Ⅳ-6
テニス部の校内トーナメント戦で順調に勝ち進んだ宮本は、無事にメンバーに選ばれた。だが、司が自分との約束をちゃんと守ってくれたのだなと安堵したのも束の間だった。
試合に出ている宮本の応援に行こうとしたら同級生に止められた。理由は「卑怯な人の応援はしたくないから」というものだった。校内トーナメント戦で宮本と試合が当たったほとんどの後輩が、八百長を強いられたらしかった。
「お前にしか頼めないってすげー懇願されたから、嫌だったけど八百長したのに、宮本先輩、後輩全員に頼んでたんだぜ。もしかして、司も頼まれたんじゃないのか?」
「……頼まれた」
友人達は「やっぱり」と口を揃えた。
「卑怯だよ、あんなの。それを知って、俺らみんな幻滅したんだ。だから団体戦の応援もしなかったし、個人戦も応援行く気なんかない」
「でも、他の先輩たちは知らないだろ。団体の応援で不審に思われてるぜ。……今、宮本先輩、試合してるだろ。一度くらい行っとこう」
「俺らは行かない」
司たちの会話を断ち切ったのは、三年のキャプテンだった。
「お前ら、それ、どういうことだよ」
***
「笠原くん、総体どうだった?」
放課後、教室のベランダでぼんやりしていたら、美央が窓から顔を出した。
「すぐ負けたよ。団体は一回戦、個人は三回戦」
「そっか、わたしもすぐ負けたんだ。わたし、アーチェリーの才能ないみたい」
ごく自然に司の隣に腰を下ろした。司の気落ちに気付いていた美央は単刀直入に聞いた。
「何かあったの?」
「そう見える?」
「あからさま」
「八百長がキャプテンと顧問にバレたんだ」
「なんで!?」
「八百長を頼んできた先輩ってのが、俺だけでなく他の後輩にも頼んでたみたいで、結局ズルして団体のメンバーになったんだ。それを総体の前日に知ったみんながカンカンに怒ってさ。先輩の応援、誰もしなかったんだ。それがきっかけでキャプテンにバレた。試合が全部終わってから、俺らも先輩も、キャプテンと顧問からすごく怒られた。今までの努力も全部台無しだと言われた。先輩は、みんなの前で土下座しててさ……。俺たちも謝って、とりあえず解決したんだけど、やっぱり気分悪いよな」
「……厚意だったのにね」
「そうじゃなくて、先輩だけじゃなくてみんなの今までの努力、俺が駄目にしたなと思って。あの時、俺が最初に絶対に嫌だと断わってたら、先輩だって正々堂々勝負したかもしれない。俺が承諾したから、先輩も楽なほうを取ったんだと思う」
「最初に頼んだ先輩が悪いよ」
「でも、結局俺も無意識に『この人は負けてやらないと勝てない可哀そうな人だ』って思ったから、承諾したのかも。って考えると、自己嫌悪で」
「反省?」
「そう、反省中」
暫く沈黙が流れた。美央は空を見上げていた。司もつられて顔を上げる。木の葉が風に揺れてザワザワと音を立てた。鳥が飛んだ。水色の空にはもう夏の雲が浮かんでいる。
「わたし、笠原くんのそういうところ好きだよ」
「えっ?」
「なんていうかね、不器用な優しさっていうの。優しい人はたくさんいるけど、『こうすればこの人のためだった』とか、あんまり考えないと思うの。考えたとしても、それによって自分がどう思われたかなって、体裁を気にするじゃないかな。だから先輩やみんなを思って反省してる笠原くんは本当の優しい人だよね」
「さあ、それこそ深く考えたことない」
「だから、わたし、笠原くん好きだな」
司は今一度、目を見開いて美央を見る。
「告白してるのに」
「そういう意味?」
「そういう意味だけど」
急な告白に驚いて言葉がない。平気ぶっているが、美央も表情が少し強張っている。素直に嬉しいと思った。付き合えと言われたら付き合える。だが、よく分からないままで告白を受ける気はなかった。司は正直に答えた。
「ありがとう……でも俺、井下のことは友達としてしか見てなかったから……」
「うん、いいの。ただ、わたしが好きだと言ったことは覚えておいてね」
⇒
