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Ⅱ-7

 それからまた松岡と連絡を取らなくなった。 向こうから何も言ってこないのは、おそらく昔の司と同じ理由だ。告白した手前、気まずいのだろう。美央と付き合っている以上、松岡の告白に応えるわけにはいかないが、「断わってくれていい」と言われたからと言ってわざわざ振るために自分から連絡するのも気が引ける。逡巡して更に二週間経った。ついに痺れを切らし、司は意を決して自ら松岡に電話を掛けた。

 松岡は自分からはなかなか電話を寄越さないくせに、司が掛けると待っていたかのように素早く応える。急とは分かっているが、今から会えないかと聞くとちょうど家にいると言うので、司が松岡の家まで出向くことになった。

 松岡のアパートは住吉にある。普段、よほどの用がない限り来ない場所だ。見慣れない景色に、ここに松岡がいるのかと思うと不思議な感覚だった。アパートの前に着き、暫く立ち止まって深呼吸をしたあと、共同階段を上る。ドアの前に立った時、インターホンを鳴らす前に戸が開いた。

「びっくりした」

「ベランダから見えたんだ。入れよ」

 司は促されて中には入ったが、玄関から先に進もうとはしなかった。

「どうした」

「俺、先輩のこと、すごく性格がよくて優しい先輩だとずっと思ってました」

「……」

「でも、違った。先輩って、実は性格悪いですよね」

「いきなり失礼だな」

 松岡は笑った。

「自分は言いたいこと言うだけ言って、気を持たせておいて、かと思えばあっさり引いて、そうすれば俺が余計に気にする性格だって分かってるんですか」

「それはどうかな」

「断わっていいと言われたから、断わるつもりで来ました」

「……」

「……でも顔を見たら、断わる気がなくなりました」

「それは、俺を受け入れるってことになるぞ」

「先輩と連絡を絶ってから必死で忘れようとしたんです。でも、結局俺も忘れられなかった。美央と付き合いだしてからは完全にふっ切れたと思いました。彼女のこと好きだし、大事にしたいし、それはきっとこれからも変わらない。だけど、ふいに先輩を思い出すんです。中学で再会した日、本当は直前まで、先輩のことを考えてた」

「つまり」

「………俺も先輩が、……好きです」

 言うなり、松岡は司を抱き締めた。温かい胸に頭を預けると安心感に包まれる。普段されることのない、抱擁という行為がとても新鮮なものに思えた。唇を被せられ、司はそれを受け入れた。

 ポケットの中で携帯が震えている。司は松岡と唇を合わせながら今日は日曜日だと考えた。おそらく電話の相手は美央だ。電話は随分、長く鳴っていたが、その時だけは何も考えないことにした。


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