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ゆめうつつ 4

 ***

 週明けの月曜日、昼休憩に入る直前で司に内線電話があった。受付から「来客がある」と言われた。来客の予定はなかったはずだけど、と不思議に思いながら相手が誰かと訊ねると、

『M銀行の松岡様です』

 急いでロビーに向かうと、入口の長椅子に座っている松岡の姿があった。

「松岡……さん、お待たせしました」

 立ち上がった松岡は相変わらず姿勢が良く、屈託ない笑顔で応える。年月が経ったせいもあり、社会人としての初々しさはとうに消え、少しばかりの貫禄さえ感じられた。

「急で申し訳ございません。お願いしていた書類を受け取りに参りました」

「え? 書類?」

「今朝、白川さんに三ヵ月分のキャッシュフローをもう一部お願いしていたんです。白川さんから笠原さんに預けておきますと連絡があって」

 そんな話は聞いていない。白川は朝から色んな部署に打ち合わせに出ているので忘れているのかもしれない。司は伝達が上手くできていなかったことを詫びた。
 書類を取りに行って再びロビーに下りた時、ちょうど昼休憩に入るチャイムが鳴った。

「今から昼休みですか? 変なタイミングで訪ねてしまって申し訳ない」

「いえ、こちらこそ。よろしくお願いします」

 そしてその直後に松岡の態度が変わった。

「ところで、俺が言わなくちゃ、お前はそうやっていつまでも他人行儀なのか?」

 うろたえると松岡が微笑んだ。司の反応を楽しんでいるようだ。

「昼休みだから今は仕事中じゃないんだし、普通に喋ってくれよ」

「は、……はい」

「久しぶりだな」

「……お久しぶりです」

 少し泣きそうになった。改めて再会したのだと実感する。もう一度目の前で、松岡の穏やかに笑う顔を見られると思わなかった。けれども懐かしさを噛みしめている司の傍らで、松岡は笑いを堪えている。

「……何かおかしいですか」

「だって、あの笠原が会議で『損益計算書が~』なんて言ってるのを見て、なんか変な感じで。ごめん、笑っちゃ駄目なんだけど、昔を知ってるだけにおかしくて」

「これから会議の度にそうやって笑うんですか」

「怒るなよ。成長したなぁって嬉しいんだよ。……しっかりやってるみたいで安心した」

「先輩も……お元気そうで、……何よりです」

 言いながら松岡の薬指を見てしまう。やはり見間違いじゃなかった。「結婚されたんですね」と聞いて、ひと言祝いの言葉を言わなくちゃと思うのに、気付かない振りをした。我ながら女々しくて狡い。

「笠原はずっと神戸にいたの?」

「あ、はい。学生時代からのアパートにずっと住んでます」

「……そうか。居心地よかったよな、あの部屋」

「そ、うですね。……先輩は?」

「お前と最後に会ったあと、すぐに名古屋に異動になったんだ。それから大阪。で、去年また神戸に戻ってきた。まさかこんな形で再会すると思わなかったけど、また会えて嬉しい」

 松岡はただ「後輩」との再会を喜んでいるだけだ。期待しちゃいけないと分かっているのにどうしても自分の都合のいいように捉えたくなる。

「番号は変わってない?」

「え?」

「お前、すぐ電話番号変えて逃げようとするからなぁ」

「……一度だけですよ。変わってません」

「よかった。また連絡するよ」

「え……」

「迷惑かな」

「迷惑じゃないけど……」

 困る。どういうつもりかは知らないが、松岡が過去をすっかり清算して純粋な付き合いを求めてそう言っているのなら、期待に応えられるかどうか自信がない。

「俺、今度引っ越すんです。大学の時の友達とルームシェアしようって話になって」

「ルームシェア?」

「独り身同士、そういう話になっちゃって。だから暫く忙しいんですけど、……時間が、できたら……連絡します」

「ふぅん……。でもお前からの連絡待ってたら一生かかってこないだろうから、こっちから掛けるよ。都合が悪かったら断ってくれていい。じゃあ、今日は失礼するよ」

 松岡は軽く手を挙げ、司の返事を待たずに背を向けた。強引に決めるくせに最終判断は司に任せる。優しくて自分勝手なところは変わらない。


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