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Ⅰ-4

 松岡に対する感情に気付いてしまった以上、今まで通りに接するわけにいかなかった。幸い、司の試合と松岡の定期テストが重なっていたのもあって、意図せずとも会う機会が減った。じょじょにフェードアウトすれば好きだという気持ちもなくなるだろうし、ただの勘違いだったということになるかもしれない。松岡からの誘いは変わらずあったが、何かと理由をつけて断るうちに連絡が減り、冬が終わる頃にはまったく音沙汰なかった。

 会わなくなれば勘違いだと気付くかもしれないという考えが間違いだった。
 会わなくなったら余計に恋しくなった。何度携帯を手に取って自ら連絡しようとしたか知れない。けれど発信ボタンを押せずに終わる。その繰り返しの毎日だった。松岡から何ヵ月ぶりかに連絡があったのは、中学三年に上がる前の春休みのことだ。

『笠原、今暇なら、出てこれるか?』

 司はすぐに行くと返事をした。迷う暇もないほど会いたかった。以前、松岡が煙草を吸っていた公園で待ち合わせた。公園に行くと松岡は司に向かってペットボトルを投げた。春といってもまだ冷える。松岡の投げたペットボトルのホットココアは温かかった。

「最近、会ってなかったからどうしてるかと思って」

「ちょっと忙しかったんです」

「避けられてるのかと思った」

「そんな……こと」

 完全に否定は出来なかった。それに気付いた松岡は鼻で笑った。

「弟の話をしてからだっただろ。あれで気を悪くしたんだな」

「……違います」

「じゃあ、なんで」

「それは……」

 何も言い訳が思いつかなかった。考えあぐねているあいだに、松岡はポケットから煙草を出した。まだ新しいマイルドセブンだった。煙草を取り出す指や、ライターに火をつける時の手の甲に見惚れた。零れた言葉は無意識だった。

「……好きです」

 松岡は煙草に火をつけるのを止め、司を見る。

「何が?」

「松岡先輩のことが好きです。先輩として、じゃなくて……」

「恋愛の感情ってこと?」

 司はためらいながら頷く。松岡の顔を見られなかった。きっと気持ちが悪いと思っているだろう。仮に自分がなんとも思っていない男からいきなり告白されたら、嬉しいというより気味が悪いと思うからだ。やっぱり言わなければよかったと後悔した。ココアを持つ手が震える。逃げ出そうかと思った時、松岡が言った。

「ありがとう。正直、今までお節介なことして迷惑だっただろうと思ってたから、そう言ってくれるのは嬉しいよ」

 顔を上げようとしたが、松岡は続けた。

「でも、俺はお前を弟のようにしか思えない。可愛い後輩だと思ってる。ごめん」

「……分かってます。そんなこと」

 こういう返事だということは承知の上だ。なのに、勝手に傷ついて目に涙が溜まった。ますます顔を上げられなかった。耳まで真っ赤になっている。

「顔を上げろよ。俺が苛めてるみたいじゃないか」

「出来ません」

「いいから、上げろって」

 司は右腕で顔を隠しながら、かろうじて松岡の顔が見られるくらいに頭を上げた。涙でぼやけてよく分からないが、松岡は微笑んでいるように見えた。本心は分からない。でも嫌な顔一つせずに自分の想いを受け止めてくれたのだ。こういう人間になりたいと思った。

 司と松岡が会ったのはこれが最後である。司は三年になってすぐ、携帯を機種変更すると同時に松岡との連絡手段を絶った。
 居心地の良い、夢のようであまりに苦い記憶に蓋をするためだった。

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