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Ⅲ—4

 大学のキャリアサポートセンターに寄ったところ、講師に司の地元の求人情報を教えられた。そこそこ名の知れた証券会社である。証券会社に興味はないが、受けてみるだけ受けようと素直に話を聞いた。それをたまたま五十嵐が見ていた。

「何、お前、証券会社受けんの?」

「聞いてたのかよ。趣味が悪いな」

「聞こえたんだよ」

「受けるだけ。練習で」

「そういえば、この間、司の彼女とオトモダチになったぜ」

「なんか、そんなこと言ってた気がする……」

「彼女と一緒に就活してるんだと思ってたけど、違うんだな」

「ああ……」

「お前は何も言わないし、聞かないし、私のことなんかどうでもいいんだわってかなりイカってたけど」

「え、そうなの?」

「うん。『あの秘密主義、いつも一人で勝手に行動して、たまには人のことも考えたらどうなのよ。どうせ私なんて学生時代の思い出作りの存在で、就職決まったら余所で女作るんだわ』」

「嘘つけ」

「バレた?」

 五十嵐は面白がっていた。

「でも満更嘘でもないぜ。実際、司が何をしてるか知らないって寂しそうにしてたぞ。少しは相談したり乗ったりしてやれば?」

「……」

「そんじゃ、俺はフラ語にでも行ってくるかな」

「五十嵐」

「あん?」

「お前、案外優しいんだな」

「そんな分かり切ったこと、今更言うなよ」

 五十嵐と別れたあと、司は電話で美央を呼び出してラウンジで待ち合わせた。ちょうど昼休みだったので、一緒に食べようとも言ってある。司がラウンジに着いて間もなく美央が現れた。

「お疲れー。どうしたの?」

「一緒に食べたくて」

「珍しいね、司からそういうこと言うの」

「そう? 弁当?」

「今日は作ってきたの」

 美央は花柄の風呂敷につつんだ弁当箱を取り出し、中を開けて見せた。卵焼きが少し焦げている。美央は、あまり料理が得意でない。それでも彼女なりに頑張って作ってきたのが窺える。

「美味しそうだね」

「無理しなくていいわよ。見た目は綺麗でも、どうせ味は微妙だから」

「悲観的だな」

「だって、いつもそうなんだもん。昔司に作った時も、なんだか変な味だったわ」

「そんなことなかったよ。今度、俺にも作ってよ」

「え……どうしようかなぁ」

 そう言いながら、俯いて嬉しそうに笑っていた。司はキャリアサポートセンターでもらった証券会社の募集案内をおもむろに美央の前に出した。

「なに、それ」

「地元の証券会社の募集なんだけど、受けようかと思って」

「そうなんだ。証券会社行きたいの?」

「別に、練習で。美央は地元の企業も受けるんだろ」

「そうだけど、なんで?」

「俺も、地元の企業受けるよ。銀行とか、電力とか」

「……急にどうしたのよ」

「……美央と離れるのは俺も寂しいから、出来れば近くで就職決まればいいと思ってる。だから、どこ受けるのか、結果とか美央にも言うよ」

「……」

「美央の不安がそれで少しでもなくなるならだけど」

 美央はそれに対して返事をせず、箸を取り出して弁当のおかずを数口、口へ運んだ。食べるというより、詰め込む感じだった。司も書類を片付けて、食堂で買った弁当を開けた時だった。美央が下を向いたまま、司、と呟いた。

「ありがとう」

 美央は目を合わせないまま、箸を進める。言葉にも表情にも表わさないが、おそらく悪い気はしていないだろうと思った。ただ、「ありがとう」に返す言葉が見つからず、少し遅れて「うん」としか言えなかった。二人は騒がしい周りの話声や雑音を背に、珍しく無言で食べ終えた。


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