試合に出ている宮本の応援に行こうとしたら同級生に止められた。理由は「卑怯な人の応援はしたくないから」というものだった。校内トーナメント戦で宮本と試合が当たったほとんどの後輩が、八百長を強いられたらしかった。
「お前にしか頼めないってすげー懇願されたから、嫌だったけど八百長したのに、宮本先輩、後輩全員に頼んでたんだぜ。もしかして、司も頼まれたんじゃないのか?」
「……頼まれた」
友人達は「やっぱり」と口を揃えた。
「卑怯だよ、あんなの。それを知って、俺らみんな幻滅したんだ。だから団体戦の応援もしなかったし、個人戦も応援行く気なんかない」
「でも、他の先輩たちは知らないだろ。団体の応援で不審に思われてるぜ。……今、宮本先輩、試合してるだろ。一度くらい行っとこう」
「俺らは行かない」
司たちの会話を断ち切ったのは、三年のキャプテンだった。
「お前ら、それ、どういうことだよ」
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「笠原くん、総体どうだった?」
放課後、教室のベランダでぼんやりしていたら、美央が窓から顔を出した。
「すぐ負けたよ。団体は一回戦、個人は三回戦」
「そっか、わたしもすぐ負けたんだ。わたし、アーチェリーの才能ないみたい」
ごく自然に司の隣に腰を下ろした。司の気落ちに気付いていた美央は単刀直入に聞いた。
「何かあったの?」
「そう見える?」
「あからさま」
「八百長がキャプテンと顧問にバレたんだ」
「なんで!?」
「八百長を頼んできた先輩ってのが、俺だけでなく他の後輩にも頼んでたみたいで、結局ズルして団体のメンバーになったんだ。それを総体の前日に知ったみんながカンカンに怒ってさ。先輩の応援、誰もしなかったんだ。それがきっかけでキャプテンにバレた。試合が全部終わってから、俺らも先輩も、キャプテンと顧問からすごく怒られた。今までの努力も全部台無しだと言われた。先輩は、みんなの前で土下座しててさ……。俺たちも謝って、とりあえず解決したんだけど、やっぱり気分悪いよな」
「……厚意だったのにね」
「そうじゃなくて、先輩だけじゃなくてみんなの今までの努力、俺が駄目にしたなと思って。あの時、俺が最初に絶対に嫌だと断わってたら、先輩だって正々堂々勝負したかもしれない。俺が承諾したから、先輩も楽なほうを取ったんだと思う」
「最初に頼んだ先輩が悪いよ」
「でも、結局俺も無意識に『この人は負けてやらないと勝てない可哀そうな人だ』って思ったから、承諾したのかも。って考えると、自己嫌悪で」
「反省?」
「そう、反省中」
暫く沈黙が流れた。美央は空を見上げていた。司もつられて顔を上げる。木の葉が風に揺れてザワザワと音を立てた。鳥が飛んだ。水色の空にはもう夏の雲が浮かんでいる。
「わたし、笠原くんのそういうところ好きだよ」
「えっ?」
「なんていうかね、不器用な優しさっていうの。優しい人はたくさんいるけど、『こうすればこの人のためだった』とか、あんまり考えないと思うの。考えたとしても、それによって自分がどう思われたかなって、体裁を気にするじゃないかな。だから先輩やみんなを思って反省してる笠原くんは本当の優しい人だよね」
「さあ、それこそ深く考えたことない」
「だから、わたし、笠原くん好きだな」
司は今一度、目を見開いて美央を見る。
「告白してるのに」
「そういう意味?」
「そういう意味だけど」
急な告白に驚いて言葉がない。平気ぶっているが、美央も表情が少し強張っている。素直に嬉しいと思った。付き合えと言われたら付き合える。だが、よく分からないままで告白を受ける気はなかった。司は正直に答えた。
「ありがとう……でも俺、井下のことは友達としてしか見てなかったから……」
「うん、いいの。ただ、わたしが好きだと言ったことは覚えておいてね」
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