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Ⅵ—2

 司の思いが通じたのか、たまたま祐太から神戸に遊びに来たいと電話があった。司は五月の連休に、とさっそく声をかけた。祐太も就職先が決まったらしく、卒業までは遊びまくるのだと浮かれていた。

 東京から神戸まで新幹線で来た祐太を、駅まで迎えに行く。列車から降りた祐太は、小さめのボストンバッグを片手に、エスカレーターを駆け上がってきた司に向かって手を振った。祐太がどこにいるのか、暫く分からなかった。というのも、髪の色がまた変わっているからだ。

「また染めたのか」

「控え目に、茶色にしたよ。無難だろ? 入社式までにはまた黒にするから。で、どこ連れてってくれんの?」

「は? そんなの考えてないけど」

「フツー、客をもてなす時はなんか考えるだろ!?」

「お前が好きそうな居酒屋は知ってるよ」

「じゃあいいや。俺、行きたいとこあんの」

 服を買いたいというので、司は祐太に付いて回った。祐太はデパートや商店街にある服屋には一切寄らず、路地や高架下にあるショップを回った。司は神戸に三年半住んでいるが、祐太の選ぶ店は一度も行ったことがない。祐太は辺鄙な場所ですら迷いなく入る。一体どこで知ったのか不思議に思った。

「前に神戸来たことがあって、その時に知ったんだ。なんでお前知らないんだよ。住んでるくせに」

「俺、服は大阪で買うのが多いから」

「へー、じゃあ俺も今度大阪行ってみようかな」

 こう言っては申し訳ないが、祐太には野球のユニフォームのイメージが強いので、彼が服やアクセサリーを真剣に選ぶ姿は司にとって違和感を覚えるものがあった。可笑しいと言うほうがしっくりくる。司の好みと祐太の好みは違うが、祐太が手に取るものはなかなかセンスがよかった。ただ、購入するものは全く別で、迷った末に無地のTシャツを選ぶなど、時々首を傾げてしまうところがあった。
 そのあと、南京町に行きたいというので一緒に食べ歩いた。祐太に付き合って食べると胃が破裂しそうになる。それなのに祐太は夕食の話をするのだ。中学からの付き合いだが、彼のエネルギーには感服するばかりだ。

「司に報告があるんだけど」

 居酒屋に入る直前まで食べていたのにも関わらず、祐太は注文した大量のつまみをまた胃袋に納める。司は見ていて吐き気を感じながら祐太の話に耳を傾けた。

「俺、来年の六月くらいに結婚する」

「決定?」

「決定。結婚式、来てくれるだろ?」

「勿論。……本当に結婚するんだ。なんかピンと来ないな」

「うん、俺も」

「よかったな。おめでとう」

 飲みかけのグラスを祐太のビールジョッキにカチンと当てた。祐太は少し照れているように見えた。

「司は? 井下は元気?」

「……え……あぁ……」

「井下呼ぶ? 俺も久しぶりに会いたいし」

「……いや、やめよう」

「なんで? 喧嘩?」

「そうじゃなくて……別れるかもしれないんだ」

 祐太は箸と口の動きを止め、司を見た。固まった祐太に司は続けた。

「ちょっと色々あって、結婚するつもりだったんだけど……無理だと思って」

「無理って、なんで? それになんだよ、別れるかもって言い方」

「美央のことは好きだよ。でも、このまま付き合うのは出来ないと思った。別れようって言ったんだけど、美央は受け入れなくて」

「原因はなんだよ」

「……」

「まさか、松岡先輩って言うんじゃないだろうな」

 司はその指摘に思わず動揺をあきらかにした。否定するタイミングも逃した。何より、なぜ祐太がそう言うのか、それに戸惑った。

「な……んで」

「やっぱりな。何年お前の友達やってると思うんだよ。……好きなのか?」

 松岡に対する想いを、もしかしたら気付かれているかもしれないとふと思ったことはあるが、まさか本当に気付いていたとは思わなかった。驚き以上に恐怖だった。違うと言ったところで、どうせそれが嘘であることも祐太には分かるはずだ。司は俯き、恐る恐る小さく頷いた。溜息が聞こえた。

「やっぱり。……司から松岡先輩のこと聞いたことはないけど、松岡先輩と仲良かったのは知ってる。前も言ったよな。一緒にいるのをよく見かけたって。司って、あんまり誰かとベッタリ付き合うことってしないから、珍しいなと思ってたんだ。松岡先輩もバスケ部だったし、最初はただの仲がいい先輩と後輩なんだと思ってた。ある日、二人が一緒にいる時に司に声を掛けようとしたことがあったんだ。だけど、掛けられなかった。隙がないっていうのかな。なんか、変な言い方だけど、司は先輩しか、先輩は司しか見えてないような感じだった。その時にあれっ? って、妙っていうか、違和感みたいなのがあった。好きなのか? って。そんなはずない、だって男同士じゃないか。最初は俺の考えすぎだと思った。だけど、ちょくちょく見かけるうちに、やっぱりそうなんじゃないかと疑うようになった」

 祐太は一旦、水を一口飲んだ。

「ごめん、正直、嫌悪感があった。ありえねぇだろって。……けど、段々、男だから女だからっていうのは関係ないかなって気になった。一人の人間を好きになって、それがたまたま男だったってだけで。だから、司がもし本当に松岡先輩のことを好きだったとしても、それはしょうがないかって。友達としてだけど、俺も司が好きだもん。……って、全部俺の想像でしかなかったんだけど」

 少し笑いながら言う。司はまだ顔を上げられない。

「高校に入って、司が井下と付き合うようになって、安心した。ずっと付き合ってて、仲がよくて、本当によかったなあってさ。でも、司がこのあいだ、松岡先輩と神戸で会ってるって聞いて、また心配になった。井下がいるから大丈夫だろうけど、中学の頃のこと思い出したんだ。そんで、俺が司の傍にいたら、間違った方に行かないように見守れるのにって……」

 以前会った時、祐太が最後に言った「俺が近くにいてやれたら」という言葉の意味は、そういうことだった。鈍感なようで鋭い。全てを見破られていることに恐れながらも、ここまで正直に、自分を心配してくれることが有難かった。あの夜、なぜ急に祐太に会いたくなったのか分かった気がした。目頭が熱くなった。

「司が誰を好きになるかは自由だ。だけど、いつまでも続く関係じゃないし、周囲にカミングアウトするのだって何倍も勇気がいるぞ。お前はそれでいいのか」

「将来のないことは承知してる。縁を切らなきゃって、何度も思った。でも無理だった。顔を見たら決心が揺らいだ。もし、祐太がずっと俺の近くにいて、諭そうとしてくれたとしても、たぶん、結果は同じだったと思う」

「なんでそんなに好きなんだよ」

「理由はない……」

 思わず涙が零れた。やっと顔を上げたのに、みっともないところを見られたくなくて、また俯いた。

「……軽蔑してくれよ」

「何……」

「笑ってくれたほうが、マシだ」

「軽蔑なんてしねぇよ。俺は司が心配なだけだ」

「祐太」

「……」

「俺、どうしたらいい?」

「本当は自分が一番、分かってるんだろ」

 それでもそんな関係を続けたいと思うことに変わりはなかった。司は哀れな自分に鼻で笑った。祐太が困るだけだと思いながらも涙はまだ止まらない。
 彼の前だからこそ流せるのだ。司が泣いたのは、中学二年のあの夜以来だった。


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