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Ⅳ-7

「一度振った女の子のことを好きになる」と聞いたことはあるけれど、何かが劇的に変わることもなく、自分の気持ちもはっきりしないまま季節だけが流れた。美央も今まで通りに接してくるので、告白したことを忘れるなと言っておきながら、自分が忘れているのではと心配になるほどだった。
 三年に上がってもクラスは同じだったけれど、環境が変わったせいか話す機会が減った。新しい友人と談笑する姿を横目に見ては、美央と距離ができた気がして、もう過去のことになったのだと勝手に決め付けた。

「お前、井下と仲良い? 去年も同じクラスだったんだろ」

 司の前の席にいた池田が、突然振り返ったと思ったらそんなことを聞いてきた。

「普通だよ」

「俺、井下のこといいなってって思うんだけど、彼氏いるのかな」

「いないと思うけど……。本人に聞けば?」

「話したことないもん! ちょっと聞いてみてくんない?」

 どうしてもと頼まれるので、気乗りしないが、聞くだけならと了承した。自分はこういう役回りの運命にあるのかもしれないと思った。
 その日の放課後、司は美央をベランダに呼んだ。教室を出ようとしていたところだったが、美央はすぐに引き返して小走りで寄ってくる。なんだか嬉しそうにも見えた。

「何?」

「あー…のさ」

「何よ」

「池田のこと、どう思う?」

 美央の表情が固まった。

「どうって?」

「池田が、井下と仲良くなりたいんだって。だから……」

 美央は俯いて僅かに体を震わせた。そして、

「わたしの気持ち知ってるくせに、よくそんなこと言えるわね!」

 司は叫ばれたことにも驚いたが、美央がまだ自分を想っていたということに驚いた。傷付けたと後悔しながら嬉しくもあった。 
 当然のことながら池田には言えるはずもなく、その後、池田が積極的に美央にアプローチする姿を見た。池田が美央に振られたと噂で聞いたのは間もなくのことだった。

 ―—

 五月後半を迎え、高校最後の総体を間近に控えた日のことだ。
 ちょうど去年の今頃、宮本に八百長を頼まれたなと回想していた時だった。部活に向かおうとしたところに、トイレから出てきた池田と出くわした。

「笠原。部活行くのか? テニス部だったよな」

「そうだけど」

「今年は八百長しないのか?」

 面白半分に言われ、司は眉を顰めた。

「去年、八百長試合したって、ちょっと耳にしたんだ。総体っていう大事な試合でそんなことしたの?」

「八百長は否定しないけど、総体ではしてない」

「あ、そうなんだ。笠原ってそんなことしそうにないから、ビックリしたわ。今年もなんかやらかしたら面白かったのに」

 頭に来た司が言い返そうとした時、背後から大きな声で代弁された。

「なに馬鹿なこと言ってるのよ!」

 振り返ると美央がいた。

「笠原くんにとっては辛かったことなのに、よくそういうこと平気で言えるわね! 無神経にも程があるじゃない!」

「俺は別に……」

 池田が最後まで言い終わらないうちに美央は走り去り、司はすぐに後を追った。ベランダの隅でうずくまっている彼女に、どう声を掛けていいのか分からず、肩を触れるように叩いた。

「井下が怒るようなことじゃないじゃないか」

 顔を上げた美央は半べそをかいている。

「だって、本当にムカついたんだもの。笠原くんが去年、それで反省してたことだって知ってるし、自分からそんなことするような人じゃないって分かってるから、悔しいのよ」

 子どものような彼女を、素直に可愛いと思った。自分のことでこんなに一生懸命になってくれる人は、この人ぐらいだ。好きという感情は、必ずしも自覚してから芽生えるものじゃないのかもしれない。だとすれば、一年前、美央に告白された時から、自分も美央のことが好きだったのかもしれない。司は、覗き込むように美央の唇を捉えた。顔を離して、目を丸くした美央は、素っ頓狂に言った。

「何よ、今の。わたしのこと好きなの?」

 司は噴き出して、笑いながら言った。

「好きじゃないのにキスする奴がどこにいるんだよ」

 ***

 昼過ぎにようやく目を覚ました司は、ベッドから窓の外に広がる晴れ渡る空を見た。青空の中でどこからか桜の花びらが舞った。満開の時期は過ぎてしまった。
あの頃に戻れたらいいのに。司は何度も目を瞑った。


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