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Ⅴ—5

「不思議だな。君とはそんなに親しくないのに、なんでもしゃべってしまう」

「……」

「君は?」

「えっ?」

「笠原とはいつから付き合ってるの?」

「高校……三年から。わたしは中学の司を知らないけど、高校の司は全部知ってる。これからも今までも、司のこと誰よりも好きなのはわたしだっていう自信はあるわ」

「そういうのは宣言するものじゃない。だって、誰にも負けないぐらい好きなのが前提なんだから」

 美央は口をつぐんだ。松岡は足を組んで平然とした態度でコーヒーをすすっているが、美央はアイスティーに手をつけられなかった。ストローの封さえ開けていない。膝の上で手を握り締めたまま動かなかった。

「司のこと、本当に好きなんですね……」

「……俺も笠原も、本来は女性が好きだ。互いに理由はあるんだろうけど、同性なのにこんなに惹かれるなんて、ある意味、運命的なものを感じるね。俺の場合、好きだという表現では足りない。愛していると言ってもいい」

 美央は息を飲んだ。松岡は続ける。

「笠原と君との付き合いは承知してる。君たちがお互いに好き合ってるのも、笠原が君をとても大事に思っていることも分かる。だからそのことについては何も言わない。別れろと言う権利もない。ただ、俺は今、あいつがいないと駄目なんだ。……本当言うと、彼女とずっと付き合うつもりだから縁を切ろうと言われた。頭では分かってる。俺もそうしなければと思う。でも駄目だ。またいなくなるのかと思うと死んでしまいそうだ」

「じゃあ、わたしはどうすればいいの? 公に出来ないとはいえ、いつまで続くか分からない二人の関係を、指を咥えて見てろっていうの? わたしだって司がいないと駄目なのに」

「最終的にどちらを選ぶかは笠原だ。……けど、彼は間違いなく、君を選ぶ。それが当然だし、俺もそれでいいと思う。きっとそんなに長く続かない。君を待たせる時間は短いはずだ。だからせめてその少しの間だけは繋ぎ止めておきたい」

「……勝手だわ……ひどすぎる」

「君には済まないと思ってる。でも俺も彼を手放したくない」

 ウェイトレスがラストオーダーの時間だと告げに来た。丁度コーヒーを飲み終えた松岡は、伝票を持って先に席を立った。そして俯いて動かない美央を背に、店を去った。
 残された美央は握った拳を震わせた。視界が滲む。唇を噛みしめて涙が零れるのを我慢したが、耐えきれず、粒が手の甲の上で弾いた。一度落ちると、立て続けに涙が落ちた。こんなに誰かに嫉妬したのは初めてだった。

——

 司に美央と会ったという話をしたら、案の定、目を見開いて固まった。色々聞きたいが、何から聞けばいいのか分からないと言った顔をしている。そんなうろたえる表情さえ愛しかった。

「笠原のこと、どう思ってるのか聞かれたよ。本当に男の俺と付き合ってるのか、直接聞くまで信じられなかったんだろうね」

「……どういう話をしたんですか」

「これといった話はしてないかな。俺が一方的に、笠原に対する想いを述べただけだから。出会いから今までのことも大体、話した。……話してるうちに、彼女の顔が青ざめていくのが分かった」

「……美央は、今でも俺にとって大事な人なんです」

「分かってるよ。彼女を傷つけるような真似はしてない。ただ、俺の言い方によっては傷付いたかもしれない。そこは大目に見て欲しい」

 司は微笑して頷いたが、信じ切れていないようだった。
 松岡は美央に、司と美央のことを何とも思っていないような言い方をしたが、嫉妬がないわけではない。美央を理由に別れを告げられた時もそうだったが、今も美央を庇う姿を見ると、嫉妬して理性を失いそうだった。松岡は司を傍にいざない、抱き締めた。

「彼女にも言ったけど、笠原と彼女には悪いと思ってるんだ。俺がいなければ、二人は順調で何も心配のない付き合いが続いてた。本当はずっと会わないままのほうがよかったんだと思う」

「そんなこと言わないで下さい」

 松岡は司から離れた。

「確かに、先輩と会わなければ美央に辛い思いをさせなかったのにと思ったこともありました。でも、望んだのは俺です」

 再び抱擁し、唇を合わせ、そのまま陽が当たる床へ倒れ込んだ。
 今更何を謝っても詭弁に過ぎない。自分が悪役であることには変わりはない。それでいいと思う。いつの場合においても、自分は悪の存在にあるのだと、ふいに弟の死が胸をかすめた。


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