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Ⅵ—1

 日が暮れて街灯に灯りが付き始めた頃、美央に家の近くの公園に来るよう言われた。松岡から美央と松岡のことを聞いたばかりだったので、今度こそ愛想を尽かせて別れるつもりなのだろうと思った。
 公園は以前、美央と桜を見た並木道の奥にあり、ただでさえ静かな場所なのに日没を過ぎると更にひと気がなく、淋しい。公園の隅のベンチに座っている美央を見つけた。髪を巻いていないせいなのか、いつもよりストレートになった髪を下ろしたままの姿は高校時代を思い出させた。

「二週間しか経ってないのに、随分会ってなかった気がするわ」

「……そうだな」

「付き合ってから、二週間も口利かないなんて初めてだよね。もっと待とうと思ったけど、無理だったわ」

「……松岡先輩に会ったんだろ?」

「聞いたのね」

「どうかしてるよ。わざわざ辛い思いしなくてもいいじゃないか」

「松岡さんの口から、司のことをどう思ってるのか聞きたかったの。もし、松岡さんの気持ちが嘘だったら、すぐにでも司を取り戻せると思って。でも、まいったなぁ。想像以上の答だったわよ」

 美央は「ふふ」と笑うが、声が震えていた。そのあと一呼吸おいて、涙を飲み込んだようだった。暫くの沈黙のあとに発した美央の言葉は、司の考えと逆をいくものだった。

「でも、わたし、まだ諦めないから」

「えっ」

「松岡さんは司のこと、本当に好きみたいだけど、わたしだって負けてないと思うの。簡単に諦めたくないの」

「俺、そこまでしてもらえる男じゃない。俺よりもっといい奴はいっぱいいるのに……」

「やめて、そういうこと言うの。わたしは司じゃないと嫌なの」

「だから、どうして!」

「好きだからに決まってるでしょ!」

 涙目で睨まれ、たじろいでしまった。

「どうしてそんなに好きでいてくれるんだよ……」

「わたし、高一の時から司のこと知ってたわ。……わたしね、中学生の頃、男子が苦手だったの。自慢じゃないけど好意を持たれることが多かったのね。はっきり告白してくれる子もいたけど、大抵はちらちら視線を送られてくるだけだった。最初は嬉しいんだけどね、だんだん怖くなるのよ。いつも見られてるって感じが。高一の夏くらいだったかな。朝礼の時にわたしのことをずっと見てる男子がいたの。不自然に振り向いてはジロジロ見られて、怖くなって気分が悪くなった。朝礼が終わってすぐ、体育館の裏で隠れるようにうずくまってたの。誰もいなくなって静かになっても立ち上がれなかった。そしたら、誰かが『大丈夫か?』って声をかけてくれたわ。でも返事が出来なくて、肩に触れようとするその人の手を思い切り振り払ったの。そのあと、その男子は何も言わずに立ち去ったんだけど、暫くしてまた戻ってきて、わたしの前に飲み物を置いて行ったわ。何も言わずに。暫く動けなかったけど、せめてお礼は言わなくちゃと思って追いかけたの。でも勇気がなくて声を掛けられないまま、その人は教室に入っちゃった。暫く廊下から見てたんだけど、あどけなく笑った顔がすごく印象的だったわ。それが司なの」

 そういうことがあった覚えはあるが、それが美央だったとは思ってもみなかった。司の中ではかろうじて残っていた記憶の断片にすぎないものだ。

「何度もお礼を言いたいと思ってたけど、結局言えずじまい。廊下ですれ違ったり、教室の窓から体育をしてる姿を見つけると、自然に目で追うようになったわ。でも司と話すようになっても、司から一切その話は出なかったから、きっと忘れたんだと思って……」

「そう、だったんだ」

「高一の頃からずっと好きなの。簡単に諦められるわけがないでしょ……」

 美央からの告白は嬉しいが、元に戻れる自信はなかった。そんな話を聞いてもなお、松岡に対する気持ちの方が大きいことが悲しい。何も言わないでいると、美央はそれでも「待ってるから」と訴える。立ち上がった美央の背中に「ごめん」と呟くのが精一杯だった。

 ベンチに腰を落としたまま時間だけが過ぎた。傍にある街灯がジラジラとちらついている。何も考えたくなかった。このままどこかに消えてしまおうかとも思う。そしてようやく立ち上がった時、なぜか急に親友に会いたくなった。


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