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Ⅱ-5

 交通手段が全員電車だというので、複雑な心境のまま三人が揃って駅まで歩く。松岡だけ逆方面なのが唯一の救いだ。
人見知りをしない美央は、コンビニから駅までの短い距離でここぞとばかりに松岡を質問攻めにした。どこに勤めているのか、東京の生活はどうだったのか、司はどういう後輩だったのか。松岡はそれに嫌な顔をひとつせずに丁寧に答えていく。

「彼女いるんですか?」

「大学を卒業する時に別れて、それからいないよ」

「美央、お前、聞きすぎだよ」

「そう? ごめんなさい、失礼でしたか?」

「そんなことないよ。笠原が寡黙な奴だから、新鮮だな。二人が普段、どんな風なのか大体想像ついたよ」

「そうなんです。司ってあんまりしゃべらないから、わたしばっかりしゃべって、喉がカラカラになるんです」

「大袈裟だな」

「本当よ。わたしはもっと司の話聞きたいのに」

 駅に着いて、司と美央は改札前で松岡と別れることになった。すっかり松岡に気を許した美央は、「また三人で食事に行きましょう」と提案したが、こんな心臓に悪い思いはできればごめんだ。
 松岡を見送ったあと、司と美央は反対のホームへ向かう。

「松岡さん、いい人ね。M銀でしょ? すごいね」

「あの人は昔から頭が良かったから」

「就職してから彼女がいないって。よっぽど忙しいのかな。それとも出会いがないのかな」

「さあ」

「やっぱり思った通りの人だった。カッコよくてスマート」

「ああいう人、好み?」

「万人受けするタイプだと思うよ。愛想がいいから話しやすいし。でもわたしが好きなのは司だから安心して」

 むやみやたらに媚びを売ったりせず、司へのフォローは忘れない。やっぱり美央はできた彼女だ。
 司の携帯がポケットの中で震えた。松岡からだった。

「はい」

『笠原、渡すものがあったんだ。忘れてた。悪いんだけど、こっちに来れるか?』

 線路を挟んだ向かいのホームに目をやると、松岡が軽く手を上げた。

「いいですよ。まだ時間あるし。今から行きます」

 美央はきょとんとした顔で司を見る。

「ごめん、先輩が渡すものがあるから、来てくれって。電車来るまで時間があるから、ちょっと行って来る」

「でも、あと五分もないわよ」

「間に合わなかったら、先に乗って。悪い」

 司は走って松岡のいるホームへ向かった。松岡は柱の影の中で立っている。

「渡すものってなんですか」

 司が駆け寄ると、松岡は微笑するだけで何も言わない。不審に思ったその時だった。松岡は司を強引に引き寄せ、キスをする。あまりに急な出来事に思考が止まった。一瞬だったと思うが、かなり長く感じた。顔を放すと、司は問い詰めるでも罵るでもなく、ただ茫然とした。駅のホームという公衆の面前で、しかも男同士のキスは注目の的だが、幸い柱が盾となって彼らを隠していた。それでも司はその場にいる全員の視線が自分に集中している気になった。混乱している司とは反して松岡は落ち着き払っている。

「……それじゃ、おやすみ」

 タイミングよく電車が到着し、松岡はその後、何事もなかったかのように電車へ乗り込んだ。電車が走り去ったあとも司はその場に佇み、動けなかった。ふと我に返り、反対側のホームを見るが、美央は先に列車に乗ったらしく、ガランとしている。近くにあったベンチに腰を下ろして頭を冷やしてから帰路に着いたが、その夜は一睡もできなかった。


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