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Ⅱ-1

 夏休みが明けてすぐ、就職活動の一環として講演会があった。企業の若手社員が大学を訪れて、就職活動のアドバイスや仕事内容を語るものだ。さほど行きたいと思わなかったが、何がきっかけで功を奏するか分からないのでとりあえず参加したのだった。
 講演をしたのは司の大学の卒業生で、大手テレビ局に勤める新人社員だった。司が言うのもなんだが、新人がいくら粋がって仕事の話をしていても、社会に揉まれ慣れていない匂いがプンプンする。就職活動のコツや役に立つ情報を教えてくれるのなら少しでも来た甲斐があるというものだが、結局、個人的な夢や希望を延々と語られるだけで、どうでもいい話が講演の大半を占めた。最後に質疑応答の場が設けられていたので、入社して何年目なのかを聞いてみた。一年目だと返ってきた。このテレビ局を受けることはまずないだろうと思った。

 講演後に授業を取ってなかったので、司は本屋に寄るつもりで大学を出た。バスを待っていると、同じく講演帰りのクラスメイトの五十嵐に声を掛けられた。

「司もさっきの講演、行ったんだろ」

「そうだけど、もしかして五十嵐も?」

「なんだよ、意外そうな顔しやがって」

 五十嵐は肘で司の腕をトン、と突いた。五十嵐はどちらかというと何に対しても誠実に取り組むような性格ではなく、普段から受講態度も不真面目だ。テニスサークルに所属しているが、活動にはほとんど参加していない。勝手な偏見だが、就職活動も真剣に考えていないだろうと思っていたので、五十嵐が今回の講演に出席していたことは意外だった。

「就活ぐらいは、ちょっと本気出さねぇとまずいかなーと思ってさ。何やったらいいのか分かんねぇから、とりあえず今回の講演参加してみたんだけど、なんなのアレ。すげぇつまんなかった」

「同感。だから今から本屋行って気を取り直そうかと思って」

 バスが到着して、乗り込んだ。車内は混んでおり、二人は並んで吊革を持った。バスが揺れる度に見知らぬ人の肩や鞄が当たる。

「司は親しい先輩とかいねぇのか? 俺、今度高校時代の先輩に会ってそこの会社に入れてもらえないか聞いてみようと思って」

「コネってこと?」

「使えるもんは使ったほうがいいぜ。コネじゃなくても、なにかしらアドバイスしてもらったり。さっきのクソ講演より全然、ためになると思うけどな」

「五十嵐が下りるバス停に着き、五十嵐は「じゃあな」と言いながら人ごみの中を無理矢理突っ切ってバスを下りた。バスが走り出し、蒸し暑い社内から逃れてせいせいしている五十嵐の姿を、窓から見送った。

 駅前のバス停で降りて、快速列車で三宮まで行った。構外へ出ると鼠色の雲が空を覆っているのに気が付いた。そういえば肌が少しベタベタしている。暫くしたら雨が降るかもしれない。
 アーケードの中にある規模の大きな本屋に来てみたものの、結局どれを参考にすればいいのか分からなくなって途方に暮れた。講演会直後は苛立ちもあって意気込んでいたけれど、ふらふらしているうちに嫌気が差してきた。
 ふと五十嵐が高校時代の先輩を訪ねると言っていたのを思い出し、松岡の顔が頭に浮かぶ。あまり気は進まないが、「後輩」として経験者からのアドバイスを貰うくらいならばちは当たらないはずだ。仕事中なのを配慮して「返事はいつでもいい」と添えて松岡にメッセージを送ったら、待機していたかのようにすぐに電話が掛ってきた。

『どうかした?』

「すみません、仕事中に。聞きたいことがあったので……」

『ちょうど仕事が終わったところだよ。六時に駅で待ち合わそう』

 その後三十分ほど本屋で時間を潰し、五時半になって本屋を出ると、予想通り雨が降っていた。かなりの量で、オーニングから雨水が滝のように流れ落ちる。傘を持っていない司は、駅まで全速力で走った。急いでいる時に限って信号に捕まってしまう。待ち合わせの改札前に着いた時には既に松岡は到着しており、全身ずぶ濡れの司を見て、幾分驚いた顔をした。

「そんな格好で現れると思わなかった」

「傘、持ってなくて」

「風邪引くぞ」

 鞄の中から取り出したタオルを頭に被せられ、司は礼を言うより先にタオルを持ち歩いていた松岡の用意の良さに感心した。

「どこか店に入ろう。……何か食べに行くか」

 松岡に促され、行き先を告げられないまま後に付いて行く。
 そういえば松岡のスーツ姿を初めて見た。クールビズの期間だからかジャケットは羽織っていないが、皺のないワイシャツに紺のネクタイがやたら似合う。雨に濡れたVネックTシャツにデニムというみすぼらしい自分とは大違いだ。連れ立って歩くには決まりが悪い。中学の頃とまったく同じ劣等感を抱いた。


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