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Ⅰ-7

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 盆が過ぎて、司は美央と神戸へ戻る約束をしている。
 神戸へ戻る日の前日、祐太から連絡があり、呑みに行こうと誘われた。祐太も司たちと同じ日に下宿先へ戻る予定になっている。男二人だけなら、小さな煙草臭い居酒屋に行くのだが、今回は話を聞いた美央が自分も行きたいと言い出したので、チェーンの居酒屋で集合した。
 先に店内で待っていた祐太が、店に入ってきた司を見て手を振った。

「あれ、井下は?」

「電車に乗り遅れたから、ちょっと遅れるって」

「井下に会うの、大学一年以来だ。明日も一緒に神戸に戻るんだろ? 本当、仲良いよな。喧嘩とかしてんの?」

「あんまりしたことないかも」

「喧嘩はしたほうがいいって言うぜ」

「なんで」

「本音で喧嘩して、そいで仲直りするのが絆が深まるって聞いたことあるぜ。なんか注文する? 井下来るの待つ?」

「そんなもんなのかな。……先に始めようぜ。俺、生中」

 祐太は店員を呼び、ビールとつまみを数点注文した。迷いなく決めるところに、しょっちゅう呑みに行っているのが分かる。店員が去ったあと、祐太は出し抜けに聞いた。

「こないだ中学行った時さ、なんかあった?」

「……なんで?」

「中学からの帰りから、なんかお前、変な様子だったから」

 気付かれていないと思っていたが、彼なりに何かを感じていたのだ。普段、あっけらかんとしたとぼけたキャラなだけに、突然指摘されると少し動揺する。

「そうだったか? バスケ部の先輩に偶然会ったから、びっくりして。それでかもしれない」

「あ、先輩がいたの? 誰?」

「二つ上の、松岡って先輩」

「ああ、はいはい。松岡先輩ね。俺、覚えてるわ」

「え、知ってるの?」

「だってお前、中学の時しょっちゅう一緒にいたじゃん。平日も、放課後に先輩が高校の制服のまま学校に来てて、司といるのよく見たよ。それに、俺の実家とあの人の実家が近いんだ」

 初耳だった。当時、松岡のことを祐太に話をした記憶はないし、松岡といる時に祐太に会ったことはない。だから知られていないと思っていた。祐太には時々、驚かされる。司が松岡のことを好きだったのも知られているのではないかとハラハラした。

「あ、井下が来た」

 司と祐太を見つけた美央は、手を振りながら小走りでこちらに向かってくる。

「江藤くん、久しぶりね。茶髪になってるから、一瞬誰か分からなかったわ」

「どう? 今の俺。イケてる?」

「一昨年の江藤くんしか知らないからなんとも言えないけど、いいんじゃない。あの時は確か、パーマを当ててたわ」

「よく覚えてるね」

「だって、変だったんだもん」

 美央は当時を思い出して、口に手を当てて笑った。女子が一人混ざっただけで、こんなにも雰囲気がガラリと変わるのかと思うほど明るくなった。彼女の性格もあるのだろう。美央を呼んでよかったと思った。

「井下、司のどこがいいの? こんな淡白な奴」

「悪かったな、淡白で」

「司は淡白っていうより、不器用なのよ。男の不器用って長所だわ」

「よかったな、司。こんなに褒めてくれる彼女、なかなかいないぞ」

 もっともだと思った。褒められると嬉しいというより、本当に自分でいいのかと恐縮する。

「結婚すんの?」

 話が飛んだ。美央は自分の意見を言わずに司をチラリと見る。様子を窺っているようだ。司はまだ学生の身分ということもあって結婚について考えていない。というより、自分が結婚することにピンと来ないのだ。いつか出来ればいいと思っている程度だ。ただ、自分がそこで「結婚する気はない」と言うと美央が傷付くだろうというのは予想出来た。

「さあね。いつかはするんじゃないかな」

 と、無難に答えた。隣に座っている美央の顔は見えなかったが、若干、期待はずれという空気が伝わった。それから二人の付き合いについて祐太が質問してくることはなかった。

 弱いわけではないが、あまり酒を好んで呑まない司に対して、祐太はハイペースでグラスを空けていく。しかも酒を呑む量に対して食事はあまりしない。祐太のような呑み方をする人間は沢山いるだろうが、司にしてみれば気味の悪い呑み方だ。見ているだけで酔いそうになる。案の定、一通り飲み食いして店を出る頃には、祐太は千鳥足だった。

「祐太、お前、いつもこんなになるまで呑むのか?」

「いやぁ……こんなに酔うのはあんまりないんだけど……なんでかな」

「ご飯をちゃんと食べないからよ。大丈夫なの?」

「だいじょうぶぅ。兄貴に迎えに来てもらうから……。二人はどうぞ先に……」

「兄ちゃん来るまで、付いててやるよ」

「いい、いい。井下送ってやれよ。……じゃ、また冬にな」

 店の前の花壇に腰をおろして、ぐったりしている祐太を置いていく気にもなれないが、頑なに断わるので司は美央を連れて先に帰ることにした。
 駅の改札前まで美央を送るのは、地元でデートする場合の習慣だ。切符を買って時刻表を見ると、ちょうど十分後に発車というタイミングだった。

「じゃ、遅いから気をつけて帰れよ」

「ありがとう。司もね」

 美央はそのあと少し俯いて、何かをためらっていた。下を向いて唇をキュッと噛みしめるのは、何か言いたいことがある証拠だ。美央の癖なのだ。少し待ったが、電車の時間を気にして司から聞いた。

「なんかあった?」

「あのね……。こないだ、おばあちゃんの金婚式だったでしょ」

「うん」

「お母さんには司のこと話したことあるけど、他の家族は知らないの。でね、みんなでご飯食べてる時に、司の話をしたのよ」

「そうなんだ」

「そしたら、今度、司をうちに連れて来たらってことになって。……いい?」

 なんの許可を求めているのか分からなかったが、要は「実家に来てくれないか」ということだろう。

「いいよ」

「ほんと!? じゃあ、十二月がおばあちゃんの誕生日だから、その日でいい!?」

「分かった。十二月だね」

「お母さんに伝えとくわね!」

「分かったから、早く行かないとまた電車に乗り遅れるぞ」

「うん、じゃあ、また明日ね」

 美央はヒールをカツカツと鳴らしながら賑やかに電車に乗り込んでいった。
 その後、家に帰ってゆっくり荷造りをする予定だったのだが、祐太から兄の都合がつかず迎えがない上に、店の前で吐いて動けない状態だと助けを求められたのは、司が家に着いてすぐのことだった。


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