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Ⅱ-2

 松岡に連れられて入った店は、各敷高そうなイタリアンレストランだった。彼らしいチョイスだ。

「俺、こんな格好なんですけど、大丈夫ですか?」

「畏まるような店じゃない。店構えだけだよ」

 ドアを開けて店に入る直前、松岡は司に振り返って「味はいいから」と付け足した。
 ウェイトレスが出迎え、水槽や植木で囲まれた店の一角に案内された。客はまだ司たちだけだ。似つかわしくない格好ではあるが、こういう店は美央が好きでよく行くので、嫌ではなかった。メニューを見ても大体、想像はつく。適当に選んで迷いなく注文した。

「こういうの苦手かと心配したけど、余計だったな」

「よく行くんです」

「好きで?」

「彼女がイタリアン好きだから。ここは初めてだから、今度連れて来たら喜ぶと思う」

「彼女、どんな子」

「明るくて、いい子ですよ。高校から付き合ってるけど、滅多に喧嘩しないし」

「それは是非、会ってみたいな。……ところで、聞きたいことって何?」

「えと……今、就職活動してて……」

「そういうことね」

 長年連絡をしなかったくせに、困った時だけ連絡を寄こす都合のいい奴だと気を悪くしたかもしれないと、急に申し訳なくなった。

「何からすればいいのかよく分からなくて。すみません、こんな相談で」

「全然。俺も就活の時は色々困ったから、分かるよ。今、何してるんだ」

「説明会のエントリーしたり。さっき本屋に行って色々見たけど、何がいいのか分からなくて結局何も買いませんでした」

「買うな。俺が持ってた本がまだあるから、それをやるよ。でも、ああいうのは慣れだから」

「先輩、どこで働いてるんですか?」

「M銀行」

「忙しいですか?」

「忙しいよ。ノルマもあるし、勉強も山ほどある。銀行、行きたい?」

「練習がてら受けるつもりではあるけど、銀行は行きたくないです」

 松岡は「相変わらず正直だな」と笑った。
 司は松岡のどこが羨ましいかと聞かれれば、それは手だった。司は指も長くなく、硬くて無骨な手だ。美央はその手が好きだと言うが、いかにも不器用そうなので司は自分の手が好きではない。松岡がフォークを握ったり、タオルで手を拭くのをつい見てしまう。ごつごつしているのに指は長くて品がある。それも昔と変わらない。
 話をしながらしばしば目が合う。人の目を見て会話をするのが苦手な司は、いつも視線を落として会話をするのだが、松岡は人の目をじっと見て話をする。目が合うと落ち着かずに、すぐに反らしてしまう。その度になぜか緊張した。

 店内が混みだす頃に店を出た。雨は上がっていて、濡れたアスファルトの匂いがする。都会の空ながらに小さく星が見えた。

「先輩、酒呑まないんですか?」

「呑むけど、好きじゃないな。なんで?」

「てっきり居酒屋みたいなとこ行くと思ったから」

「最近、付き合いで呑み続きだったんだ。居酒屋のほうがよかった?」

「いや、俺はどっちでも」

「今度は別のところにしよう」

 駅の改札前に着き、司と松岡は反対方向の列車に乗るのでそこで解散する流れになった。改めて礼を言おうと松岡に向き直った時、唐突に忠告を受けた。

「笠原、面接で視線を落とすなよ」

「え?」

「目を合わせるのが苦手なら、少しずらせばいい。目が合ったからと言って慌てて落とすんじゃない。……俺もちょっと傷付いたな」

「すみません、そういうつもりじゃ……」

「分かってるよ。……本当言うと、お前から連絡してきたのって初めてだろう。いつも俺から誘い出してたから、嬉しかったよ。だから、居酒屋みたいなガヤガヤしたところじゃなくて、落ち着いたところで話したかったんだ」

「そうだったんですか。すみません」

「いちいち謝るなよ。ほら、背筋を伸ばして、俺の目を見てみろ」

 背中をポンと叩かれて、司は松岡の目を見る。松岡も応えるように司をまっすぐ見据えた。目を合わせていた時間はほんの少しだが、それがとても長く感じられた。

「そう、その顔を忘れるなよ。おやすみ」

 松岡は手の甲で司の肩を軽く叩いて、一人先に改札を通り過ぎて行った。松岡の手の感触は暫く肩に残った。


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