例の好きだった人」
「別に何もないよ。会ってもないし」
「なーんだ。最近、調子がいいみたいだから寄り戻ったかと思った。それとも空元気か?」
しいて言うなら後者だ。五十嵐は鋭い上に物言いに容赦がないので、時々腹が立つ。
「相手は結婚してるって言っただろ、……たぶん」
「怖くて聞けてないってか」
司のスマートフォンが鳴った。まさか、と思って慌てて確認したら、こういう時に限って予想外の人物から掛かってくる。中学からの、親友とも呼べる存在の友人だ。
「祐太?」
『司―! 元気? お前、全然連絡してくれねぇから寂しいじゃんか』
「忙しかったんだ。元気だよ。祐太は元気そうだな」
遠くで子どもの声が聞こえた。祐太の「あっち行ってろ」とあしらう声に微笑ましくなる。彼はもう父親なのだ。
『ラインしようかと思ったんだけど、電話のほうが早いから。お前、地元帰ってくる日ないの?』
「今のところない」
『ちぇ、会いたいのに』
「お盆は休み取って帰るよ。その時に会おう」
『お盆? ちょうどよかった。十五日に高校の同窓会があるんだ。一緒に行こうぜ』
「いや、十五日までいるかは分からない」
『休み取れそうなら取れよ。十三日は二人で会おう』
「勝手に決めるな」
『詳細はラインするよ。じゃあねー』
一方的に切れてしまった。一部始終をうかがっていた五十嵐が「誰?」と訊ねてくる。
「中、高の友達。夏に会おうって話」
「ちょっと声聞こえてたけど、お前も大変だなぁ。色んな人に振り回されて、そういう星のもとに生まれた人間なんだな」
「一番振り回してる奴が言うなよ」
「いや、俺よりもっと振り回してる奴がいるだろ。ということで、今夜はピザにしようぜ。ちなみに悪いんだけど、さっそく明日から三日間東京出張だから、エアコン来たらよろしく頼むよ。じゃ、ちょっとひと眠りしてくるわ」
「おい」
「昨日も遅かったんだよ。おやすみー」
五十嵐が自室に入って司はリビングにひとり取り残された。なんでこうも自分が親しくなる人間はみんな自分勝手なんだと思う。馬鹿らしくなって自室に戻ろうとしたら、司を一番振り回す、一番自分勝手な人間からメッセージが入った。
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連絡をすると言っておきながら、松岡から電話が掛かってきたことはない。松岡はいつもそうだった。口では期待を持たせることを言っても、結局放置する。その度に松岡にとって司はそれほど重要な存在ではないと思い知らされる。仕事でもよほどのことがない限りやりとりはしないし、会議もそうそうないので、顔を合わせることもない。もう本当に吹っ切らなければと思った。
「司―、ちょっと休もうぜ」
まだ段ボールが積まれている横で、五十嵐が団扇を扇ぎながら言う。
「まだほとんど片付いてないじゃないか」
「だって暑くてやる気でねぇよ。早くエアコンつけてくれないかな」
「とりあえず共同のもんは俺が片付けるから、開いてもいい段ボール出しといて」
「お、全然乗り気じゃなかったけど、急に張り切り出したな」
「張り切ってるわけじゃないけど」
「そういえば、その後どうなの? 例の好きだった人」
「別に何もないよ。会ってもないし」
「なーんだ。最近、調子がいいみたいだから寄り戻ったかと思った。それとも空元気か?」
しいて言うなら後者だ。五十嵐は鋭い上に物言いに容赦がないので、時々腹が立つ。
「相手は結婚してるって言っただろ、……たぶん」
「怖くて聞けてないってか」
司のスマートフォンが鳴った。まさか、と思って慌てて確認したら、こういう時に限って予想外の人物から掛かってくる。中学からの、親友とも呼べる存在の友人だ。
「祐太?」
『司―! 元気? お前、全然連絡してくれねぇから寂しいじゃんか』
「忙しかったんだ。元気だよ。祐太は元気そうだな」
遠くで子どもの声が聞こえた。祐太の「あっち行ってろ」とあしらう声に微笑ましくなる。彼はもう父親なのだ。
『ラインしようかと思ったんだけど、電話のほうが早いから。お前、地元帰ってくる日ないの?』
「今のところない」
『ちぇ、会いたいのに』
「お盆は休み取って帰るよ。その時に会おう」
『お盆? ちょうどよかった。十五日に高校の同窓会があるんだ。一緒に行こうぜ』
「いや、十五日までいるかは分からない」
『休み取れそうなら取れよ。十三日は二人で会おう』
「勝手に決めるな」
『詳細はラインするよ。じゃあねー』
一方的に切れてしまった。一部始終をうかがっていた五十嵐が「誰?」と訊ねてくる。
「中、高の友達。夏に会おうって話」
「ちょっと声聞こえてたけど、お前も大変だなぁ。色んな人に振り回されて、そういう星のもとに生まれた人間なんだな」
「一番振り回してる奴が言うなよ」
「いや、俺よりもっと振り回してる奴がいるだろ。ということで、今夜はピザにしようぜ。ちなみに悪いんだけど、さっそく明日から三日間東京出張だから、エアコン来たらよろしく頼むよ。じゃ、ちょっとひと眠りしてくるわ」
「おい」
「昨日も遅かったんだよ。おやすみー」
五十嵐が自室に入って司はリビングにひとり取り残された。なんでこうも自分が親しくなる人間はみんな自分勝手なんだと思う。馬鹿らしくなって自室に戻ろうとしたら、司を一番振り回す、一番自分勝手な人間からメッセージが入った。
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