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Ⅳ-2

 神戸に戻って一週間後に、司は面接を受けるために再び地元へ戻った。以前、不意打ちを喰らった面接では予想通りの残念な結果だったが、今回の面接では対策を立てて行ったのでたいした失敗をせずに済んだ。むしろ身構えていたわりには奇抜な質問をされず、数分で終了したので拍子抜けした。たったそれだけの時間で良くも悪くも自分がどう評価されたのかは分からないが、落とされても構わないという気持ちで結果を待つことにする。

 報告が来るまでには一週間かかると言われたので、面接が終わるとすぐに神戸に戻った。けれども翌日に一次通過の連絡を受け、その二日後に二次面接だと知らされた。正直面倒と思いながら、碌に授業に出られないまま再び帰省した。
 一次の面接官は若い社員が二人だけだったが、二次ではおそらく中堅であろう中年が一人増えた。そこでも冷や汗をかくことなく終え、その日のうちに二次通過の連絡があった。上手くいく時はすべてがスムーズにいくらしい。最終面接まで日がないので、司はそのまま地元で過ごすことにする。

『順調?』

 美央からメールがあったのは面接の前日の夜だった。電話ではなくメールというのが、「深く聞いてはいけない」という美央なりの遠慮なのかもしれない。司は別に何を聞かれても構わないが、ここまで来て落ちても格好がつかないので、『まだどうなるか分からないけど、明後日神戸に戻る』と返信した。
 神戸に戻ったら、真っ先に美央に会いに行く。祐太に言われたからではないが、その時に結婚を視野に入れていることを伝えるつもりだ。

 松岡との関係も終わりにしようと決めている。結局、最後に会ってから二ヶ月が過ぎた。連絡もない。単に忙しいからなのか、その気がなくなったからなのか、そんな状態で待ち続けることほど馬鹿らしいことはない。

 ———

 高速バスで神戸に戻ると、バス停に美央が迎えに来ていた。日にちと時間を教えていただけで約束もしていなかったので、窓から彼女を見かけて驚いた。

「お疲れ様―」

 バスを降りるなり、美央は司にそう声を掛けた。

「なんでいるの」

「来ちゃ駄目なの?」

「じゃなくて、来るなら連絡してくれればよかったのに。……待たなかった?」

「買い物しながら時間潰してたの。驚かせようと思って」

 白い歯を見せて笑う美央をいじらしく思い、美央の手を取って引き寄せた。美央は「恥ずかしいじゃない」と言いながら少しだけ離れる。

「で、面接はどうだったの?」

「どうだったと思う?」

「なにそれ。失敗だったの?」

「逆だよ。内定もらったよ」

「もう!?」

「面接したあとすぐに別室に呼ばれて、採用ですってさ。俺もビックリした」

「でも受けたい会社はどうするの」

「それが相談なんだけど、会社は受けるよ。駄目かもしれないけど。受けなくて後悔はしたくないから。落ちたら潔く今日内定もらったところに行く。万が一受かったら、そっちに行きたいんだけど」

「相談なんてしなくても、そう決めてるんでしょ。わたしはそれでいいと思うよ」

「本当に」

「あのねぇ、司が言ったんでしょ。離れたとしても駄目になると思わないって。不安ではあるけど、だからって司の人生をわたしがどうこう出来るものじゃないし、わたしも大丈夫って思うことにしたのよ」

 美央はそう言って、司の腕に自分の腕をすべり込ませた。満足そうに笑っている美央を見て、彼女を選んでよかったと思う。

 最寄駅に着くとロータリー前に植えられている桜が目に入った。駅から少し歩いたところに並木道があるのを思い出し、司はアパートに戻る前に「少し歩こうか」と提案した。
 並木道には桜が植えられていて、満開のこの時期はどこまでもピンク色に染められる。枝からこぼれ落ちそうな程の花が乱れ咲き、普段目にもつかない雑草がそれを引き立てた。花なんて興味もなかったのに、自ら見たいと思うようになったのだから、自分も大人になったものだと実感する。

「お花見行こうって話したけど、まさかこれで終わりじゃないよね?」

「それはそれ、これはこれだろ。日曜にでも行こう」

「土曜日は?」

「土曜は用事があるんだ」

「ふーん。じゃあ日曜でいいわ」

「弁当作ってくれるんだろ」

「よく覚えてたね。やっぱりやめようかなぁ」

「作ってよ」

「だって、苦手なんだもん」

「そのうち嫌でも毎日食べるようになるんだから」

「どういう意味?」

 美央は訝しげな顔をしながらも、その表情には期待を込めている。

「結婚したら毎日食べるじゃないか」

「……結婚するの?」

「すぐには無理だけど、するなら美央としたいと思ってるよ。だから、ちゃんと就職が決まったら両親に会ってもらいたいんだけど、いいかな」

 美央は唇を噛みしめて、控え気味に頷いた。まだ学生という身分では正式なプロポーズとまではいかないけれど、これが今の司の精一杯だ。指輪のような形になるものもなければ、ロマンチックなシチュエーションでもない。それでも美央は大袈裟に喜びはしないものの、確かに幸せそうに微笑んだ。


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