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Ⅰ-6

 いったいなんの用事で電話を掛けてきたのか。花を咲かせるような思い出話もないし、むしろ蒸し返されたくない。緊張と不安で貧乏ゆすりが止まらなかった。喫茶店に松岡が来たのは二十分後のことだ。

「久しぶり」

「お久しぶりです」

 ベージュのパンツにストライプのシャツといった、社会人らしい格好だ。昔と比べて少し痩せたのか、長身が際立った。

「連絡先、小野田に聞いたんだ。小野田が笠原に会いたがってたけど、いつから会ってないんだ?」

「高一の頃、みんなで集まったきり会ってません」 

 小野田は同じバスケ部の同級生だ。部内では仲の良いほうだったが、プライベートでも一緒にいるほどじゃなかった。卒業してから連絡すらほとんど取っていない。まさか本当に小野田に連絡すると思わなかった。

 松岡はパラパラとメニューに目を通して、店員を呼ぶと、アイスコーヒーを注文した。司の予想が当たった。

「中学の頃と、あんまり変わってないな」

「先輩は背、伸びましたか? 何センチなんですか?」

「一八三かな。お前は?」

「……七五」

「お前も伸びたじゃないか」

「……」

「……大学は地元の?」

「いえ、神戸です。今は夏休みだから帰省してるだけで」

「じゃあ、俺と一緒だな」

「え?」

「俺は大学は東京だけど、職場が神戸なんだ。今、有給で帰省してて」

「このあいだ中学で会った時は……」

「あれも、有給で。夏季休暇をまとめて取らずにバラバラに取ったんだ」

「へえ……」

 わざわざ休みの度に帰省する理由があるのか聞こうかと思ったが、やめた。
 ウェイターがコーヒーを持ってきた。松岡はシロップを入れず、コーヒーの色が少し変わる程度の分量のミルクを入れる。

「高校はどこ行った?」

「N高」

「いいとこ行ったんだな。苦手な英語も出来たか?」

「まあ……先輩のおかげで」

「そうか。実は少し心配してたんだ」

「……」

 会話と会話のあいだに、いちいち沈黙が出来た。昔の話にいきそうになると、黙ることで阻止しているのだ。しかし、それは松岡に見破られていた。

「最後に会ったのが春休みだったよな。あのあとすぐ、番号変えたんだろ?」

「え……いや、どうだったかな……。なんでですか?」

「新学期になって暫くしてから、笠原に連絡しようと思ったら繋がらなかった。アドレスまで変えてたな」

「……すみません、知らせなくて」

「お前の気持ちも分かるよ。悪いのは俺なんだし、気にしないでくれ」

 番号を知らせなかったのは気まずさからで、松岡に非はない。むしろ、あの時自分の想いを受け止めてくれて、今もこうして連絡をしてくれたことに有難いと思っている。なぜこうも人がいいのか、腹立たしい気にさえなった。

「謝らないでください。先輩は悪くないんです。そんな風に言われたら、余計に惨めになる」

「……ごめん」

 松岡は視線を落とした。

「連絡先を知らせなかったのはすみませんでした。でも、もう昔のことだし、俺は忘れましたから、先輩も忘れてください」

「そうか」

「……じゃ」

「じゃあ、そのことは忘れて、また昔みたいに時々会ってくれないか」

 司が別れの挨拶を切り出すのを妨げて、聞かれた。司は松岡の目を見据える。細めだが、綺麗な二重をしている。もともと色素が薄いからなのか黒目も茶色い。昔と変わらない目だ。

「今まで後輩は何人もいたけど、笠原といるのが一番楽しかった。お前とはずっといい縁で繋がっていけたらと思ってる。笠原がよければの話だけど」

 一度は自ら連絡を絶った相手だ。何事もなかったかのように振る舞える自信がない。松岡の申し入れには正直困惑するが、そんな風に頼まれては拒む理由は思いつかなかった。



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